春夏秋冬

日々流されないために。

流山市民劇場・合唱練習-その4

2006年01月28日 21時53分28秒 | 合唱

今日の練習は、南流山の公民館。先生は、演出家の大島尚志様と合唱指揮者の山館冬樹様のお二人がお見えになった。
 
今日も、以前からの曲を練習して下さった。
  
先週は、ちょうど練習日が大雪で、小生は練習は休んだが、今日行って先週の出席リストを見ると皆さん随分出席していた。あんな大雪で、皆さん熱心!!
 
ところで、今日の練習で感じたことは、何か急に皆さん、よく声が出て、すばらしい合唱になって来つつあると言うこと。今までの、ぽつりぽつりという感じが、今日行ってみて驚いた。これは家内も同感のようで、急に皆さんうまくなってきた。
 
なぜこんなに急にうまくなってきたのだろうか。
 
一つ言えることは、前々回にやって下さった、熊坂良雄先生の呼吸法のはなし、これが、実によかったのではないか。皆さん自信を持って声を出して下さい!とのおことばが効いたように思う。音取りのレベルが終わって、そろそろ、暗譜の段階になって歌に自信が出てきた時期でもあるし、なかなかよい方向に向かっていると思う。
 
それと、今日、「家路」という曲を練習したが、これはpやppばかりで、fはたったの1カ所。静かな曲ということ。静かな曲では、暖房用のエアコンの音も気になると言うことで、山館先生から、エアコンを切ってほしいと言われ、静寂の中で練習した。この、静かな曲がなかなかすばらしい。そうっと歌うと言うことだが、実によかった。合唱は何もでかい声を張り上げなくともすばらしい雰囲気が作れることが分かった。むしろそうっと歌う方がハーモニーがきれいに感じた。
 
山館先生から、そろそろ暗譜を!!との、お言葉があった。
すこしずつ覚えていかないといけない!!

 


ASAHIネットのへちま亭文章塾に応募 2回目

2006年01月25日 15時08分58秒 | 文章塾
ASAHIネットの「へちま亭文章塾」に応募した。2回目。
 
第4回応募でお題は何と「小説」。小生のタイトルは「彰義隊の墓のはなし」で応募。
 
  
ご興味のある方は、下記をどうぞ。
http://bunshoujuku.asablo.jp/blog/2006/01/10/205906
これが小生の文章。
 
800字は短い。少し詰め込みすぎた嫌いがあるが…。


以前会社勤めていたとき、職場のグループで茨城県の御前山村にバーベキュー・ミニキャンプをした。このとき、小生だけ抜けだし、近所を散歩した。この辺りは本当の山村で、静かなところ。そして、散歩の途中で、寿命寺というお寺で彰義隊の墓を見つけた。この墓のことをヒントに書いたもの。いつ頃だったのか、一寸手帳で調べてみると、昭和60年だから、今から20年ほど前。
 
まだ、彰義隊の墓はあるのかな。もう一度行ってみたいと思っているが…。



コニカミノルタ、カメラとフィルムから撤退・デジ一眼はソニーへ

2006年01月20日 18時42分58秒 | Weblog
と言う記事が19日の日経ニュースであった。
 
カメラはデジタル・銀塩とも3月末で事業を打ち切り、デジ一眼は、ソニーに移管するようだ。「αマウントシステム」は無くなりはしなくなったが、ソニーブランドとなる。また、コニカから引き継がれていたフィルムも止めてしまう由。
 
カメラのコニカミノルタの時代は2年半で終焉となった。ミノルタ製品のα-Sweet一眼レフ(フィルム)を持っているが、持つ喜びを与えるカメラでもないし、余り使ったことがない。しかし、この頃どこに行ってもデジ一眼ばかりで、フィルム一眼レフを使っている人が少なくなってきているので、今度久しぶりに使ってみるかな。

ニコン、フィルムカメラ事業を縮小とのニュース

2006年01月16日 13時18分04秒 | Weblog
下記の日経ネットによると、
 
ニコンは11日、フィルムカメラ事業を縮小すると発表。生産を続けるのは、フラッグシップ機「F6」と入門機「FM10」の2機種。同社の2005年3月期の出荷台数は、デジタル一眼レフが105万台、コンパクトデジカメが556万台だった。これに対し、銀塩一眼レフは24万台、銀塩コンパクトは5万台と少ない。2006年3月期には、銀塩一眼レフは14万台に落ち込み、デジタル一眼レフは160万台に膨らむ見通し。
 
現実には売れていないので、事業会社としては当然の選択である。今回、こういう発表をしたと言うことは、現行製品のF80を止めるために発表したものと思う。F80は海外生産製品で在庫は相当あるものと想像される。
 
F80は小生が持っているニコン製品のなかで、唯一の現行製品だったが、残念!
 
現実にスナップを撮るためだけなら、コンパクトデジカメで十分。また携帯電話のカメラでも撮れるようになってきている。 フィルムカメラはライカのような趣味製品の方向しか生き残れないということか。今、手元にニコンFEがあるが、こういう昔のマニュアルフォーカスカメラの方が持つ喜びがわいてくる。
 
日経ネット
http://it.nikkei.co.jp/pc/news/index.aspx?i=20060111da008da

250GBの外付けハードディスクを買った

2006年01月11日 13時13分25秒 | Weblog
近くのKsデンキで、正月の大特売をやっていた。ぶらぶら見ていたら、型落ちした外付けハードディスクが1万円強で出ていた。我がパソコンのバックアップ用によいかなと、買ってきた。
 
I-O DATAの250GBの容量のもの。我がパソコンのディスク容量は60GBだから、4倍の容量がある。データーだけを入れるのだから、有り余る容量。
 
パソコンデータのバックアップには、MOがよいらしいが、ハードディスクの方が使い勝手がよい。ディスクは故障すると言うことがあるが、本体の方とバックアップの方と両方とも同時に故障するという確率は低いだろう。
 
これで、一寸安心かな。
 

焼酎か清酒か

2006年01月10日 21時17分26秒 | Weblog
清酒か焼酎かという戦いは、既に決着が付いている。
国税庁・酒類消費量統計によると、2003年度の消費量は清酒82万6467キロ・リットル、焼酎92万1490キロ・リットルで、統計上は焼酎が上回っている。(YOMIURI ONLINE 06/01/10)
 
 
飲み会などでは、初めのビールでの乾杯が終わると、すぐ焼酎が出てくる。お湯割りにしますか。ウーロン割りにしますか、と訊いてくる。日本酒は、特別に頼む人でないと出て来ない。そして、出てくるのは小さな小瓶の冷酒。小生は昔から、日本酒は熱燗で飲み慣れているから、そい言う冷酒を持ってきて頂いても、飲み方が分からない。ある時、熱燗でというと、係の人が変な顔をした。そして持ってきたのが、まずい酒で、飲めない酒。もう少しましな酒を熱燗で出して欲しいもの。
  
おでんをつつきながら、熱燗で、ちびりちびりとやるスタイル。昔の屋台のスタイルだが、そういうのが小生には合っている。はなしが長くなると徳利が前にずらりと並ぶ。最近は、宴会などでそういう雰囲気がなくなってしまい、アルコールを喉に流し込むという荒っぽい飲み方になってしまっている。
  
酒の飲み方も世相が反映し、せかせかした飲み方になっているように思う。しかし、お酒とは本来そういうのではなく、じっくり時間を掛けて味わうものだと思う。清酒が伸び悩みと言うが、本来の日本酒の良さを引き出すような飲み方をもっとPRすべきであると思う。
 
 
寒い冬には、熱燗が特に似合う。

今年の正月はとにかく寒い

2006年01月06日 20時30分53秒 | Weblog
元旦は息子家族が帰ってきて、雑煮のお正月を祝った。娘家族は旦那の勤務の関係で暮れの30日に柏に来た。子どもたちも、それぞれ家族を持って、社会の一員となり、今、子育ての真っ最中なので、おじいちゃん・おばあちゃんはどうしても脇役。に徹しないといけない。
  
ところで、このところの寒さは尋常ではない。わが家は、木造で安普請と来ているから、外の寒さが直に効いてくる。最近、体調不振でもあるし、余計、身体にこたえる。
  
青森の津軽出身のある人が言っていた。冬は寒くないと、いけない。寒い冬をじっと耐えるのだ。じっと耐える厳しさが厳しいほど、暖かくなる春の到来を喜ぶ気持ちが大きいのだ。いつも暖かいところに生活している人には、この喜びを、味わうことが出来ない。春の到来を心の奥底から胸躍る気持ちで迎える、そういう気持ちを津軽の人間は持っている。が、暖かいところで過ごしている人にはそれが分からない。と、そういうことを言っていた。
  
常夏のハワイで獲れる魚は、美味しくないという。日本近海の寒さの厳しい所で獲れる魚は美味しい。身が締まっている。人間も同じだ。
 
はなしが変な方に来てしまったが、とにかく、今年の寒さは半端じゃない寒さ。しかし、待てよ。わが家の庭の霜柱は、引っ越してきた当時に比べれば、さほどでもない。今から30年ほど前の方がもっと寒かったかな。当時は朝6時に家を出て、自転車で駅まで、通勤していた。駅に着くと、耳が真っ赤になっていた。寒いとは思ったが、思っただけ。ところが、このところの寒さは、体調に直接リンクするようになった。
 
そういえば、最近、アルコールの量が少ない。これがいけないのかな。

ASAHIネット・草野さんが辞任のご挨拶

2006年01月02日 10時53分08秒 | Weblog
新年になった直後の社長ブログ「番台」(2006年01月01日 00時00分01秒付)で、社長辞任のご挨拶が出ておりました。
 
「今日付けで社長を辞し、普通の社員に戻ります。昨年はアサブロのサービスにおきましては多くの皆様にお叱りを 頂いておりますが、本年はより充実させるべく力を入れて参ります。今後ともよろしくお願いいたします。by 草野」
 
いやー、びっくり致しました。
4月1日でもないし、本当なのかな。
 
草野さんより3分おくれで書いている今年初日のへちま亭主の文に、「肩の力を抜けば良いのである。十の力を八分に落し、さらにもう一分落として七分にすれば、三分は空気が満たしてくれる。まあ、この位のところで欲張らずあきらめず、できれば怠けずに行く」
 
草野さんの辞任が本当なら、草野さん、アサブロでは、いろいろおしかりの言葉が多く聞かれましたが、肩の力を抜き、こういう七分の心境で、あきらめずによろしくお願い致します。そして、今年も人気プロバイダー1位をめざして下さい。
 
草野さんの好みの喫茶店、これから、別の形で増えてきますよ。こういうところで、三分の空気を満たすのも宜しいかも。
 
 
【追記】(2006年1月4日)
 
ASAHIネット・番台なるブログが消える
 
元社長の草野様が書いていたブログだったが、社長が山本公哉という方になり、番台が消えてしまった。このブログ、アサブロの番台としてよりも、社長であった草野様の社長としてのパーソナリティ・ブログを期待していたが、アサブロの技術面でいろいろと問題が発生し、そちらの対応に記事の内容が傾注してしまったのは残念だった。
 
今度の社長による社長ブログは出るのだろうか。
 
 
【追記 その2】(2006年1月5日)
 
ブログ「番台」は継続されていた
 
番台をMAILPIAに登録していたら、更新通知が来た。まだ、続けられていたのだ。ただし、ASAHIネットのホームページからはなくなっている。
 
「アサブロ開発者の日誌」となっていた。
urlは下記。
http://tkusano.asablo.jp/blog/ 
このブログは気楽に書けると思うので、思いを情報発信して下さい。
 





第9、丁度12時にぴったり終わる

2006年01月01日 10時46分48秒 | Weblog
今は2006年1月1日。新しい年で今年は健康に努めなければならない。
 
さて、話題は昨夜の話。
 
12月31日夜、テレビ東京でベートーベンの「交響曲第九番」の最終楽章を演奏。2006年になった瞬間に、曲の終わりを一致させるという生番組があった。指揮者は小林研一郎、オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団、合唱は武蔵野合唱団。
 
はらはらしてみていたら、正にぴったりに終わった。画面の横にアナログの時計が出てきて、秒針がくるくる回る。2分ぐらい前になって、あれ、演奏が一寸遅いかなと思っていたら、あれよあれよと言う間に最後となり、針がくるくる回る時計の秒針が、2006年になった瞬間、じゃんと終了した。すごい! よくこんなに正確に演奏できるものだ。びっくりした。
 
 
もうひとつ、NHK総合でN響の第9を19時からやっていた。何気なしに、それを見始めたら、まあ、すばらしい第9だった。紅白をそっちのけで、最後まで見てしまった。第9って、こんなにすばらしい曲だったかと思った。指揮はウラジーミル・アシュケナージ。合唱は、二期会合唱団。
 
今、郷里の徳島・板東で日本初演の第9の映画を撮影している。楽しみ!