内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

第一次世界大戦休戦記念日に寄せて

2014-11-11 09:06:04 | 雑感

 今日は第一次世界大戦休戦記念日。九十六年前の十一月十一日にドイツと連合国との間で休戦協定がフランスのコンピエーニュの森で締結されたことを記念する日。フランスでは国民の祝日。調べたわけではないので確かなことはわからないが、ヨーロッパの他の国でも国民の祝日になっているところが少なくないのだろうと思う。今年は同大戦開戦百周年にあたるから、ヨーロッパ各地できっといろいろと例年にはない特別な催しがあることだろう。
 日本の近現代史では、世界大戦といえば、一九四一年からの太平洋戦争と重なり合う一九三九年からの第二次世界大戦の方が圧倒的に重大な意味を持っているが、ヨーロッパでは、国によって、あるいは地域によって、第一次世界大戦での犠牲者の方が多かった。特にフランスは戦死者・戦傷者の数の多さで連合国中際立っている。前者が約百四十万人、後者が四百二十六万人以上を数えると言われている。イギリスがそれぞれ八十八万人・百六十六万人、イタリアが六十五万人・九十五万人。「戦敗国」であるドイツは、二百万人を超える戦死者を出し、戦傷者はフランスとほぼ同数だが若干下回る。
 紀元前のことはしばらくおくとして、キリストが生まれてから前世紀までの二十世紀の間、世界中でどこにもまったく戦争がなかった世紀というのはないのであろう。紀元前後からの約二世紀間のいわゆるパックス・ロマーナは西洋のお話であって、中国では後漢の時代、平和には程遠い動乱の時代であった。それはともかく、二十世紀が人類史上最も多くの戦死者を出した大量殺戮の世紀であったことだけは間違いない。
 今後人類がいつまで地球上に存続するのか、あるいは地球そのものがいつまで存続するのか知らないが、「この世紀は世界中どこにも戦争がない平和な時代であった」と世界史に記される名誉を与えられる世紀が果たして人類に来るのであろうか。二十一世紀は、その幕開けとともにそう記される資格を失ってしまったばかりか、人類未曾有の危機をこれから見ていくことになるのだろう。私たちは戦争以上に恐ろしいものを見ることになるのかもしれない。南無阿弥陀仏。