田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

「水羊羹にはミリー・ヴァ―ノンを」向田邦子

2023年09月02日 | 読書・映画日記

     

 向田邦子が亡くなって四十数年になる。彼女はラジオエッセイの「森繁の重役読本」のほか、「七人の孫」「だいこんの花」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などのテレビドラマの脚本を手がけた。ホームドラマの原型を形作った脚本家の一人である。悪人を描かない人であった。

 その彼女が人生の後半になって、テレビからエッセイや小説の世界に足を踏み入れた。辛口コラムで知られる山本夏彦は、彼女のエッセイを評して「向田邦子は突然あらわれてすでに名人である」と言った。もちろん彼女はテレビドラマでは既に確固たる地位を占めていた。

 彼女には「父の詫び状」や「無名仮名人名簿」などのエッセイ集がある。各話では幾つかのエピソードが語られ、見事に最後で落ちがつく。無類に面白い。脚本家らしく描写は視覚的で、なにげない日常の端切れから話が展開していく。それらのエピソードを拾っていけば一本のドラマが出来ると言った人がいた。

 彼女のエッセイを読んでいたら「水羊羹にはミリー・ヴァ―ノンの『スプリング・イズ・ヒア』が似合う」という一節があった。「冷たいような甘いような、けだるいような、なまぬくいような歌は、水羊羹にピッタリ」だと書く。「けだるい」という言葉に頭の中でひらめくものがあった。YOUTUBEで聴いたら、記憶にある、あの歌声だった。

 もうずいぶん昔の話である。まだ中学生だった或る日の黄昏どき。茶の間でぼんやりとしていたら、ラジオからけだるい女性ヴォーカルの歌が流れてきた。初めて聴く曲で、翳りのある大人の世界を感じさせた。仄暗い部屋で聴いた、その時の情景を思い出したのである。数十年ぶりに彼女の歌声に再会した。最後に水羊羹を食べたのがいつだったかは覚えていない。

 

  「Spring Is Here」ミリー・ヴァ―ノン

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