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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

素晴らしきラジオ体操

2014-10-29 21:16:28 | 読んだ本
橋秀実 2013年 草思社文庫版
ちょっと前に読んだ本。
最近けっこうハマってる感のある、橋秀実のノンフィクション。
この本のテーマは、ラジオ体操。
単行本は1998年発行らしいが、著者がテーマとして思いついたのは、その3年前というから、平成7年のことらしい。
みんなやってるラジオ体操、誰でも知ってるラジオ体操。
でも、毎朝やってる人に、「なぜラジオ体操するのか?」とインタビューしても、「ラジオ体操はするものだから」という答えしか返ってこない。
そのときに、
>しかし考えるに日本人の行動のほとんどはただやってる、つられてやってる、やるものだからやってるわけで、理由というのも説明用にこしらえるものです。ラジオ体操はそうした行動性を様式化したにすぎないような気がします。
という問題意識に気づくとこがえらい、そしてそういうこと考えるひとの書いたものは面白い。
最初の章で、都内あちこちのラジオ体操会場に行っては、ラジオ体操してるひとたちのいろんな話を聞く。
冷静に、先入観なしで、素直に話を聞く。で、熱意を込めて語るそれぞれの自説を、うんうんと聞くんだが、それ変でしょ、のめり込まないで一歩ひいて考えれば、って客観的な視点をもつのが、このひとの取材のいいところ。
>「ラジオ体操は面白いのですか」との問いには「面白いとか楽しいとかじゃない」(略)
>「では、なぜ毎日やるんですか」と問い詰めると、「ラジオ体操は毎日だからだ」(略)
>問いと答えが同じになるのがラジオ体操の妙で、これをある老人は「無の境地」と言う。
こういう人たちが集まってると、名言に事欠かない。
路上で体操する67歳のひとに危ないのでは、と指摘すると、
>「でも、毎日やらないと、早死にしてしまいます」
とかね。
昭和10年代当時の都内のラジオ体操会場の所在地を調べ上げて、明らかに下町に多く、山の手に少ないので、訪ねてみると、
>「金持ちはラジオ体操なんてしませんよ」
とかね。
過密スケジュールでバス旅行しながらも、朝のラジオ体操を欠かさない82歳の人が、
>「ラジオ体操しているから長生きなんて嘘ですよ。私ら長生きしちゃったからラジオ体操してるんですよ」
とぼやいたりとか。
で、そうこうしているうちに、真相というか核心というか、深いところに気づいていく。
ラジオ体操って、「自然に」つられてやってしまう、やるとなぜか「すっきり」してしまう、ひとりではなくて誰かと向き合って一緒にやることで共振してしまう、そういうもの。
なぜそうなっちゃうのか、歴史や成り立ちを調べてくうちに、見えてくるのが本書のつくりとして感激した。
ラジオ体操のはじまりは、アメリカの例にヒントを得て、簡易保険の宣伝として考えられたんだけど、やがてそれが見えなくなっていったことを指して、
>ラジオ体操の正体がつかみにくいのは、隠れた目的と表面上の目的が渾然一体となっているからなのである。
と明かしているのは卓見。
それから、ラジオ体操がなぜ自然にできてしまい、すっきりするのかということを、つくった人である遠山喜一郎氏にインタビューしにいった際に、そのメカニズムを解明している。
>(略)ラジオ体操はすべての動作にその“間”を入れてある。間とは無用の用だ。人間は空白の“間”で安心するんだよ
という遠山氏の思想というか理論、すごい。感心した。
第一章 ラジオ体操人
第二章 死なせない広告
第三章 満足なり、皆に宜しく
第四章 ふるえる魂
第五章 自由で平等な気分
第六章 愉快なファシズム
第七章 隠れラジオ体操
第八章 六時三〇分のおつとめ
コメント
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