我々は、立派な運動場を過ぎ、理系の研究棟の広場へやってきた。
ここでは建築学科が、素材の耐久性を調べる実験をやっており、
ほとんど理不尽なまでの圧力をかけられた鉄筋コンクリートの柱が並ぶ。
悲しそうに立ち並ぶその柱たちは、佐渡先生の講義中に
不用意な発言をして廊下に立たされた学生たちのようであった。
「防御権の審査というのは、
その法命題により基礎づけられた規制が、
比例原則に適合しているかどうか、を審査するものだな。
で、例えば、脅迫罪を規制する法文が全くないのに、
裁判所や警察が、『脅迫をした者には、10年以下の懲役を科すべし』という
法命題が妥当していると言って、脅迫の加害者を処罰したとするな。
この場合、防御権の審査をするとどうなる?」
「えーと、法文の根拠があるかどうかは、さしあたり
どうでもいい問題で、
脅迫は人にメッセージを伝達する行為だから、表現行為の一種だが、
まあ、ひどい行為だから、必要性や相当性があって合憲、
ってことになるな。
・・・。あれ、合憲?」
「そうなんだ。防御権の観点というのは、
規制を導く法命題の必要性や相当性を審査するものであって、
その法命題に、ちゃんとした法源があるかどうかは、
さしあたりどうでもいい問題なんだよ。」
「ふーむ。でも、法文の根拠がなかったら、
そりゃ、違憲だろう?31条に反するし、21条にも反するはずだ。」
もっともな指摘であった。
我々は、生物学研究室の水槽実験棟の前を通る。
ここにはアメフラシや大小さまざまな貝が飼育されており、
毎日、新鮮な海水が運び込まれている。
私は、校内で海水が苦手な妖怪に会った場合、
まっさきにここに避難するように学生に指示している。
「それはそうだね。
31条からは、法律の根拠なしに刑罰を科されない権利があるし、
自由権条項には、比例原則に反しその自由を規制されない権利(防御権)の他に、
法律の根拠なしにその自由を規制されない権利を保障する側面もある。
後者の側面は、その自由の規制の可否を法律に留保する側面だから、
法律の留保への権利なんて呼び方もできるだろう。」
…。最近、司法試験で行政法が必須科目とされたことにより、
行政法を勉強せずに、憲法を教えると学生から非常にバカにされるのだ。
つらいところである。
昔の司法試験では、憲法・民法・刑法・商法までが必修。
訴訟法選択では、民事か刑事どちらか一つ、
あと選択科目と教養科目から、一つずつ、とされていたもので、
訴訟法選択で刑事訴訟、選択科目で刑事政策、教養科目で心理学、が
王道(楽な選択)とされていた。
この時期、訴訟法選択で民事訴訟法、選択科目で行政法、教養科目で経済学。
この組み合わせで数々の秀才が散っていったのだ。
結果、民事訴訟がさっぱりな学生が弁護士になり、
一方、民事訴訟も行政訴訟もどんとこいの学生は司法浪人。
これからの正義の話もしたくなるところであろう。
それを考えると、司法試験制度も改善されたものだ……。
現行制度で、民訴と行政法が不十分な学生が試験をパスするのは難しい。
「ああ、そうか。
じゃあ、法律の留保みたいな観点からの審査は、
防御権とは独立に行われるわけだね。」
「そういうことだよ。
そして、ポイントは、法律の留保の審査というのは、
法律の文章、つまり法文と、そこで適用された法命題の関係を
問題とする審査だ。」
「そりゃそうだな。」
「そう。そして、この場合、
その法文をどう理解するのが自然か、
一般人はその法文を見たらどう理解するか、
という種類の事実は、参照するんだが、
それ以外の、規制が目的達成に役立つか、とか
被告人がどこでどんな行為をしていたか、とか、
そう言う立法事実や司法事実と呼ばれる事実は、全く審査しないんだよ。」
「そりゃそうだろう。」
「そう。そして、一般人がその法文を見たらどう理解するか、
なんて判断は、わざわざ『一般人』の代表つれてきて尋問しなくても認定できる。
裁判官は『一般人』とは全く異質な宇宙人じゃないからな。」
「ふーん。そうすると、法律の留保に関する審査は、
法文と法命題と裁判官の頭があればできるってことになるね。」
「そう。だから、法文だけをみて審査をする、とも言われる。
だから、文面審査と呼ばれるんだよ。」
「・・・。あれ、さっき、防御権の観点からの文面審査って話も出てきたよね。」
「そう。でも両者は、質的に違うところがあるんだ。
私は、『急所』では両方とも法令審査と呼んできたんだが、
区別しといたほうが、分かりやすいかもしれない、とも最近考えている。」
こうして話は、文面審査の二類型の話に進んだ。
ここでは建築学科が、素材の耐久性を調べる実験をやっており、
ほとんど理不尽なまでの圧力をかけられた鉄筋コンクリートの柱が並ぶ。
悲しそうに立ち並ぶその柱たちは、佐渡先生の講義中に
不用意な発言をして廊下に立たされた学生たちのようであった。
「防御権の審査というのは、
その法命題により基礎づけられた規制が、
比例原則に適合しているかどうか、を審査するものだな。
で、例えば、脅迫罪を規制する法文が全くないのに、
裁判所や警察が、『脅迫をした者には、10年以下の懲役を科すべし』という
法命題が妥当していると言って、脅迫の加害者を処罰したとするな。
この場合、防御権の審査をするとどうなる?」
「えーと、法文の根拠があるかどうかは、さしあたり
どうでもいい問題で、
脅迫は人にメッセージを伝達する行為だから、表現行為の一種だが、
まあ、ひどい行為だから、必要性や相当性があって合憲、
ってことになるな。
・・・。あれ、合憲?」
「そうなんだ。防御権の観点というのは、
規制を導く法命題の必要性や相当性を審査するものであって、
その法命題に、ちゃんとした法源があるかどうかは、
さしあたりどうでもいい問題なんだよ。」
「ふーむ。でも、法文の根拠がなかったら、
そりゃ、違憲だろう?31条に反するし、21条にも反するはずだ。」
もっともな指摘であった。
我々は、生物学研究室の水槽実験棟の前を通る。
ここにはアメフラシや大小さまざまな貝が飼育されており、
毎日、新鮮な海水が運び込まれている。
私は、校内で海水が苦手な妖怪に会った場合、
まっさきにここに避難するように学生に指示している。
「それはそうだね。
31条からは、法律の根拠なしに刑罰を科されない権利があるし、
自由権条項には、比例原則に反しその自由を規制されない権利(防御権)の他に、
法律の根拠なしにその自由を規制されない権利を保障する側面もある。
後者の側面は、その自由の規制の可否を法律に留保する側面だから、
法律の留保への権利なんて呼び方もできるだろう。」
…。最近、司法試験で行政法が必須科目とされたことにより、
行政法を勉強せずに、憲法を教えると学生から非常にバカにされるのだ。
つらいところである。
昔の司法試験では、憲法・民法・刑法・商法までが必修。
訴訟法選択では、民事か刑事どちらか一つ、
あと選択科目と教養科目から、一つずつ、とされていたもので、
訴訟法選択で刑事訴訟、選択科目で刑事政策、教養科目で心理学、が
王道(楽な選択)とされていた。
この時期、訴訟法選択で民事訴訟法、選択科目で行政法、教養科目で経済学。
この組み合わせで数々の秀才が散っていったのだ。
結果、民事訴訟がさっぱりな学生が弁護士になり、
一方、民事訴訟も行政訴訟もどんとこいの学生は司法浪人。
これからの正義の話もしたくなるところであろう。
それを考えると、司法試験制度も改善されたものだ……。
現行制度で、民訴と行政法が不十分な学生が試験をパスするのは難しい。
「ああ、そうか。
じゃあ、法律の留保みたいな観点からの審査は、
防御権とは独立に行われるわけだね。」
「そういうことだよ。
そして、ポイントは、法律の留保の審査というのは、
法律の文章、つまり法文と、そこで適用された法命題の関係を
問題とする審査だ。」
「そりゃそうだな。」
「そう。そして、この場合、
その法文をどう理解するのが自然か、
一般人はその法文を見たらどう理解するか、
という種類の事実は、参照するんだが、
それ以外の、規制が目的達成に役立つか、とか
被告人がどこでどんな行為をしていたか、とか、
そう言う立法事実や司法事実と呼ばれる事実は、全く審査しないんだよ。」
「そりゃそうだろう。」
「そう。そして、一般人がその法文を見たらどう理解するか、
なんて判断は、わざわざ『一般人』の代表つれてきて尋問しなくても認定できる。
裁判官は『一般人』とは全く異質な宇宙人じゃないからな。」
「ふーん。そうすると、法律の留保に関する審査は、
法文と法命題と裁判官の頭があればできるってことになるね。」
「そう。だから、法文だけをみて審査をする、とも言われる。
だから、文面審査と呼ばれるんだよ。」
「・・・。あれ、さっき、防御権の観点からの文面審査って話も出てきたよね。」
「そう。でも両者は、質的に違うところがあるんだ。
私は、『急所』では両方とも法令審査と呼んできたんだが、
区別しといたほうが、分かりやすいかもしれない、とも最近考えている。」
こうして話は、文面審査の二類型の話に進んだ。
これからの時代を生き抜くためには、他にも、
見越し入道に遭遇した場合の対処法なども
心得ておかなくてはなりませんね。
毎回ブログの更新を楽しみにしています。
もしご面倒でなければ、シリーズものの場合、
1行目あたりに前回の内容にリンクを
入れていただけないでしょうか?
(今回の場合ですと「法令の審査方法(6)」)
今回のを読み終わったときに、前のものを
読みたくなることがけっこうあって少し間が
空いたものだとどこを探していいのか
わからないときがあります。
(私の探し方が悪いだけかもしれませんが)
ご検討のほどよろしくお願い致します。
大ナメクジや山化粧(サンショウウオの化け物とされる)などの
浸透圧勘弁系の妖怪は、
浸透圧ときいただけでひるみますので、
海水なんておそらくもってのほかです。
>あんのうんさま
了解です。
ちょっと考えてみます。
まだ前回の質問のご回答を頂けていないのですが,どんどん気になるところが出てきて,立て続けに質問させて頂きました。
記事「文面審査とはなんですか?」(http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr/e/2963fee5fe8f192d63986a610a34b7ce)で,先生は,文面審査と呼ばれるものの中には2種類あり,それが先生の言う,法令審査と法文違憲審査であると仰ってますよね?
ここで法令審査は,法文に含まれる全法命題の【内容】の合憲性審査だと理解しています。
また,法文違憲審査も,法文に含まれる全法命題のうち,その【内容】において合憲なものが1つでもあるか,というものだと理解しています。
つまり私は,両者はいずれも,法命題の【内容】の合憲性を判断しているという点では同じだと捉えています。
そして,法命題の【内容】の合憲性を判断しようとするのは,適用審査(処分審査)でも同じです。
要するに,法令審査も法文違憲審査も適用審査(処分審査)も,法命題の【内容】の合憲性を問題とする点では共通であるが,適用審査(処分審査)は一部の法命題のみを対象とするのに対し,前2者は全法命題を対象としている(ただし,法令審査は文字通り全法命題を個別に検討するのに対し,法文違憲審査は全法命題の中から,【内容】において合憲な1つを探すという違いがある)という共通項から「文面審査」の名前で呼ばれることがある,という風に理解しています。
これに対し,本記事「法令の審査方法(7)」で,先生は,「法文と法命題と裁判官の頭があればできる」「法律の留保の審査」を「文面審査と呼ばれる」と仰ってますよね?
私は,この「法律の留保の審査」は法命題の【内容】の合憲性を(少なくとも直接的には)審査するものではなく,その前提として,「法文から法命題が導き出せるか」ということを問題としていると理解しています。
そうなると,審査の過程としては,
(1) 法文から具体的な法命題を導くことができるか。
(2) 導かれた法命題たちが合憲であるか。
という2段階を経ることになると思います。
具体例として,先生の著書『憲法の急所』の「第4問 妄想族追放条例事件」で説明させて頂きます(法令審査)。
(1)では,条例4条の「不安又は恐怖を覚えさせるような集会」という法文(+5条・7条)から,あらゆる事例それぞれについて明確な法命題(例えば「40名で妄想族のコスチュームに身を纏い,奇声を上げて~罵声を浴びせるような集会を制約する」という法命題)が明確に読みとれるか否かを問題とし(法令審査【的な】明確性の審査),
続く(2)では,(1)で明確だとされた法命題群(例えば「40名で妄想族のコスチュームに~ような集会を制約する」という法命題)が,それぞれ表現の自由を不当に制約する違憲なものでないかを逐次問題とするか(法令審査),あるいはその法命題群の中に表現の自由の合憲的な制約であると言えるものが存在するか(法文違憲審査。その後に処分審査として「40名で妄想族のコスチュームに~ような集会を制約する」という法命題の合憲性を検討する〔併せて二段階審査〕)を検討することになります。
※(1)について適用審査(処分審査)【的な】あるいは二段階審査【的な】審査方法を採ることも,(2)について処分審査を採ることも可能。
要するに,法令審査・法文違憲審査・適用審査(処分審査)の区別は,審査の範囲(ないしは審査方法)による区別であって,いずれも審査対象が法命題の【内容】であるという意味で問題領域としては(2)に属する。
これに対し,(1)は法命題の【内容】を検討する前提として,いかなる法命題が明確に導出できるのかという前段階的な問題領域であるということができると思います(簡単に言うと,(1)は「どんな内容ですか?」の問題。続く(2)は「じゃあその内容って正当ですか?」の問題)。
以上をまとめた上で,記事「法令の審査方法(8)」(http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr/e/0bbf3c46eb7ccd5e41b8832665157fbc)の内容と個人的な分析を加えますと,
(1)の審査として,法令審査【的な】もの,二段階審査【的な】もの,適用審査(処分審査)【的な】ものがある(審査範囲や審査方法による区別ではあるが,【内容】の合憲性を問題としていない点で【的な】がつく)。
次に(2)の審査として,法令審査,二段階審査,処分審査の3つがある。
これらのうち,「文面審査」の名前で呼ばれることがあるのは,(1)の審査(全て),(2)のうち法令審査,(2)のうち二段階審査の中の
法文違憲審査の3つとなる(3つという数自体は細分化次第でしょうが),という風に理解できるように思います。
このような理解は誤りなのでしょうか?非常に冗長になってしまい申し訳ないのですが,是非,木村先生のご意見を賜れたらと思います。なお,今回の質問とも関係して「採点実感のいう『まず法令違憲の主張を行い,それが認められない場合でも適用違憲(処分違憲)を論じる』の意味」に関する質問(木村先生は確か,これは二段階審査のことを言っているのだと整理しておられたかと理解しています)も,また今度させて頂きたいと思っています。
それでは,夜分に大変失礼致しました。
※予断:上で引用していて気付いたのですが,『憲法の急所』の153頁9行目からの「コスチュームに身を纏い」は「コスチュームを身に纏い」の誤りかと思われます。諫言失礼致しました。
と冗談はさておき、
おっしゃる通り、世に言う「文面審査」には、
法文と法命題との関係の審査と、
法文から導かれる全法命題の審査と、
法文違憲審査=典型的適用例審査
の3種類が含まれており、
ややこしいことになっております。
おっしゃっていることでどんぴしゃりなのですが、
このブログを含め、まだまとめていないところですね。
今度記事にします。
ありがとうございました。
勿体なきお言葉,身に余る光栄でございまする。
早速のご回答,誠に有り難うございます。
>おっしゃる通り、世に言う「文面審査」には、
>法文と法命題との関係の審査と、
>法文から導かれる全法命題の審査と、
>法文違憲審査=典型的適用例審査
>の3種類が含まれており、
>ややこしいことになっております。
やはりそうですか。
しかも3つの種類に問題平面を同じくするものとそうでないものが含まれているので,余計にややこしいですね。
>このブログを含め、まだまとめていないところですね。
>今度記事にします。
ご厚意有り難うございます。
「憲法学 憲法判断の方法」カテゴリーも「法令審査方法(8)」で「最後にやっかいなのは、過度広汎性の法理の審査だな。」で終わっているので,続きが気になっております(内容的には別カテゴリーで説明がされてたとも思いますが)。
それでは,いつか記事になるのを「今か!今か!」と心待ちにしております。
出来るだけ早く日の目を見れるようにしたいと思います!