もう何年になるだろう。
50年以上前に同じ大学に入り、縁あってワンダーフォーゲル部に所属し
あちこちを歩き回った山仲間との同期会が続いている。
今年は車三台に分乗して竹野海岸。
一応の予定コースは設定されていたけれど、途中、適当に寄り道を繰り返した。
今回は卒業から50年、歩くことがままならなくなった人や
軽いハイキング程度でも少し難行になってしまうお歳。
それでも幹事はやはり山に拘った訪問地を選び
初日に植村直己冒険館、二日目に加藤文太郎図書館が入った。
初日は深夜バスで大阪入りした一人を奈良からの車が出迎え
仙台から空路入りの一人を伊丹空港で宝塚からの車で出迎え
龍野・明石の二人は淡路からの車に舞子駅で拾って貰い舞鶴・若狭道の西紀SAで三台が合流した。
春日から北近畿道を和田山経由で走り、最初はマッキンリーで消息を絶った日高町出身の冒険家・植村直己冒険館。
宿に着くにはちと早すぎる…と、円山川沿いに北上する途中でコウノトリの郷公園と玄武洞に立ち寄った。
宿は休暇村・竹野海岸。
天気も良いので海岸沿いに走って…という約束が、何故か城崎温泉からの山越えルート。
夕食までの時間は列車で到着予定の二人を待つ間寛いでいた。
夕食はいつもながらの騒々しい面々、近所迷惑を恐れて部屋の一番奥にして貰ったけれど、余り効果はなかった。
部屋に戻って相変わらずの喧噪は収まるところなく、日付はとっくに変わっていた3時半にやっとお開き。
二日目の予定は餘部鉄橋と浜坂町出身の加藤文太郎図書館だったが
その後に応挙寺の別名を持つ大乗寺にも立ち寄った。
予定コースに入っていた湯村温泉の夢千代館に立ち寄り、吉永小百合像の前で最後の記念撮影の後に別れた。
宿で支払い精算をしていた時に、大阪北部を震源とする地震が起きたから
集めた金を持って窓際から離れた。
一人は列車で大阪方面に先に帰ったけれど足止め。
車分乗組は、何とか自宅に戻れた…筈だ。
▲ ハハコグサ
▲ チチコグサ
▲ ワルナスビ
以上は植村直己冒険館の敷地内。
▲ コウノトリの郷公園
▲ ホタルブクロ 玄武洞付近
▲ 8人しか写っていない。残る2人は竹野駅まで山陰本線列車で遅れてやってきた。
▲玄武洞 柱状節理の標本みたいな場所で昔ここが火山だったことを示す遺構。
予定外の訪問地だったが、大きな自然に触れた。▼
▲ 投宿した休暇村・竹野海岸のロビーからの眺め。
▲ 烏賊づくしの夕食を選んだ。飲み代含めて一人15500円也で大満足。▼
▲ 夕食前、唯一全員11名が揃った記念写真になった。
☆
▲ 二日目最初の訪問予定地は餘部鉄橋、到着までに三台共に道迷い…。
▲ 二日目の訪問予定地 加藤文太郎図書館
▲ ハナビシソウ 加藤文太郎図書館の駐車場
▲ イトラン(糸蘭 ユッカ・フィラメントーサ) 大乗寺の駐車場
▲ 夢千代館内、ドラマ撮影の昭和レトロのセットがそのまま残されている。
▲ 最後の訪問予定地は湯村温泉。夢千代館の駐車場に車を置かせて貰って、吉永小百合像まで歩いてそこで最後の記念写真。
▲ 湯村温泉・夢千代館前の駐車場 この後、三台は来年の再会を約してそれぞれの方向に分かれた。
(2018.06.17-18 豊岡・竹野・香住・浜坂)
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後からあとから思い出が沸き上がりこれでよいということはなくもっともっとって思うでしょうね
途中道に迷ったのですか・・・
玄武洞はすごいところですね
私も行ってみたくなりました。
城崎温泉もあこがれがあります♪
すてきなときを過ごされなんだか満ち足りた気分にまだまだ余韻を感じられていることと思います。
殆どは悪口雑言が飛び交います。
議論は果てしないので誰かが眠くなると止めるのですが
今回は一度飲み過ぎで寝たのと、隣で麻雀やっていたのが
夜中近くに加わった為に、またまたそこから幾つもの議論伯仲。
結局は3時半まで続きました。
世間話しでは無いのでかなり頭も使い、口も使い、飲み続けながら…です。
まぁ~いい歳をして…の類いですが、毎年繰り返しながら続いているのは
やはり大昔、苦労して山を歩いた記憶が何処かに残っているからなのでしょうね。
お仲間が集まって長い間同期会が続けられてお幸せですね。
皆様勢揃いでますますご活躍~~~かっこいいですね^^
楽しそうでとっても素敵です。
コウノトリはまだ見たことがありません。
確か…特別天然記念物ですよね。
昔「赤ちゃんを運んでくる鳥」と聞きました。
幸せを運んでくる鳥さんですね。大切にしたいですね。
ハナビシソウ…綺麗です。これも初めてのおは花です。
「植村直己冒険館」「加藤文太郎図書館」
「柱状節理」もそうですが まだ何一つ見たことがないんですよ・・・
行ってみたいな~と思いました。
懐かしさあふれる語らいは尽きませんね・・・
あっと言う間に3時半~~~時間ばかりが過ぎ行きますね。
これからも皆様お元気でずっとずっと
この同期会が続きますように・・・
大阪方面に・・・と聞いておりましたから地震を心配しておりましたが
ご無事でお帰りになられて本当に良かったです。
素敵なところを…素敵なお話を…ありがとうございました(^_-)-☆
14年前の円山川氾濫で大きな被害が出たときには
県の土木出張所勤務だったこともあり、かなりハードな働きをしたそうです。
食欲も無くなる程だったと聞いていたのですが明くる年の正月に
病院で精密検査の結果、膵臓がんと診断され
結局三ヶ月後に亡くなりました。
因果関係は無いにしても、もう少し発見が早ければと悔やまれます。
その弟が治水関連の仕事と共に、コウノトリ育成の仕事にも関わっていましたので
足を踏み入れるのはこの14年間封印しておりました。
仲間たちとの明るすぎる話題の中で、やっと話すことが出来ました。
山に拘った今回の計画ですが、13人居た同期も歩き回れるのは4人に減ってしまいました。
それでも飲んだり食べたり騒いだりはもちろんですが
議論が始まると止まりません。
あの紳士録に書かれている通りの言動が今年も展開されましたから
大人になっていない…と言うことでしょうか。
とにかく騒々しさは、半端ない~ですから、行く先々で近所迷惑を展開しながら、です。
止まるところを、自分たちの歳をそろそろ弁えないといけませんね。
悲しいことってどうにもなりませんね。
友人や周りの人々は色々声をかけてくださって
とても嬉しいかったのですが・・・
やっぱり自分で立ち直りませんとなりませんから・・・
こいもも13年が経ってやっとこさ・・・
亡くなってしまった人の分まで元気でいようと思えるようになりました。
林の子さんも大変な想いをなさったのですね。
コウノトリはとてもデリケートな鳥さんなのだとか・・・
弟さんはコウノトリ育成の仕事にも関わっていたのですから
きっとお優しい方でしたのでしょうね。
どうぞ弟さんの分までお元気に…
そして二人分の素敵な人生になりますように・・・
皆様にやっとお話ができて良かったですね。
私は雲南桜草が咲くと今も思い出します。
https://blog.goo.ne.jp/ken328_1946/e/3d054c4c75e818e680b2b92d8840b71d
今回の予定コースには入っていませんでしたが
時間があるのでコウノトリの郷に立ち寄りました。
円山川と聞くと、直ぐに反応してしまうのですが、
十数年経って整備された護岸などを見て、あぁこんな仕事を監督していたのだ…と
感慨深かったですね。
当時は絶滅寸前だったコウノトリも今では全国各地に飛び回って
その地で子孫を残しているようです。
長く生きた分、幾つもの遠い日が人にはあるのでしょうから
やはり日々を大事にしたいですね。