宗像出身の、昭和画壇の重鎮「中村研一」里帰り展が、「宗像ユリックス」で
始まった。 二回に分けて遺作が展示されるが、始めて見る作品があり感動
した。 大正9年に東京美校を卒「帝展特選」 後 帝展無鑑査になり、パリ
留学 「サロン・ ド- トンヌ」の会員になる。 これだけでも、当時 物凄い事だと
思うが、 帰国後 帝展特選を重ね、帝国美術院賞を受賞・・・・・etc・・・枚挙に
いとまがない大画家・・・
光がいい・・逆光・・・愚生など、ものを言う資格も無いし タダタダ 唸るしか
ない!
この展覧会を見て思い出す事がある。 悲しいかな!当時の作家・画家は
皆従軍記者・画家として徴用され戦地に行かされレポ(絵)をかかされた。
更に、有名画家達は100~200号位の超大作の日本軍勝利の絵を描か
された。 題材は兎も角として何れも超名作だが・・・
中村研一は、緒戦で日本中を歓喜させた、イギリス東洋艦隊の旗艦
「プリンス オブ ウェールズ」と巡洋艦「レパルス」を撃沈させた、その絵を
描いた。 今一点 コタバル 占領の絵もあるはずだが?見つからない。
中村研一だけではない、 当時の有名画家(洋画・日本画)達は皆描
かされた。
※ ナイーブな芸術家達は皆神国日本を信じ、(絵の具も貰えないし)
戦争画(戦意昂揚)を描いた。 私は、これも時代!仕方がなかった
ことだと、今も思っていて責めるつもりは全くない。
※ だが・・・悪いやつがいる!戦争が終わる(負ける)と、戦中はサナギ
の様に逃げ隠れて “ずる” をした奴(インテリー)がのその後のこのこ出
てきて、嘘をつく「私は戦争反対だった」とか・・・まあこれはいい、可愛い
部類で許せる。 が新聞・・・特に「朝毎新聞」はどうだ!散々戦争迎合・
あふっておいて、手のひら返したように(自分の事は棚に上げて)人の
あらさがしを始めた。 戦争画を描いた画家の総攻撃を始めたのもその
一つ。 中村研一もその被害者の一人だが、 特に顕著なのは
「藤田嗣治」さんざん叩かれて日本が嫌になり、戦後間もなく、アメリカ
経由でフランスに逃げ(彼は帰った)フランス国籍をとりフランス人になった。
藤田嗣治はフランスの誇り、彼は日本人ではないと言って死んだ。
藤田嗣治の戦争画。
私は言いたい! 新聞よ恥を知れ・・・国を潰すな、今もそうだが・・・。
もうやめとこ!!。
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