たけるんさま、からご質問をいただきました。
みなさんにも参考になるかと思い、記事にさせていただきます。
地方受験生様もどうもありがとうございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アナウンサー「新春恒例、お好み指導対局の時間です。
本日の対局は、第十八世名人の資格をお持ちで、
名著『矢倉の急所』の著者としても有名な森内俊之名人
と同郷であることが自慢のキムラ八段と、
サラダを前に憲法の先生を追い詰めるのが趣味の
たけるんさんの一局です。
解説は、永世解説名人・永世解説竜王・永世解説王位
名誉解説王座・永世説王・永世解説王将・永世説聖の
永世七冠のこの方です。」
ツツミ「どうも。こんにちは。
ええと、私はですねえ、今回の対局の見どころはですねえ、
キムラ先生得意の一回定義を決めたら動かさない定義直下流の
手筋がどう決まるか、というところですね。
はい。定義直下流というのはですねえ、
キムラ八段の師匠の高橋永世名人の直伝の差し回しでありまして、
原理原則の定義を決めて、そこから演繹されることなら
どんな非常識なことでもつっぱし・・・。
あ、そうだ。自己紹介を忘れてました。ツツミです。」
アナ「…。はい。ツツミ九段、よろしくお願いします。
今回の対局は、先の名人戦第五局のキムラ八段の解説にですね、
ネット中継をごらんになっていた
たけるんさんが、ツッコミを入れてきたので、
対局になった、と、そういう状況ですね。」
ツ「ええ。はい。早速、対局室の様子を見てみましょう。」
たけるん(以下、た)1▲先生は、
①違憲審査基準の機能は「厳格に審査すべき権利の制約がある事案のときに、
クリアしなければならない要素を明確にする」ことにあるから、
厳格に審査すべき理由を論じるべきである。
その場合、②「『原告の』特有の事情を踏まえた『主張』を書かなきゃいけない」。
とお考えであるということでしょうか。
キムラ(以下、キ)2△そう書いてありますね。
た3▲そうすると異論があります。
①平成19年出題趣旨は、違憲審査基準の機能に関して
「本問で前提となっているのは、
教団の「危険性」への懸念にも一定の理由があるが、
その有無・程度等には不確実な面もあるといった状況である。
この文脈で、審査基準論が意味を持つ」としています。
キ4△そう書いてありますね。
アナ「はい。二手目まで進みました。
これはキムラ先生が受けにまわっているようですが。」
ツ「はい。キムラ先生は、受けに回る展開も苦にしない
森内俊之名人のファンだそうですが、
私生活上の将棋では、我慢が聞かなくて
じぶんからダーっと攻めて、いい将棋もダメにするタイプだそうです。」
アナ「はあ。」
ツ「また、小学校時代、将棋道場では、
桂馬や香車でせこい罠をしかけて、相手玉のとん死を狙うタイプで
『とん死の木村君』と呼ばれていたそうです。
どっちにしろ、じっくり受ける人間ではおよそありませんが、
今回は、まず普通に受けましたね。
ただ、ここまでは、たけるんさんは、ただ引用してるだけですから、
攻める守るという状況ではないですね。」
た5▲この部分を素直に読むと、違憲審査基準の機能とは、
抽象的な危険しかなくとも規制してよいかという部分にある、
とも読めます。
キ6△はい。違憲審査基準論を使わない場合、
規制の理由もたいしたことない(抽象的だ)けど
規制される行為もたいしたことないよね、と言う理由で
合憲判断が出されがちになります。
そうすると抽象的にすぎない危険で権利を制約することが
許される場面は増えるでしょう。
アナ「お、攻防が始まりました。
これは、どういうことでしょう?」
ツ「これはですね、違憲審査基準というものの定義をしているわけです。
キムラ八段の言っていることはですね、
例えば、表現行為を例にしますとですね、
野党議員の政府批判言論とか、
産業廃棄物にかかわる利権構造の告発とか、
それ、規制しちゃダメだろっていう理由が
はっきりと分かるものも多いわけです。」
アナ「はい。」
ツ「しかしですね、
芸能人のプライバシー記事とか、
自称憲法学者がやっているくだらないブログ記事とかですね、
夜間の住宅街での演説とか、
世の中には、それ保護する必要あんの?みたいな
表現もたくさんあるわけですよ。」
アナ「たくさんありますね。」
ツ「しかしですね、この表現行為は大事で、
この表現行為は大事じゃあない、とかって言って、
大事であることが明らかな表現だけを保護すると、
これ、どうなります?」
アナ「なんか、窮屈になりますね。」
ツ「そうです。窮屈です。そして、危険です。
いいですか、大切な情報とそうでない情報の区別なんて
簡単では、ありません。
お前これ、ただのポルノだろ、っていう作品が、
実は人間性を深いところまで掘り下げていた重要な文学作品だ
と評価されるとか(バタイユ『眼球譚』参照)、
街角のストリートビューなんか、政治に役立つの?
っていう写真が、町づくり政策に重要な疑問をなげかけたりとか、
そういうことはいくらでもあります。」
アナ「はあ。そうすると、表現行為の規制には、
具体的な危険とは別に、
〈一件すると大事とは思われないが、本当は大事な〉情報が流通しなくなる
という類型的危険があるというわけですね。」
ツ「はい。まさにその通りです。そうすると、
事案毎の単純な比較考量(アドホックバランシング)ではなくて、
『表現行為の規制』一般について、
大事な目的のために必要な規制じゃないと認めないわよ、
と、こういう基準を使うことが大事なわけです。」
アナ「はあ。なるほど。」
ツ「さて、そうすると、たけるんさんが3手目で指摘した
平成19年の出題趣旨はですね、
そういうアドホックバランシングをすると、こういう展開になります。
他の財産権(だったよね)の行使はともかく、
今回の財産権の行使は、たいして大事じゃないよね。
だから、抽象的危険でも、今回の規制OKです。
他方、違憲審査基準論からいくと、こうなります。
原告は財産権を侵害されている。
(今回の財産権の行使は、一見大したものでないとしても)
財産権の規制には、これこれこういう危険があるから、
ちゃんとした目的と必要性がないとだめだ。
しかし、今回の規制は、抽象的な危険の除去を目的とするにすぎない。
このように、違いが明確になります。
キムラ八段は、こういう手を指したわけですね。
あの手を日本語に翻訳すると、
たけるん君、奥平先生の『なぜ表現の自由か』をちゃんと読んでよ、ということです。」
つづく。
フフフ、
名誉解説NHK杯は、まだ私だけのものです。」
(木村一基八段)
※憲法と関係のないコメント申し訳ございません。
「現解説名人の木村八段からコメントをいただけるなんて、幸せです。」
(ツツミ先生)
違憲審査基準論を使わない場合、規制の理由もたいしたことない(抽象的だ)けど規制される行為もたいしたことないよね、と言う理由で合憲判断が出されがちになります。そうすると抽象的にすぎない危険で権利を制約することが許される場面は増えるでしょう。
そうすると、事案毎の単純な比較考量(アドホックバランシング)ではなくて、『表現行為の規制』一般について、大事な目的のために必要な規制じゃないと認めないわよ、と、こういう基準を使うことが大事なわけです。
そういうアドホックバランシングをすると、こういう展開になります。他の財産権(だったよね)の行使はともかく、今回の財産権の行使は、たいして大事じゃないよね。だから、抽象的危険でも、今回の規制OKです。
ってあるのですが、肝心の、アドホックバランシングをしたらなぜ抽象的危険でも規制okなのか、イマイチわからなかったです。むしろ事案毎に危険性の有無や程度を吟味しつつ、バランシングしたほうが抽象的危険を理由にして規制するのを防ぐことができるのでは??ただ、行き当たりばったりの結論になるかもしれませんけど。
ひょっとしたら私が想像している比較考量と、先生がいわれるアドホックバランシングって全然違うことを言っているのかもしれません。。
少し思いついたのですが、そもそも事案毎に具体的な危険を吟味してバランシングするということ自体が、「決めつけ」になってよくない、ということなのでしょうか?
でも、違憲審査基準を使った場合でも処分審査するときは、同じようなバランシングをしますよね??
ただそれに必要性や関連性の審査がプラスアルファ必要になるっていう意味では、違憲審査基準のほうがアドホックバランシングよりも審査する内容は多いとは思うのですが…
ごめんなさい。やっぱりよくわからなくなってしまいました(涙)
違憲審査基準を使うと、類型的危険を考慮して、権利の重要性を底上げできるから、比較衡量よりも違憲としやすいということなのでしょうか?
それとも、違憲審査基準を使うと、目的審査をしなければならないので、比較衡量よりも違憲としやすいということなのでしょうか?
・・・もしくは両方違いますか?
アドホックバランシング(以下、AB)を「ちゃんと」やれば、
違憲審査基準を適用した場合と結論は異なりません。
ただ、ABでやる場合、
個人の権利は過小評価されやすく、
公益は過剰評価されやすい、という経験則があり、
検討すべき要素を明示する基準を立てないと、
不当な規制が生じる可能性が高い、ということです。
これに対し、裁判所は、
「いや、我々は審査基準なしの利益衡量論でも
『ちゃんと』判断できる」と反論したりしますが、
その反論に、はいそうですか、
と言っているようでは、権力への懐疑を職能とする
憲法学者はつとまらない、ということかと思います。
そういわれればそうですよね。
なんかカッコイイです!!
ときめきました!!よく分かりました!!
でも、1番分からないのは、たけるんさんの文章なんですよね・・・
難しい・・・
先生、よく分かりますね。さすがです。
私も人の文章がスッと頭に入ってくるようになりたいです。
思いやりの気持ちが大切なんでしょうか。
以前に松井茂○先生から、裁判所に対する不信から出発している(言い方はちょっと違いますが)というようなことをいわれて、そんなこと知らなかったと答えたら、そんなことも理解してないのか、と呆れられたか怒られた覚えがあります。
ありがとうございました!
権力を監視するのは、
憲法学者のみならず、憲法学の専門知識を備える
全法曹、全法学部・LS卒業者の社会的使命なので、
頑張ってください。