木村草太の力戦憲法

生命と宇宙と万物と憲法に関する問題を考えます。

処分審査の概念(まとめ)

2011-10-27 13:58:57 | 憲法学 憲法判断の方法
この数カ月、「処分審査」の概念について、
いろいろご質問をいただき、多くの方と議論をさせていただきました。
ちょっとまとめておきたいとおもいます。


1 二つの処分審査

まず、「処分審査」という言葉ですが、これは二つの使い方があるようです。

第一は、その処分を基礎づけている法令の一部分の合憲性を審査すること、
を指して使われる場合です。

例えば、公務員の政治活動を禁じた国公法102条のうち、
勤務時間外に地位を利用することなく行われた政治活動に適用される部分の審査
(猿払一審の審査ですね)を意味する場合。


第二は、その処分を基礎づける法令の法令審査を経て
その法令の違憲部分の除去(部分無効や合憲限定解釈)ないし
その法令の合憲性の確認を経たうえで、
その処分が、その法令の要件を充たしているか、の審査をいう場合。

例えば、公務員のストのあおり行為を禁じた法律を
これは悪質でないストに適用するのは違憲だから、
これは悪質なストに限定すべきとする合憲限定解釈を経た上で、
これが悪質なストといえるかどうか、を審査する場合ですね。


この二つは、同じ「処分」の「審査」といっても全然違います。
前者は、法令(の一部)の憲法適合性判断であり、
後者は、処分の要件を充たしているか否かの判断です。
後者は、法の適用であり、厳密な意味での憲法判断ではありません。


以下、
前者の(法令の)部分審査を<処分審査1>、
後者の(処分の)適法審査を<処分審査2>と呼びましょう。



2 よくある質問

さて、処分審査をめぐっては、しばしば次のような質問を頂きます。


Q1 (法令審査では立法事実を)処分審査では司法事実を参照するのですか?

Q2 処分審査では、目的手段審査はしてはいけないのですか?

この問題への回答は、そこでいう「処分審査」が
<処分審査1>をいうのか、<処分審査2>をいうのか、
でかわってきます。


3 <処分審査1>=法令の部分審査の場合

まず、法令の部分審査という意味での<処分審査1>です。

 Q1 立法事実と司法事実

ここで立法事実と司法事実の定義をしておきます。
この言葉も例によっていろいろと勝手な使われ方をしますが、
厳密な定義は次のようになります。

立法事実=法令の合憲性を基礎づけ支える事実

司法事実=裁判所が、要件事実の有無を判定するために認定した事実


法令の部分審査は、その処分の合憲性ではなく、
その処分が含まれる類型の法令の合憲性の審査をするものです。

なので、ここで参照されるのは立法事実です。

では、司法事実は?ということですが、
何が要件事実であるか、裁判所がどのような司法事実を認定すべきか?は、
法令の合憲性を審査し、その法令がどのような要件を規定しているか、を
画定しない限り、定まりません。

例えば、上のストライキの例でいうと、
悪質なストに限定する部分違憲又は合憲限定解釈が要求されるか、
そうでないか、によって、
法令上の犯罪成立要件がかわってきます。

もう少し抽象的に言うと、憲法判断は司法事実を認定するための前提であり、
憲法判断の段階で司法事実を参照することは、論理的に不可能である、
ということになるでしょう。

(もちろん、司法事実を、裁判所が認定した事実、と定義すれば、
 この距離規制は、薬品の品質維持に役立つとか、
 この法文から一般人は基準が読み取れないという、普通立法事実といわれる事実も
 司法事実に含まれることになるので、この段階で参照されます。
 しかし、それは司法事実と言う言葉を、法学者一般とは異なる
 過度に広範で無意味な定義を前提につかっているからです)


 Q2 目的手段審査

さて、それでは、法令の部分審査で目的手段審査をするか、
ということですが、これは、するということになるでしょう。

上の政治活動の例でいえば、
公務員の外観的中立性という保護法益を守るという目的のために
勤務時間外の地位を利用しない政治活動を罰することが、
目的の重要性や手段として目的との関連性・必要性を肯定できるか、
を審査することになります。

目的手段審査というのは、法令の憲法判断の手法であり、
憲法判断としての<処分審査1>に適用できるのは、
まあ当然ということになります。

(もちろん、法令の憲法判断の手法は、目的手段審査に限定されず、
 ここで比較考量審査をする、こともできます。
 ただ、これは処分審査では目的手段審査が<できない>という
 ことを意味しません)


4 <処分審査2>=処分の適法性審査

では、処分の適法性審査としての<処分審査2>では、どうなるでしょう?

 Q1 立法事実と司法事実

この審査は、憲法適合性判断が終わった法令の要件を
その処分が充たしているか、ということを判断します。

これは、要件該当性の判断なので、
司法事実を参照してやる必要があり、他方、
その法令の憲法判断は終わっているので、ここで立法事実を参照する必要はありません。

 Q2 目的手段審査

また、ここでは要件を充たしているかどうか、が審査されるのであり、
例えば、ストがあったか、あったのなら、そのストは悪質か、といった
ことが審査されます。
なので、目的手段審査や比較考量審査はしません。

(もちろん、法令の要件が、
 目的が正当で、手段として必要性があること、
 というようなものだった場合には、
 目的手段が審査されますが、これは
 憲法判断としての目的手段審査ではありません)


5 まとめ

このように、
<処分審査1>=法令の部分審査では、司法事実は参照せず、目的手段審査をします。
他方、
<処分審査2>=処分の適法審査では、司法事実を参照し、目的手段審査はしません。

このように、司法事実参照の有無、目的手段審査の適否と言う点で
両者は対照的なのですが、偶然にも同じ言葉をあてられ混同が生じたため
わけがわからない感じになっているわけですね。

以上が、処分審査の概念のまとめになります。


ではでは、次回は、「処分違憲」ってなに?という問題をまとめたいと思います。 

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30 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Jiro)
2011-10-27 14:58:20
非常にわかりやすいです。
ありがとうございます。

やっぱり憲法については(特に)、
概念の明晰化は必要であると思いました。
適切な意味づけをしないまま
テクニカル・タームを使われても
よくわからないことが多いので…。
そればかりか、いろいろな人の論文を読んでいると、
逆に混乱したりします。

次回の記事は処分違憲についてということで、
先走りになるかもしれませんが、
木村先生と同じように適用違憲不要論を
提唱されている他の先生の論文等を
教えていただけないでしょうか。

よろしくお願いいたします。
返信する
Unknown (snow)
2011-10-27 17:24:27
間違いなく先生のいう2つ目の処分審査を「適用違憲」というものと、相当大勢の受験生が思っているのではないでしょうか。私も然りです。今まで百人以上人の答案を目にしたと思いますが、例外なくそうだったように記憶しています。先日今年の新司合格者が採点する答案練習会に参加し、思い切って処分審査、部分違憲の流れで処理したら、やっぱり「これは適用違憲の書き方ではありません。整理してください」と多々辛辣なコメントをされてました〓
想定どおりでしたが、なかなか受験生レベルだけで人の答案がどうだとかいいながら憲法を語るのは難しいと思いました。

返信する
>Jiroさま (kimkimlr)
2011-10-27 21:21:28
確か、争点の野坂先生の原稿には、
適用違憲と部分無効っておなじやん
って指摘があったと思います。

あと、国籍法違憲判決の石川評釈(法学教室で
3回にわたってやったやつ)にも、
部分無効と適用違憲って違わないよね
って書いてあったと思いますよ。

そんなわけで、私の説明は、別に唐突に
独自説を述べているわけではなく、
一般的な理解を明確に述べているだけなのですよね。

というわけで、野坂先生や石川先生の原稿を
ご参照ください。
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>snowさま (kimkimlr)
2011-10-27 21:25:13
そうですか。
部分審査、部分違憲、構成要件非該当という流れは、
猿払一審とかでもやってる一般的な流れなので、
その時は、たまたま採点者の方の気分にあわなかったか、
snowさんの答案が、あまりにも明晰すぎたのでしょう

まあ、<処分審査2>を処分審査、適用審査と
いう人もいるので、
そういう人をあまり刺激しないように書くのも大事ですよね。
『急所』問題3の論証例では
いかにも通俗的適用違憲論ぽくみえる、
<処分審査1>の論証を試みているので、
ご参照ください

貴重な情報ありがとうございました。
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Unknown (snow)
2011-10-27 22:21:21
おそらく、先生に法令違憲は立法事実で、適用違憲は司法事実では?という質問や、なぜ処分審査の後に構成用件非該当性まで検討する必要があるのか、という質問があるのは、そういう理解からだと思います。ちなみに、答案練習会で解説した二人の弁護士の講師や、私のロースクールの弁護士ゼミの先生も法令違憲は立法事実、適用違憲は司法事実と言っていました。そういう理解でも間違い(?)でないなら合格するということのようです(?)。 私は急所を正確に理解して明晰に書けるようにならなければ本当に痛い目にあいそうなので‥なんとかきちんと書けるようになりたいです。
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>snowさま (kimkimlr)
2011-10-28 19:51:39
ご指摘いただいた弁護士の先生方の理解は
適用審査、処分審査を<処分審査2>を意味していると理解すれば、
別におかしいことではないのですよ。

<処分審査1>の流れは、猿払一審や第三者所有物事件なんかでもやっている流れで、
そういう判例の記述を意識しながらやると、
伝わりやすいでしょう。

<処分審査1>のコツは、
「こうした処分は合憲か」と問いを立て
「この処分の類型は違憲である。
 よって、この処分を基礎づける法令は
 一部違憲または限定解釈すべきだ」
とまとめるのがよいのでしょうね。

合格者の話をきいていると、
こういうふうな書き方でも
ぜんぜんマイナスにならないようです

それはそうと、答案練習会の弁護士の方にも
『急所』おすすめしてください
返信する
Unknown (snow)
2011-10-28 23:18:51
ご存知かもしれませんが、予備校の講座で「急所」を解説講義する講座らしきものがあるとの噂を耳にしました(笑)詳しい中身はしりませんが。

木村先生も近くかつての前田雅英先生みたいに受験生の星になるのではないでしょうか。

今年発売なので、来年合格者の中で「急所」とblogみて合格しました、とか合格体験記で紹介されれば、さらにばか売れするかもしれませんね。紹介できるように頑張ります。
返信する
>snowさま (kimkimlr)
2011-10-29 21:25:47
こんにちは。おしえてくださりありがとうございます。

「急所」の解説講座の件は、後輩の研究者の方から伺いまして、
存じ上げております。
予備校の方も一言、ご連絡いただければよいのに。

そうですね。合格者の言葉は重いです。
『急所』が、司法試験対策に使えると行ってくださるのは嬉しいのですが、
最新の学説もいろいろ紹介しております。
試験の後にも思いだして頂けるとうれしいです
返信する
Unknown (Jiro)
2011-10-30 11:58:17
ご紹介いただいた論稿拝見いたしました。

個人的な感想ですが、
野坂先生のご見解は宍戸先生と近いのかなと思いました。
法命題の違憲の抽象化がまったくできない極端な場合は、適用違憲とし、
法命題の違憲の抽象化がある程度できる場合は、一部違憲とするお考えなのかと。
宍戸先生のご著書にもこのような趣旨のことが書かれていたので。

そうだとすると、適用違憲の概念を否定しない見解をとったとしても、
適用違憲の処理をする事例は実際上そう多くないのかなと思いました。

そこで質問なのですが、
すごく限定的とはいえ、適用違憲の概念を
完全には否定しない方の真意はどこにあるのでしょうか。
このような質問を木村先生にするのはおかしい気もしますが、
よろしくお願いいたします。
(前提とする私の見解解釈に誤りがあればご指摘お願いいたします。)
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>Jiroさま (kimkimlr)
2011-10-30 18:28:16
うーん、多分、抽象化しにくい事案もあるかもしれない
という考慮から、
理論的可能性は残している、ということなのでしょうね。

今度会ったら聞いてみます。


このあたりの私の見解は、続編
「根拠法合憲、適用違憲、論(まとめ)」で
書きますので、しばしお待ちください。
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