広汎性発達障害(自閉症・ADHD)の男の子を育てるクリスチャン・ホームの日記

素敵な青年に育ったにいにと一緒に、サポート活動もするようになりました☆

通っている宗派について パート2(パパの見解)

2019年01月11日 | パパ登場
パパです。

ブログ読んで、元気が出る人がいらっしゃることを知って、イエス様と主なる神様に感謝です。

宗派についてはなかなか難しく奥が深いですよね。

妻が書いた記事に付けたしになります。

僕が注意している点を書きます。

「神様は……」といろいろなところで神様は出てくるのですが、
イエス・キリストのことはすっぽりと抜けていて、忘れたころにちょろりとイエス様が
付けたしのようにある教会が悲しいかなあります。

その反対にイエス様のことを軽々しく「ジーザス」とか、おれの友人だぜ、みたいな軽いのりの
ところもあります。

イエス様に対しての態度ですかね。
たしかに、イエス様はイエス様が命じることを行うなら、あなたがたはわたしの友だ、とおっしゃいました。
ありがたいことです。
イエス様がこの地上で行われたことを知ると、簡単に「マイ ジーザス」とか軽々しくお名前を口にするのが
本当に敬意を払っておられるのか、と思ってしまいます。

本当に敬意をもって心から叫ばれている方も中にはいらっしゃると思いますので、ひとくくりにはできませんが。。。


長くなりそうなので、ちょっとずつ書きます。

イエス様をかしらとする集まり(エクレシア)に体の一部としてつながることはもちろんすごく大切なことです。

同じように大切なのは、みことばにとどまることです。
イエス様はこのように約束されています。

「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、
あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」ヨハネ8:31

イエス様が言う「自由」になりたければ、みことばにとどまる、これが重要だと思うのです。