内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

バカロレア口頭試問を終えて想うこと

2016-05-25 17:53:35 | 雑感

 昨日丸一日と今日の午前中、コルマールの或るリセの一教室を試験会場としたバカロレアの日本語口頭試問があり、試験官としての責務を果たしてきた。昨年に続いて二度目である。
 通常、バカロレアの試験官および採点官は高校教師の仕事なのだが、アルザス地方の高校には正規の日本語教師が一人しかおらず、その教師が普段教えている生徒たちの試験官あるいは採点官になることは規則上できないので、大学教師に手助けを求めてくるのである。当初は、五月上旬に試験日が設定されていて、大学のポストの審査員長としての仕事と重なってしまい、断ったのだが、試験日をずらすから引き受けてくれとストラスブールのアカデミーから懇願され、二週間ずらしてもらって引き受けた。
 受験者一人あたりの試問時間は三十分。各受験者は、最初の十分間で、試問開始時に与えられたテーマと資料について発表を準備する。続いて十分間の発表。そして試験官との質疑応答が十分。受験者の能力が不十分な場合は、話が続かず、三十分もかからないこともある。
 与えられるテーマは、「進歩」「交流」「伝承」「権力」のいずれかで、受験生たちは、この四つのテーマについて、少なくともこの半年余り、高校の授業で、あるいは通信教育などによって、様々な資料を基に学習した上で口頭試問に臨む。試験官である私がその場でこの四つのテーマのうちの一つを選び、受験生に日本語の資料を手渡す。
 受験生たちの多くは、日本語を第三外国語として選択している生徒たちなので、高校の三年間、授業としては週三時間日本語を学習しているだけである。日本語学習に熱意のある子たちは、もちろん授業外でも自主的に勉強している。
 昨年は、二十数名の受験者の中に、内容の優れた発表ができ、高いコミュニケーション能力をもった子たちが何人かいて、とても感心したのだが、今年は、それに比べるとやや低調であった。それでも、全部で二十四名の受験者のうち、なかなかいい発表をし、こちらの質問に落ち着いて的確に答えてくれた生徒が三人いた。それ以外に一人、母親が日本人という男子生徒がいた。日本の普通の高校生の水準を遥かに抜く見事な日本語で、「進歩」というテーマについて内容的にもよく考えられた発表をしてくれた。ストラスブール政治学院に進学するという。将来有望と見た。
 他方では、見ていて可哀想になるくらい緊張してしまい、普段の調子が出せない子もいる。そういう子たちには、少しでも緊張が解けるようにと、ごく簡単な質問をいくつかして、調子を取り戻せるように配慮する。
 試問の終わりに、すべての受験生に対して同じ質問をする。卒業後の進路を聞く。これは彼らが必ず想定している質問なので、大抵は流暢に、しばしば目を輝かせながら答えてくれる。ほとんど例外なく大学進学を目指しているが、分野は多様で、それを聞くのが楽しい。今年の受験者の志望分野を列挙すると、数学、医学、生物学、動物学、政治学、法学、地理学、フランス語教育など。日本学を専攻するつもりと答えた学生は、わずかに二名。一人はパリに行くという。ストラスブールの日本学科に登録するつもりと答えたのは一人だけ。
 経済が停滞し、社会が活気を失い、他者への憎悪が絶えず燻り、爛熟の果てに文化的に退廃しつつある今のフランスのような国に生きる十八歳前後の彼らが素直に未来に対して希望を抱くことは難しい。それは普段教えている学生たちを見ていてもよくわかる。同情しさえする。
 それだからこそ、これからの遼遠なる彼らの人生航路の門出に幸あれと願わずにはいられない。