新勝庵

元サラリーマン、映画・読書・芸術好き。
おんとし 92歳 です。

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相撲甚句

2018-03-23 10:40:56 | 日記

私が相撲の事を ・・・・ そうなんです ・・・ 日頃相撲はそそんなに

と云うか、 むしろ 家内や娘たちのほうが よく見ていた 。

〇 私は 昭和 63年 に 63才で完全退社したが、 それから も暫くは

東京に行けば、顔をきかせて 初台の社員出張寮に泊まっていたが、

第にそれも行きづらくなり、 孫娘の計らいで 両国の国技館前の

「 P ホテル」を定宿にして久しい 。

〇 両国 ・・・ 思い起こせば 8 ~ 9 年前に遡るが、 本社の OB 会に

関連する事で上京、  P ホテル に泊まっていたが、 丁度 五月の

夏場所最中で, 両国駅 から国技館は 相撲で一杯!! 駅入

(エントランス ) では 相撲甚句の 「のど自慢」 をやっていたり、 相撲

グッズ 売り の屋台なんかで混雑 ・・・・・・ 

 朝起きて、 暫くすると 窓の真下に見える国技館の 櫓 の上で 太鼓

なっている ・・・・ 

 ある日 早めにホテルに帰ったので 国技館前の雑踏の中へ行って

みた。 丁度 幕内力士達の場所入りで、フアンで混雑、  ボーット見て

いた私に  知らない おじさんが ほら! あんた あれが  今売り出 し

栃ノ心 だぞ ! 行って 触ら してもらって!! と  けしかけられた、 

と、も う目の前に 付き人を 引き連れた 栃ノ心 がいる、私は 反射的

に 彼(栃ノ心)の腕に触った 瞬間 栃ノ心と目が合った が 彼は 少

 

                      

し笑った (怒らなかった) ・・・ ただ それだけの事だが、 あの見上

げる程の 大男に 私は大いに 好感を持った。

あれから ずーっと 相撲 と云えば 「栃ノ心」の成績を気にしてきた。

 三役まで登ったたり、数回の敢闘賞を貰ったり、 幕下に 落ちたり、いろ

いろあったが、

〇 長い たゆまぬ努力が、 前場所で花開いた!! 多くの人が予想

なっかた、 「優勝」 ・・・・・・・ 私は嬉しかった!! 一人で祝杯

た !!!!




 

 

 

「栃ノ心」 ジヨージア 出身 ・・・ 192 cm  177 K g

  もう一つ、 ジヨージア とは ソ連(ソビエット社会主義)時代の「グル

ジア共和国」で、首都は トビリシー で 黒海に面した 気候温暖 な 

いいところらしい!!!

○ これは また、 別の話になるが、 私の 親友 の N 君 が、 見習士官 で

満州で シベリア 抑留 彼は英語がうまかったので すぐに ロシア語を覚え、

ソ連軍との通訳をしていたが、 思想的に 社会主義にかぶれ、 共産党員として

 シベリアから はるばる 一ヶ月かけて グルジャまで行った らしい、彼は

復員して Y 製鉄に戻ってそれから ・・・ 彼は数奇な運命をたどる!が ・・・・・

(この話は置いて)  そんなこともあり、 私は グルジア ジョージア には 関心

があった。

  ・・・・     ともあれ 頑張れ 栃ノ心 大関が見えて来た 


 

 

相撲甚句

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