文筆家で写真家でもある藤原新也のエッセイを読んでいて昔の出来事を思い出し、はたと膝を打った。
彼が18歳の時というから、もう50年以上も前の話である。九州の門司から初めて上京し、東京駅に着いたのは夕暮れ時であった。神田の方に歩きだし食事をしようと、とあるラーメン屋に入った。そこでラーメンを注文し、いざ食べようとして目が点になるのである。少し長いが原文から引用する。
「その食品は異様な色をしていた。スープがたばこの投げ捨てられた水たまりのようなニコチン色をしていて、その中に淀んでいる麺が半透明でミミズみたいに太い。鼻を近づけると醤油の臭いが脳天を突いた。私はふと、主人が自分の注文を間違えたのではないかと思った」
そこで恐る恐る、これはラーメンかと尋ねるのである。そして主人に一喝される。
「にいちゃん、ラーメンも知らねえのか、からかうんじゃねえぞ」
仕方なく藤原青年は二、三口程度口にして割り箸を揃えて丼におき、じっと麺が冷えるのを見守るのである。白く不透明で、まろやかな舌触りの豚骨スープに馴染んだ彼が、初めて出会った醤油ラーメンであった。
これと同じような体験をしたことがある。社会人になって間もない頃、東京に出張した。道玄坂のホテルに宿をとり、食事をしようと夜の渋谷を歩いた。慣れない東京で店に入るのもはばかられ、駅近くのガード傍にあった屋台でラーメンを注文した。確か東京ではラーメンのことを中華そばと呼んでいたように思う。
そこで出て来たラーメンが、藤原青年の遭遇したラーメンと同じ情景であったのである。初めてみる色に躊躇しながら、東京の醤油ラーメンとはこんなものかと思い口にしたが、舌が全く受け付けなかった。
私も二、三口は啜っただろうか。これ以上は無理だと、お金を払って早々に退散した。屋台の親父は何と思っただろう。学生時代に食べていた京都の醤油ラーメンは美味しかったし、その後に上京した折りの中華そばは抵抗もなくのどを通ったので、あの屋台は別物だったのだろうかと不思議に思っていたのである。
似たような話が久留米の豚骨ラーメンにもある。ずっと以前に市の観光課職員から聞いた話である。これも数十年前になるが、ある時、東京から来た観光モニターの女性を名物のラーメン屋台に案内したそうである。しかし彼女は屋台の前で立ち止まったまま、漂う豚骨の臭いに辟易して、決して暖簾をくぐろうとはしなかった。
JR久留米駅前にある、とんこつ発祥地のモニュメント
皆様それぞれラーメンには好みの味があるようです。
私も在職中は全国を出張しましたので、手軽な御当地ラーメンをいただきました。
私も若い頃に食べた東京の黒いラーメンは美味しいと思いませんでした。真っ黒なスープが食欲を減退させるのです。札幌ラーメンと福島のラーメンは美味しかったです。
九州さまには言いづらいのですが、博多で食べたトンコツラーメンは京都で食べるトンコツ味より臭いが強く私には少し違和感がありました。
年齢的なものもあるのでしょうが、あっさり醤油の煮干し系が一番好みです。ですが、ご存じのように京都は結構こってり系が多く、この何年も食べていないです。
京都の醤油ラーメンは美味しかったですね。今はどうでしょうか。
銀閣寺道の屋台によく通いました。
豚骨ラーメンは昔は臭いが強く、女性からは敬遠されていました。
今はマイルドな味になり、万人向けになりました。昔の豚骨が懐かしいです。
博多ラーメンと久留米ラーメンは、麺の太さなど微妙に違います。