演奏会場で仕上げの調律をしていると
ベートーヴェン菌が耳から侵入してきた
有名な音楽家の菌だから善玉菌にはちがいないのだが
季節をひとつ蹴り越えて ヴァイオリンが軽快に春を駆け上がる
そのあとをピアノが地面の下から沸きだすように追いかける
やがて二人は突然に陰気なほうに転調した
ベートーヴェン菌がソナタ形式で体内繁殖を始めたらしい
その夜、
とうとうやつが眠りの中に現れた いつものようにしかめっ面
音楽室の似顔絵とそっくり でも頭が臭かった
どうやら1週間洗ってないらしい 痒い痒いとかきむしる
どこのシャンプー使ってるの?
「アダージョ カンタービレ」 ニマっと笑ってやつがつぶやく
うう! 見かけによらずユニークなやつだ 意味が全くわかれへん
「アレグロ アッサイ」のリンスも使うようにと勧めておいた
次の日、
完璧にベートーヴェン菌に侵されたベテランピアニストはこれでもかといわんばかりに
熱情的に 時には悲愴な面持ちで 善玉菌を撒き散らす
彼女の振わせるピアノの弦がしかめっ面で地響きを立て 消えるようにすすり泣く
まだ若くて青い感染者には到底現せない感情が音と音の隙間から見えてくる
そしてまた次の日、
そっと目を閉じると つむじの2センチ左からずきずきとあの低音和音がフェードインしてくる
耳の鼓膜の裏側からどっしりとした濃厚な大人の響が迫ってくる
体内にこびりついた菌の勢力はいまだ衰えることを知らないらしい
ぼちぼちベートーヴェン菌とおさらばするために
クリスマスの飾りで一杯の 夕暮れ時の街をゆっくりと散歩した
なぜだろう 賑やかな人の波はやけに寂しい
お堀の並木を眺めることにした
歩く歩幅はいまだ「月光」ソナタの1楽章……
ーまー
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