ブログ 古代からの暗号

「万葉集」秋の七草に隠された日本のルーツを辿る

字母歌に仕組まれた暗号 「あめつち」3

2009-11-09 07:00:48 | 日本文化・文学・歴史
字母歌「あめつち」の五段書きした図の中に漢字「山」の形に納まる「やまうへぬ
くら」。あえて「おくら」を「ぬくら」にした理由があるかもしれない。
このブログの「秋の七草」の章の始めの頃に、山上憶良の辞世歌を取り上げている
が、憶良の辞世歌

 士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして
                        (万葉集巻6-978)
と嘆いた憶良の真意は、歴史編纂に係わりながら真実の歴史を書き得なかったこと
への後悔の念と理解している私には「ぬくら」は「抜く羅(加羅)」で「倭または
鵜伽耶(出雲王朝)の存在を大和朝廷の編纂方針で抜いてしまった」可能性がある
と思う。出雲国造神賀詞で大和朝廷に服属を誓う神々は出雲(大国主命・大物主
命)・吉備加夜(加夜奈流美命)・菟狭(事代主命)・葛城(阿遅須伎高孫根命)
であり、すべて大和朝廷によって滅ぼされた倭系の神々である。

これらの神を祀る社家の子孫と称する人々によって書かれた史書があり、古史古伝
と言われる記録があるが、その中で共通するのは「神武天皇の前に鵜伽耶朝が七十
三代続いた」という伝承である。この伝承を形を変えて伝えている可能性のある二
つの神社の祭事がある。
ひとつは岡山市の加夜系吉備津神社の春、秋の大祭の折にお供えする御膳の数が七
十五膳であること。もうひとつは出雲系建御名方富命を祀る諏訪大社の御頭祭で
あるが、明治以前には七十五頭の鹿の生首を供えたという。両社に共通する祀られ
る神七十五という数を推量すれば、富氏の証言にある出雲王朝の始祖・久那戸大神
から七十三代続いたという七十三神と、久那戸大神の父母で国生みをした伊邪那岐
伊邪那美の二神を合わせた七十五神ではないかと思われる。
他の神社にも七十五に係わる祭事があれば良いのだが、不明である。



漢字「山」の中の文字で「ぬくら」を除いた真ん中の縦の列は「もきり」となるが
「もき(捥ぎ)」「り」とよめば「り」が消え「もぎ」となる。
すると右が「みね」左が「こけ」なので、「みねもぎこけぬ(三根捥ぎこけぬ)」
というメッセージが読み取れる。
「三根」は伏見稲荷神符の「木つ根(杉を祀る人々)」。
「三根をもぎとりこけた。」ともとれるし、「もぎ」は枝をもぎ取った木を意味す
るという『いろは歌の暗号』の記述から、伏見稲荷縁起で人々が枝をねこじて植え
たという杉をを連想した。

また日本で古来、杉を「喪木」と呼んでいた可能性のある民俗がある。
人の死後三十三回忌に「弔い上げ」と言って、それ以後仏は神になるという信仰が
あり、その時墓地に杉卒塔婆(すぎそとうば)または梢付塔婆(うれつきとうば)
といって、杉の小枝を立てる風習がある。(千葉県鴨川市など)
鴨といえば葛城系(狛、mo)の人々であり、杉を祀る人々のこれも伝承といえま
しょう。

五段書きの「あめつち」には他にも信じられないほど隈なくメッセージが込められ
ているように見えるのですが、あなたにも見えますか?

後半部分は後にまわすことにし、一行目から六行目までで、漢字「山」に納まる字
は除きます。

 二段目   「いろはそめ」→「いろはぞ芽」

 一行目   「あめつちほ」→「あめつち穂・秀」

 最上段   「しかにむとする」→「志賀人とする」

このメッセージの解釈と後半の暗号の解読は次回に



 
 








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