春夏秋冬

日々流されないために。

「あさかぜ」今日で最後とのニュース

2005年02月28日 22時31分08秒 | ふるさと・徳島
東京-九州間の夜行寝台列車、「あさかぜ」が今日で最後とか。あさかぜは仕事でよく利用した。風格のあるよい車両だった。ニュースによると、最近の乗車率は3割とか。やはりこれでは採算が取れないだろう。
 
夜行寝台は郷里が四国であった関係で、いろんな思い出がある。
 
もう、うん十年も前のはなしで恐縮だが、郷里の四国に帰るときは、よく寝台列車「瀬戸号」を利用した。この列車は岡山で山陽本線を離れて宇野まで行き、ここで、宇高連絡船に列車ごと乗船し、終着駅の高松に着く。昔は会社の休みが少なかった。帰郷できるのは、盆か正月。しかも、休みの日数が少ない。正月休みは、暮れの31日から1月の3日まで。皆さんがそうだから、その混雑ぶりは想像を絶する。寝台は勿論、指定席も取れない。自由席で帰った。
 
自由席の向かい合わせのボックス席など座れるはずがない。通路に立つわけだが、一旦そこの場所を確保すると、もうそこを離れることはできない。満員電車と同じ状態。人人人でトイレにも行けない。その状態で一晩揺られながら夜を明かすことになる。途中で降りる人は、通路を通れないから窓から降りるということになる。
 
大阪まで来ると、たくさん下車する。大阪までの辛抱だったように思う。そのときは全く考えたこともなかったが、今考えると、女の人は大変だったろうと想像する。
 
上京するときも状況は同じことで、とにかく、東京から四国の徳島に帰るのは大変なことであった。独身時代は、やはり郷里恋しく、無理しても毎回帰ったように思う。
 
宇高連絡船も今はない。明石海峡大橋が出来ている。東京からだと、今は飛行機であっという間に徳島空港につく。あまりにも便利になりすぎて、交通機関のありがたみが薄れてきたような気もする。

 

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