このブログの中で重複する内容もあるのですけれど、
過日、デュッセルドルフのある邦人協会から会報への投稿依頼があり、
ちょっと真面目な文章を書きました。
このブログにも残しておきたいと思い 以下、コピペしときます
画像もそのとき使ったものです。
ちょっと長いよ -まー
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伝えることの大切さ、難しさ
ドイツ中世の終わり頃の徒弟制度は大変厳しい世界だったと聞きます。
弟子はみな親方の工房に住み込んで技術を習いました。なぜ住み込みかというと、その職業で生きていくための空気を吸うためです。同じ時間に起床し同じ物を食べ、同じことを考え同じことを感じ… 技術だけでなく職業に対する情熱や想いいれも日ごろの生活の中でごく自然に伝えていくことができました。
時代は変わり学校制度が確立した以降、職人の技術習得も「学業」という形で習うことが一般的になります。レアリンゲ(弟子)は職業学校で理論を学び、マイスターの下で技術力をつけます。3年(職種によって期間は違う)の修業の後、試験を受けゲゼレ(職人)に、その後5年の経験を積み、ようやくマイスター試験を受ける資格が与えられます。晴れてマイスターになって始めて個人開業できる、という長い道のりです。
自分達の天職は自分達で守りそして育てる。これがドイツの誇る伝統的な「マイスター制度」です。
私はピアノ制作技術の仕事をしています。デュッセルドルフに小さな工房を構えてコンサート会場や一般家庭のピアノの調律、修理、そして古いピアノの修復を手がけています。
18年前にマイスター試験を受け「Klavier- und Cembalobaumeister」という称号を得ました。マイスターになろうと心に決めた当時は実際に開業する気持ちなどは少しもなく、ピアノの故郷と言われるこの地で自分の力を試しこの大好きな職業の真髄を極めてみたいと思う純粋な気持ちがあっただけでした。マイスター養成学校ではピアノ制作技術だけでなく、経理、経営、法律、歴史、教育学なども学びました。ドイツ社会の仕組みや文化を知る上でも大変貴重な体験でした。
さて、数年前に労働市場改革の一つとして「マイスター制度」に大きな変化が起こりました。厳格なこの制度ではマイスターになって開業するまでに長い時間と費用そして強い意志が必要となり、個人開業にまでいたる職人を増やすことは容易ではありません。手工業94業種のうち65業種はマイスターのタイトルなしで開業できるようにするなど規制を大幅に緩めました。手工業への参入を増やすことで失業率を減らし、雇用を促進させるのが大きな狙いなのでしょう。今後、EUとの兼ね合いも考慮しなければなりません。時代の変化に順応する故の自然な移り変わりなのかも知れません。今現在、徒弟制度の大まかな流れは未だに存在していますが、技術のレベルや職人の質の低下を招き、消費者へのサービスや品質低下に繋がるのではないかと危惧されているのも事実です。
ピアノ技術者に話を戻しましょう。人間の音の嗜好や楽器に対する価値観もずいぶん変化してきています。けれどもピアノ技術は「音」という目に見えない物を相手に、耳と指先を頼りに感覚だけで勝負する特殊な職業ですから「感性」や「手先の感覚」が 生業として全うする為に最も必要不可欠だということはこれから先も変わることはありません。たとえ時の流れとともに職業システムがどのように変化していこうとも、それらを発揮できる環境を守り続け、今まで受け継がれてきた正しい姿を後進に伝えていくことが大切なことだと思います。
Beruf(天職)を守り育てることは難しいことです。