小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

テロとグローバリズムと金融資本主義(その2)

2015年12月14日 22時01分06秒 | 経済

      

">【ロシア】ISの原油を積んだタンクローリー500台を空爆


 ところで、IS関連報道で気づくのは、テロ現場の実態や入り乱れた国際間の緊張関係や紛争地域の戦闘状態について書かれた記事は多く見られますが、IS域内の住民の生活実態についての公正中立な報告がたいへん少ないことです。
 以下のようなものは、わずかながらありますが、初めのものはシャルリー・エブド事件以前のレポートで、内容が断片的ですし、後のものは、ISが首都としているラッカではなくイラクのモスルを取材したもので、あまり全貌をとらえたものとは言い難い。うち続く戦闘と混乱のさなかにある地域としては、こんな光景はISの支配以前から見られたものだったのではないかと思われます。
http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2014/10/1029.html(NHK/2014.10.29)
http://www.asiapress.org/apn/archives/2015/09/29034455.php(アジアプレスネットワーク/2015.9.29)
 もちろんこれには、正式に取材許可を得たり、長期にわたって潜入したりすることが困難であるという事情があるでしょう。しかし、多くの場合、テロ事件の現場報道や戦闘員の生態を取り上げることにジャーナリストのエネルギーのほとんどが費やされているために、普通の住民の生活実態に探りを入れようという問題意識が希薄なためではないかと思われます。つまり、そこには、米英仏などが世界中にまき散らした「IS=残虐なテロ組織」という単純なイメージのバイアスが大きくかかっているのではないかと考えられるのです。
 ISの統治者たちはイスラム原理主義によって、「繁栄し堕落した頽廃と享楽の都」を否定し、厳格な宗教国家を作ることを目指しているわけですから、「残虐なテロ組織」のイメージを始めに流布させたのはもちろんIS自身です。「神の教えに背く者は必ず神によって裁かれる」という固い信念に基づいて、その残虐さを見せしめのために誇示する。これは当然と言えば当然でしょう。しかし他方で、その残虐な部分だけを抽出して、もっぱら「IS=生命と自由と人権を否定する悪魔の組織」というイメージだけを流布させてきたのが、豊かな先進国(特にキリスト教国)であることもまた疑えない事実です。
 ところが、そうしたイメージ戦略にもかかわらず、ISの宣伝戦略もそれに優るとも劣らぬ巧みさを示しています。インターネットの利点を活かしてヴィジュアルなカッコよさを演出し、純粋な道義心と闘争心にたけた貧しい青少年の感性を刺激することで、見事に勧誘に成功しています。また、自分たちの振る舞いがいかにコーランの教えに忠実であるかを説くことによって、世界中のムスリムたちの心を惹きつけ、これに対する共感を呼び起こすことにも成功しています。
 アメリカ、カリフォルニア州の福祉施設で起きた銃撃事件の犯人夫婦は、IS要員ではなかったようですが、ISの思想にシンパシーを感じて犯行に及んだことは明らかです。またあるブログ記事によれば、2014年に行われた意識調査で、フランス人の15%、18~24歳の若者の27%がISに共感すると答えており、フランス国内のムスリムのなんと69%(414万人)がISを支持していると答えています。
http://www.trendswatcher.net/latest/geoplitics/%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%83%91%E3%83%AA%E3%81%A7%E3%83%86%E3%83%AD%E3%81%8C%E8%B5%B7%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E3%81%9D%E3%81%AE1/
http://www.trendswatcher.net/feb-2015/geoplitics/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%8C%E6%8A%B1%E3%81%88%E3%82%8B%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E5%8C%96%E5%95%8F%E9%A1%8C/
 私はけっしてISを支持するためにこんなことを言っているのではありません。なぜIS領域内の住民の生活実態や生活意識がどうなのかを問題にするのかというと、ISの支配地域は一説に1000万人、少なく見積もっても800万人の人口を抱えており、その人たちがすでに数年にわたって日常生活を続けているわけです。この膨大な人口は、スウェーデンの人口にほぼ匹敵します。このことにきちんとした視線を注がないと、現在、世界で起きていることを正確に認識できないと思うからなのです。それは、ISの直接の敵対勢力である欧州の自衛キャンペーン、「とにかくテロの撲滅を!」というスローガンに安易に迎合することを意味します。そうしてそれは同時に、グローバリズムがもたらしている深刻な世界矛盾に目をつむることにつながるのです。
 ISは戦闘員だけがいるのではなく、イングランドに匹敵するだけの支配地域を持ち、すでに、統治機構や銀行もあり、住民から税金を徴収し、月に100億ドルの収益を上げる油田を持ち、不十分ながら電気、水道などのインフラも整っています。これをただのテロ組織と見なすのは間違いです。むしろ、日本の戦国時代に領国支配を成し遂げてその拡大を図っていた戦国大名たちにたとえれば、その実態に近いイメージが得られるのではないでしょうか。彼らもまた、領国内の住民に対して、一定の秩序ある統治を行っていましたね。
 ちなみに飯山陽(あかり)氏の次のブログはたいへん参考になります。
「どこまでもイスラム国」http://blog.livedoor.jp/dokomademoislam/
 
 さてご存じのとおり、ISをめぐる関係各国の状況は、三つ巴、四つ巴に入り乱れて、世界戦争への発展の兆しを見せてきました。簡単におさらいしておきましょう。
 ロシアは9月28日、ISへの爆撃を開始しました。これがかなりの成果を上げており、それまでのアメリカのIS爆撃が本気ではないことが暴露されました。アメリカはシリアの反アサド勢力にテコ入れするためにISをひそかに支援してきたことは明らかだというのが大方の見方です。ロシアにしてみれば、シリアに軍事基地があり、アサド政権とは強く結びついていますから、ロシアが爆撃に本気になるのは当然と言えましょう。
 10月31日にはロシア旅客機がエジプトのシナイ半島で墜落し、乗客乗員224名が全員死亡、IS傘下のグループ「シナイ州」が犯行声明を出しました。ロシアははじめ慎重な態度を取っていましたが、やがてIS勢力によるテロと断定しました。この事件は、もしテロであることが本当なら、IS勢力がエジプト内に相当根を下ろしつつあることを示しています。ISの次なる目標はエジプトであるという複数筋の分析も、現実性を帯びてきているようです。
 また11月18日にはロシアは原油を積んだISのタンクローリー500台を爆破しました。プーチン大統領はISの原油がトルコに輸出されている確かな証拠があると言明しています。このタンクローリーは、トルコのエルドアン大統領の息子が経営している会社のものだということも暴露しました。エルドアン大統領はもちろん否定しましたが。
 さらに11月24日にはトルコが、ロシアの戦闘機を、わずか17秒の領空侵犯を理由に撃墜し、両国の間に一気に緊張が高まりました。この撃墜は明らかに意図的に行われたもので、エルドアン大統領の思惑にはおそらく、露土戦争による敗北の積年の恨みという民族感情を利用して、NATOの支援をバックにそれを晴らそうという欲求、フランスのオランド大統領から見返りにEU加盟の密約を得たことなどがあるのでしょう。
 トルコはまた、10月14日、ISと闘っているクルド人武装組織に米露が武器供与などの支援を行っていることが許せないとして、両国を非難しました。
http://www.afpbb.com/articles/-/3063153
 トルコは一応、有志連合のIS爆撃に参加して国際的な連帯のポーズを取ってはいますが、本音では、ISよりも自国内のクルド人武装組織の方を、自国の秩序を脅かすテロ組織と見なしていることになります。ちなみにアメリカは、イラク側のクルド人に対しては、イラク戦争以来、一貫して支援を行っています。
 いずれにしても、ここから見えてくるのは、大国ロシアに対するトルコのむき出しの敵対意識と「オスマン帝国」復権の野望でしょうが、今のところこの野望は、国際的には成功していないようです。
 しかし米露仏にしても、フランスの呼びかけで、まずは「テロ組織」ISを滅ぼすことを優先順位として結束しようという建前を一応とってはいるものの、この結束はIS周辺国間の複雑な情勢を考えると、うまく成立する見込みは薄弱です。
 最近では、イランがIS爆撃を行ったというケリー国務長官の発表もあります。
http://www.meij.or.jp/members/kawaraban/20141204164006000000.pdf
 真偽のほどはともかく、これはIS掃討という限定的な局面ではロシア、イラン、アメリカの連携の可能性を示唆しています。しかしこれによって、クルド人に関してまったく立場の違うトルコが一層アメリカに対して敵対感情を募らせることが予想され、サウジアラビアも、核をめぐってイランとの協調路線を歩もうとするアメリカには早くからはっきりと反対を唱えていますから、サウジのアメリカ離れはますます進むでしょう。
 さらにイスラエルのIS支援が取りざたされてもいます。イスラエルは石油がほとんど採れず、しかも周辺の産油国は敵対国ばかりです。最近発見されたゴラン高原の石油を採掘できれば自給が可能になりますが、シリアのアサド政権は自国に採掘権があると主張しており、これを倒そうとしているISは、イスラエルにとって大きな利用価値があることになります。
http://www.mag2.com/p/money/6603
 最近イラクで捕縛されたIS戦闘員が、じつはイスラエル軍の大佐だったなどという情報もあり、こうなると、ロシアとイスラエルが、IS掃討やアサド政権の支持、不支持をめぐって深刻な敵対関係に発展することも予想されるわけです。
http://www.mag2.com/p/money/6712/2

 ISをめぐる関係各国の以上のような複雑で危険な絡まり具合は、第一次大戦勃発前夜に非常によく似ています。そうしてその絡まりの原因が、第一次大戦の時と同じようなグローバリズムから起きてきていることも明瞭に思われます。違っているのは次の点でしょう。

①戦場が第一次大戦当時の帝国主義諸国であるヨーロッパにはなりえないこと。
②現在の中東の混乱を引き起こしたのは、かつての覇権国家・大英帝国ではなく、覇権が後退しつつあるアメリカであること。
③敵対勢力が、かつてのように列強どうしではなく、富裕層と貧困層という、階級間対立の様相を呈していること。

 ①について。
 これは、(その1)で示したように、EUが全体として解体の危機に直面するほど衰弱しており、押し寄せる民族大移動やテロから自国を守るのに精いっぱいであるという事情が関係しているでしょう。そうしてこの事情が、域内グローバリズムの理念を戴くEUが自ら招きよせたものであることも、すでに述べました。
 ②について。
 アメリカは、地政学的にこの地域から遠く離れている上に、文化的土壌もまるで違います。自国の理念である「自由と民主主義」を普遍的価値として、途上国にも強引に適用しようとしたところから、いわゆる「アラブの春」が始まったわけですが、部族間闘争の勝利者によって統治される独裁国家体制を取り、イスラム独特の宗教的慣習を重んじるこの地域に、こうした観念的な「民主化」を押しつけるのはもともと無理なのです。このアメリカの無知と傲慢によって、中東・北アフリカ地域は引っ掻き回され、現在もその混乱が続いているわけです。
 アメリカは、引っ掻き回しておいて、もはや覇権国家としてのきちんとした責任を果たすことができなくなっています。それを最も象徴するのが、化学兵器使用を理由としたシリア攻撃を宣言しておきながらドタキャンし、尻拭いをプーチン大統領に任せてしまったオバマ大統領の振る舞いでした。アメリカはいま、超大国のメンツから、相変わらず「自由・平等・民主の普遍的価値」を掲げていますが、本音では、失敗を感知していて、逃げの姿勢を取ろう、取ろうとしています。つまりモンロー主義に引きこもりたくて仕方がないのですね。
 おまけに、シェールガスの生産が供給過剰なほどに定着し、アラブ諸国との間に、石油・天然ガスをめぐる濃厚な利害関係を維持し続ける必要がなくなっています。中東・北アフリカ問題の解決をアメリカに期待するのは、どう考えても無理でしょう。こうしてグローバリズムは、暴れまわりながらも、一方では、暗礁に乗り上げているとも言えます。
 ③について。
 これは、現象を見ていれば明らかで、貧困層は経済力や軍事力の面で劣るために、テロ(ほとんどが命を賭した自爆テロ)という形を取らざるを得なくなっています。ここにこそ、行き過ぎた金融資本主義による、貧富の格差の異様な拡大が強力に作用しているということができましょう。したがって、現在の戦争状態は、同時に世界革命へと発展する兆候を孕んでいるのです。
 今のところ、この対立は、キリスト教文化圏とイスラム教文化圏との宗教的対立という、いわゆる「文明の衝突」のかたちとして現れています。貧困層の世界的連帯が形成されているわけではありません。しかし、この対立の根底には、グローバルな金融資本がもたらした超格差の問題が横たわっていることは明らかです。そうしてこの超格差の問題自体は普遍的ですから、世界中どこの国でも見られる現象です。つまり、いささか乱暴に言えば、マルクスが展望したような、世界革命の物質的条件だけは整いつつあるということなのです。たまたま強固な原理主義的宗教共同体(その強固な宗教共同体の精神的な強固さの原因も物質的な貧困に求められます)がラディカルな運動を展開しているために、正義感や孤立感や闘争心の強い青年たちがそこに惹きつけられていくという話なのです。
 もしあなたが、暴動や革命を本当に避けたいと思うのだったら、以上の事実をよく認識した上で、グローバルに広がった金融資本主義システムに対して、それを修正し、より公平な分配のシステムを新たに構想するのでなくてはなりません。私は別にかつて存在した社会主義国家を復活させよなどと言っているのではありません。それが失敗した原因は、ここでは詳しく述べませんが、いろいろ考えられます(*)。ただ、これまで現実に存在した社会主義国家なるものが、少しも本来の社会主義の理念を実現したものではなかったという事実だけは押さえておくほうがよいと思います。
 次回は、この格差問題について、わが国も例外なく深刻な状態に置かれており、しかもこの国の為政者たちがほとんどその事態を重視せず、逆にますますその状態を助長させるような政策をとっている、その危険性について述べます。


*詳しくお知りになりたい方は、12月17日発売の拙著『13人の誤解された思想家』(PHP研究所)の、「カール・マルクス」の項をご参照ください。