マイスターのお道具箱

ドイツに住むピアノ技術者、ーまーのブログ

舞台裏2

2005-04-27 | ピアノ技術者の仕事
巨匠は月光ソナタの2楽章を軽く流していた。僕たちはステージ横からピアノの方に進み、
ピアノの位置を確認。少し中央より左にピアノの位置があるような気がするが、巨匠は気にならないようである。照明の位置が理想的ではないようで、少し眩しいようだ。
「彼がうちのピアノ調律師です。」
「おお、今日はアリガトね」
「何かご質問や、ご希望がありますでしょうか?」ドイツ語で尋ねてみたが、返事をしてくれなかったので、英語に変えてみた。
「これでいいよ」話していても手を休めることなく弾き続けてたが、おもむろにピアノを弾くのを止め、「ところで北はどっち方向になるか知ってる?」彼はポケットから方位磁石を出しピアノの上に置いた。僕も一緒に覗き込む。磁石の針は鍵盤低音方向を指している。そして、マネージャーから正方形の白いカードを受け取り、それを低音側のピアノ本体とフレームの隙間(北側)に差し込んだ。白いカードには○◎□◇△▽などの幾何学的な模様が描かれている。NとSの文字(たぶん北と南を表すのだろう)も見える。
「君、後で調律する時これを絶対に触らないでね!」少しキツメにお願いされた。神秘的なおまじないなのかな?質問してみたくなったけど、できなかった。照明の位置を変えるよう指示が出たが、ピアノへの注文はまったくなかった。しばらくリハーサルを客席で聴くことにする。聴衆がいないので、大変静かで音響も良い。あの部品交換が必要なくらい傷んだ楽器から出てくるとは思えないくらいいろんな色の音がでてくる。さすがに巨匠、あのおまじないカードのおかげかな。などとあれこれ思いをめぐらせながら、この後のチェックをどのようにしようかと作戦を練る。リハーサルが終わり退場する際、巨匠に「椅子の位置と高さはこれでいいので、絶対動かさないでね!」とお願いされた。最終点検をする際、椅子の位置を変えないために床にマジックで印をつけた。おまじないカードも触らなかった。彼のお願いは100%守ることができた。
本番の演奏ももちろん聞かせていただいたけれど、ペダルは雑音を出さないか、調律は最後まで狂わずに行くかなど、心配ごとが多くあり、音楽を楽しむことはできない。
冷や汗が出ることもある。我々技術者の宿命だ。でも今回は無事に終わった。
尚、巨匠は演奏を始める時、自分で椅子の高さ、それに位置も変えていた。(僕は触ってないで)アンコールの後、喝采を受けながら、巨匠はステージから静かに姿を消した。おまじないカードとともに。 (舞台裏に使用した画像は本文の内容と関係ない画像です。)ーまー

舞台裏 1

2005-04-24 | ピアノ技術者の仕事
黒い燕尾服に身を包み、スポットライトを浴びた巨匠が聴衆から大喝采を受けている。ピアノリサイタルが終わった。この演奏会を成功させるためにずっと駆け回っていた裏方さんたちがほっとする瞬間だ。調律を担当した技術者もしかり。今回はピアノ技術者から見た舞台裏を覗いてみよう。

コンサートの調律。これは我々技術者にとってとても名誉ある仕事だ。
ピアニストは自分の持っている感性やテクニックを最大のエネルギーを使ってピアノにぶつけてくる。それに応えられるよう最良の状態にピアノを仕上げる。
コンチェルトの場合リハーサルを含め、数回調律するチャンスがあり、そのときに演奏者とのコミュニケーションも取れ、彼らの要求も分かるので落ち着いて本番に挑むことができる。ソロや室内楽の場合は当日リハーサル、その夜即本番が通常なので失敗はゆるされない。タイムリミットもある。ほぼ1発勝負だ。緊張が高まる。
場所はDuisburug。今回はソロのピアノリサイタル。ピアニストは、ゲxx-氏。(本人に無断なので名前は伏せます。)ピアノファンなら誰でも知っているアルゼンチン出身の巨匠とだけ書いておこう。朝10時調律開始。既にピアノは舞台の上に鎮座している。ピアノはS社のコンサートピアノ。状態は最悪。これで演奏会するの?って感じだがやるしかない。2時間半かけて調律とアクション調整をする。舞台裏では大道具さんが金槌でなにやらトントン始めるし、照明さんが天井付近でわめいている。うるさい!静かにしてほしい。彼らも気にはしてくれているものの、「仕事終わらな演奏会でけへんもん、ごめんねうるさくして」って感じ。
ステージのピアノ調律後、巨匠の楽屋にあるピアノの調律に向かう。古い日本製のアップライトピアノが置いてある。演奏会直前まで指を動かすための言わば慣らし用のピアノだ。ふむ、巨匠でもこんなピアノを触るんだ。
調律中、マネージメントのおばさんがやってくる、まじめに仕事しているか偵察に来たようだ。「後30分で巨匠が到着するので、早く終わってね。」彼女もなぜか緊張気味だ。しばらくすると、ホールの中で一番偉いおじさんが楽屋にやってきた。この前、「ピアノ修理しようよ」って見積もりだした時「予算ないからできない。」と一言で断ってきたおじさんだ。巨匠が来たから一緒に来いとのこと。ピアノのことで特別な注文があるかどうか尋ねるのだ。たまに無理難題を押し付けるピアニストもいるので、今回はそうでありませんようにと祈る。お道具箱を持って巨匠の待つ舞台へと二人で歩いていった。歩きながら修理の交渉を再度してみた。やっぱりだめだって。巨匠が何かクレームを出してくれればおじさんも納得してくれるかもと、ひそかに期待。舞台裏は静かになっている。舞台に近づくにつれ巨匠の弾くピアノの音だけが次第に大きく聞こえてくる。 後半に続く。

ーまー

Einmannbetrieb

2005-04-20 | そのほか
親方  番頭はん、先月の売上計算終わってますか?もう月半ば過ぎましたで。
番頭  すんません、まだです。ブログ書く仕事も増えたし、なかなか時間のうて、、、。
親方  何ゆうてますねん!ブログ書いてるのはあんさんの楽しみであって、仕事とちゃい
     ます。それはそうと、先週、仕入れ先に2桁間違えて振り込んだやろ?あんな間違い  
     許しませんで!ほんまびっくりしたわ。
番頭  最近目が悪なってコンマが見えにくいんですわ。しかしうちの口座にようあれだけ  
     入ってましたなあ。今度間違えるときは2桁少なくしときますわ。ははは。
親方  はははやあらへんがな!おーい職人はん、月曜日Müllerさんとこに鍵盤納めに行くけど
    修理もう仕上がってます?
職人  木曜日に仕上げようと思てたんですが、演奏会の調律の仕事が飛び込んできた 
     んで、まだですわ。でも日曜日にやっときますから月曜はOkですよ。
親方  すまんなあ。いつも日曜日まで仕事さして悪いなあ。体だけは壊さんようにしてや。 
     あんさんだけが頼りやからな。
職人  おおきにありがとうございます。わては好きでやらしてもうてまっさかい、何も問   
     題おません。
親方  ほんまにええやっちゃなあうちの職人は。それに引き換え こら、丁稚!この前も
     言うたやろ、壁の額縁見てみ、右下がりになったままやろ?今すぐ直しなはれ。
     こういうことはお前さんの仕事や。立派な職人になるためにも日ごろからこうゆう
     ことまで気つけなあかん。それと使った工具は元どうり片付けて、掃除して初めて
     今日一日が終わるんや。分かったな。これも修行のひとつやで!
丁稚  はーあ
親方  せやけどあんさん、賄い食作るのうまくなってきたな。いつも美味しいで。でも
     な、隠れてビール呑みながら作るのは止めたほうがええで。おかみさんがいつ
     もため息ついてまっせ。
丁稚  いやー、隠れて呑んでるのは親方のほうとちゃいますか?

以上、これはデュッセルドルフ左岸にあるピアノ工房内のある朝の1コマです。
このように4役をたった一人で危なっかしく演じている小さな工房のことをEinmannbetriebまたはEinmanngeselschaftといいます。ああしんど! -まー

ところで

2005-04-16 | そのほか
まずはワインキャットの情報:
(Wine Cat) Liesegangstr.16 Düsseldorf
Tel: 0211 1795143
カールシュタットデパート駐車場入り口横です。お昼は定食物を出し、夜は和食を主にした料理、もちろんワイン。注意>日曜、月曜は休肝日でお休みです。
ところで、ブログを始めたというお知らせメールを友人知人に出しました。早速「見たよ!読んだよ!」の返信をたくさんいただきました。 うれしいことです。
ところが、大半の返事は「マイスターの貫禄ですね」「ふっくらしてきましたね」極めつけは「ちょっと肥え過ぎちゃうか?」など容姿に対する意見が多かった。画像の端の方に歪んで映ってるし、この5年間で体重は3キロしか変わってないし、この前の定期健診では「理想的な体重」だと医者から太鼓判貰ってるし、あまりぎすぎす痩せてると「嫁さんにちゃんと料理作ってもらってるか?」などと愛妻が批判されるのは耐えられないし。いろいろ僕なりに苦労してこの体型を維持してるんですよ。確かにあごの周りやお腹はオヤジに近づきつつあるなと、自分でも気になっているのは事実。
あーあ、こんな画像公開するんじゃなかったとコウカイしているところです。
(落ちまでオヤジや)ーまー 

ピアノ技術者のアイテム 1

2005-04-12 | そのほか
ピアノ技術は神経を遣う大変過酷なお仕事だ。それを癒す(覚醒する)ために「飲酒」という行為が絶対必要だ。腕利きのピアノ技術者は例外なく大酒呑みだ。僕はそれほど腕利きではないので「適度な飲酒」しかしない。ワインも好物のひとつだが、オタッキーに銘柄や年代に凝ることはせず、料理に合いそうなお手ごろワインを試してみて、「値段の割りに美味しいやん!」とうなずきながら一日の疲れを飛ばすのが僕のワインの楽しみ方だ。
先日、20年来の友人夫婦がデュッセルドルフにワインビストロを開店するとのこと、お披露目会に出席させていただいた。しばらく会っていないうちに彼らはワインのプロになってしまっていた。
今回学んだのはグラスが違うと味が変わるということ。ミネラルウオーターで実際に試してもらったが、確かにまったく美味しさが違っていた。こだわりを持って研究している彼らのこと、きっとワイン通が集まる素敵な店になると思う。彼らのワイン談義に耳を傾けながら、美味しくワインをいただく、、、。僕の「適度な飲酒」の楽しみ方がひとつまた増えそうだ。(ワインキャットの詳細を知りたい方、コメント書いてな。) -まー

フランクフルト楽器メッセ

2005-04-10 | ピアノ技術者の仕事
今日からこのブログを書き始めます。いつまで続くか、、、。去年、仕事用にホームページをプロのドイツ人兄ちゃんに作ってもらい(現在のHP)、以前自分で作ったHPをつぶしました。結構人気があったし、また時間があれば作りたいなと思っていました。そんなこともあって、今回このブログって言う流行物に飛びついてしまいました。なんだか楽に書けそうな気がします。

 さて、本題。フランクフルトの楽器メッセに行ってきました。ピアノ制作部門で感じたことは、各大手メーカーは自分のブランド以外に東欧やアジア(韓国、中国、インドネシアなど)に第2第3ブランドとして制作させている物が増えているようです。個人的には残念な傾向ですが、これも時の流れ、企業の方針なのでしょうか。残念ついでに、Steinway, Boesendorferの姿がなかったようです。 ま、懐かしい同僚や友人にも会えたし、新たなコネクションも増えたし今日のところはよしとしておこう。 ーまー