goo blog サービス終了のお知らせ 

ジャン・アレチボルトの冒険

ジャンルを問わず、思いついたことを、書いてみます。

原監督、「無茶ぶり」は止めて下さい!

2009-03-17 16:22:38 | Weblog
WBC第2ラウンドのキューバ戦は、日本が 6 - 0 で快勝した。この試合では、序盤に、先にペースを掴むことの大事さを、見せつけられた。

象徴的だったのが二回の攻防である。

二回表、小笠原が四球を選んで、無死一塁。打者内川の場面。チャップマンのけん制に、逆を突かれて、小笠原がアウト。

さらに、内川も四球で、一死一塁。打者福留。ここでも、内川が飛び出して、挟まれてアウト。

二連続四球のふらふらチャップマンが、俄然元気になって、福留見逃し三振。

嫌なムードが流れた。

しかし、二回裏、松坂が見事に三者凡退に抑えたので、キューバへの流れを断ち切って、三回表の3点につなげることが出来た。

松坂大輔、さまさまであるが、一歩間違えば、チャップマンを本格的に立ち直らせて、キューバに主導権を取られるところだった。

そもそも、昨シーズンの盗塁数は、内川がたったの2個。小笠原に至ってはゼロである。

あの場面で、二人が自発的に走った筈はなく、盗塁にせよ、ランエンドヒットにせよ、間違いなくベンチの指示である。

確かに、小笠原も内川も、足が遅いわけではない。

しかし、盗塁は、リードの仕方、けん制の癖を見極める技術など、多くのことが要求される高度なプレーだ。決して簡単じゃない。

シーズン中での経験がほとんどない選手に、国際大会の超ビッグゲームで、走れのサインを出すのは、どう考えても「無茶ぶり」というものである。

事実、一回表、四球で出た青木は、見事に盗塁を決めている。青木の盗塁数は、31個である。

青木が成功して、小笠原と内川が失敗したのは、偶然ではない。

二回裏、無死一塁、走者小笠原、打者内川。あの場面は、解説の清原氏が言ったように、内川の右打ちに期待して、無死一二塁、あわよくば、無死一三塁を狙うのが、常識である。

何と言っても、内川の打率は3割7分8厘である。

願ってもないバッターだ。よしんば、内川が打てなくても、最悪ダブルプレーを喰らっても、それはやむを得ない。

ベンチは、選手の適性をよく生かした、高確率の戦法を取ったと言うべきだ。

二連続けん制アウトよりは、はるかに納得の出来るアウトである。

勝ってしまうと、手痛いミスがあっても、周りからはあまり問題にされないが、放置しておくと、次の試合の敗因になることがある。

第1ラウンド、コールド勝ちした韓国に、次の試合で、完封負けしたことが、野球の怖さを物語っている。

とくに、イチローの不振など、選手の好不調は時機を待つしかないが、ベンチの采配は、すぐに修正出来るはずである。

両先発投手が一歩も譲らない、もっとシビアな展開の中、「無茶ぶり」で主導権を手放すのだけは、勘弁して欲しい。

第2ラウンド突破まで、あと1勝。

頑張れ、ニッポン!


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キューバ戦、ポイントはカストロ?

2009-03-14 01:15:31 | Weblog
キューバのカストロ元議長が、WBC日韓第2戦について、8回裏の原采配を批判したそうだ。

あの場面で、中島に犠牲バントはないだろうと。

ごもっともだ。

それにしても、すごいな。自国チームを批判するのは分かるが、つまらない野球を見ると、外国のチームであっても口を出したくなるらしい。

おまけに、82歳という高齢で、確か、病気療養中だったはずだけど。

スカパーとかで、全試合、がっつり観てるんだろうな。

フィデル、筋金入りの野球好きだ(笑)。

こんな人物が、何十年間も権力の頂点にあったんだから、そりゃ強くなるわな、キューバは。

今度の日本対キューバ戦でも、試合中に監督に電話してきそうな勢いだ。

「君、そろそろ、ピッチャーを代えた方がいいぞ。チャップマンの球が、高めに浮き始めている。これでは、イチローに打たれてしまうじゃないか」

なんてね(笑)。

で、勝っても負けても、また感想論文を投稿してくるから、つまらない采配をすると、あの場面で、前進守備はないよな、とか書かれちゃうぞ。

そうなると、原監督もショックだろう。何たって、歴史的な大物だからね。

逆に、侍ジャパンの選手は素晴らしい、本当に野球を知ってる、とか褒め殺し作戦に出てくるかもしれない。

ちょっとした心理戦だ(笑)。

もう一度、キューバと当たる可能性もあるので、カストロの言葉に惑わされないよう、日本チームは気をつけましょう。

でも、野球ファンとしては、フィデルの的確かつ野球愛に溢れた解説は、是非読んでみたい。

キューバ政府のサイトに投稿してるらしいけど、いっそのこと、サンスポとかに送ってくれないかな。間違いなく、載せてくれると思うよ(笑)。

ところで、NHKの野球解説者大野豊氏が、キューバ戦のポイントを説明していた。

チャップマンの速球と強力打線に注意すべし。

当たり前だ(笑)。

カストロに聞いた方が、早いんじゃないかな。





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

問題は原監督の村田観だ

2009-03-12 03:55:10 | Weblog
WBC第1ラウンド最終戦では、日本が韓国に1-0で敗れ、二位通過となった。

敗因として、八回裏の攻撃における、原監督の采配を指摘するひとが少なくない。

イチローが久しぶりのヒットで塁に出た後、当たっている中島に、一死一塁なのに犠牲バントをさせた場面である。その後の青木が凡退したために、結局、無得点に終わった。

走者がイチロー、打者が中島。盗塁、ヒットエンドラン、なんでも仕掛けられた筈だ、という批判である。

確かに、何があっても犠牲バントと決めつけたサインの出し方は、消極的過ぎる采配だったと思う。

しかし、このような采配ミスは、十分に修正が可能である。第1ラウンドの韓国戦、原監督も緊張して、大事に走りすぎたのかも知れない。

むしろ、本当に、これはマズイと感じたのは、4回裏、一死三塁の場面での、村田のバッティングである。

1点を追いかける展開の中、村田がやるべきことは、どんな手を使っても、三塁にいる中島をホームに帰すことだ。

犠牲フライでなくとも、叩き付けてもいい、内野の間を転がしてもいい、セーフティバントを狙ってもいい。極論すれば、スクイズでもいい。

ところが、村田は、ひたすら外野フライを打とうとして、ボールの見極めもせずに、バットを振り回し、相手バッテリーの術中に嵌って、一塁へのファールフライに終わってしまった。

まったく、賢さのないバッティングである。

その原因は、村田という選手に対する、原監督の固定観念にある。

村田は、豪快にホームランを打てばいい。彼の仕事は、フルスイングで、長打を打つことだ。ミートバッティングや流し打ちなどは不必要。バントなどは論外。

そういう選手観だ。

実は、村田は、オーストラリアとの強化試合で、場面に応じた巧いバッティングを見せていた。これは、北京五輪での苦い経験を、彼なりに生かしたのだと思う。

しかし、その後、村田のバッティングは、何が何でもフルスイングというスタイルに戻ってしまった。どうやら、その試合の後、原監督から、もっと思い切って行け、と注意を受けたらしい。

首を傾げたくなる指導である。

これから対戦する相手は、世界最高レベルの投手たちだ。

セリーグのホームラン王といえども、ホームランはもちろん、外野フライも、そんなに簡単には打てない。

従って、村田が、得点機に、ひたすら長打を狙って、何でもかんでも、ぶんぶん振り回していたのでは、チャンスを潰し続けてしまう。

まさに、北京五輪の再現である。

村田には、もっとクレバーなバッティングを心がけて欲しいのだが、原は、それを許さないかもしれない。

ことは、選手観という心のかなり深い部分に関わることなので、WBCという短期決戦の中で、監督がその考え方を修正する可能性は、非常に低い。

韓国戦の敗北が、単なる一敗以上に、重く心にのしかかるのは、村田のファールフライの背後に、原監督の頑迷な選手観が見えるからである。

村田のホームランバッティングが、吉と出るような試合が続くよう、神様に祈るしかない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

WBC ~「魔の八回」が示すもの

2009-03-03 15:26:32 | Weblog
2月27日のブログ「WBC連覇への課題」に、日本代表の考えられる課題として、「先発型投手のセットアップと抑えへの適応」を挙げたが、先の対西武、対巨人の強化試合で、いずれも八回にそれが現実の問題となった。

西武戦では小松(オリックス)が三つの四死球と四安打で四失点。巨人戦では、岩田(阪神)が二安打、代わった涌井(西武)が一安打。本塁への好返球で失点は免れたものの、前夜に続いて「魔の八回」となった。

これら三投手は、間違いなく力のあるピッチャーだが、いつ登板するのか不明確な状態で、試合の終盤まで待たされることには慣れていない。

山口、馬原、藤川だけでは、終盤をしのぐ投手の数が足りなくなるので、先発型投手の誰かをセットアッパーとして固定するか、試合中盤からのロングリリーフという形を取るか、何らかの工夫が必要だろう。

一流のプロ野球選手は、ハイスペックの精密機械みたいなものだ。稼働するための環境を、十分に整えておかないと、力を発揮できない。いつでも、どんな場面でも、すぐに投げられる。それを先発型投手に要求するのは、酷というものである。

ダルビッシュにしても、イチローにしても、松坂にしても、超高性能であるが故に、細かい調整が不可欠で、時間が掛かるのだと思う

従って、第1ラウンドは、さながら調整ラウンドの様相を示すかもしれない。

しかし、WBCは短期決戦なので、決勝トーナメントに行く前に、調子が上がらず、ずるすると負けてしまったら、それで終わりである。とくに、第2ラウンドは、日本、韓国、キューバの中から、二チームが勝ち残る、過酷なラウンドになる可能性が高い。第1ラウンド終了までに、調整を終えなければ、優勝が遠のいていく。

サッカーのワールドカップでも、毎回毎回、ブラジルが優勝するわけじゃない。力のない国は勝てないけど、力があるからといって、必ず勝つわけでもない。

そして、力のある国が負けると、応援していた国民の落胆は、非常に大きい。力がない国の場合より、はるかに大きい。

結局、世界トップクラスの選手を集めたとしても、WBC連覇は簡単なことではなく、我々が深く落胆する可能性は小さくない、ということだ。

ただ、ベンチの拙い采配で負けるのだけは、勘弁してくれ。

頑張れ、ニッポン!

来週月曜、テレ朝「お試しかっ!」に、モー娘。道重さゆみが出演するようだ。いよいよバラエティ本格進出か?だとすれば、その方針は、大正解だと思う。

道重のバラエティ適応力は、思っている以上に高いぞ。

録画しなきゃ(笑)。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NHK「Q.E.D. 証明終了~ 第8回 罪と罰」は証拠不十分

2009-02-28 19:17:42 | Weblog
一昨日放送の第八回は、これまでの話とは、かなり違っていた。とくに、燈馬君が「以上、Q.E.D. 証明終了です」と言った後に、犯人が「証明」されたはずの犯行を、一部とはいえ、頑として否認したのは、初めての展開だった。

これまでは、燈馬君の「証明」後は、事件の当事者や犯人は、すべてそれを認め、場合によっては、自分からさらに詳しい状況説明をしていた。

だからこそ、その「証明」が正しかったことが、最終的に、Q.E.D.されていたのだと思う。

今回の事件では、容疑者である大学院生の千田川は、盗みに入ったことは認めたが、家の主である池沢という老人を殺したことは否定している。

一方、燈馬君の「証明」では、家人が「サンタみたいなじいさん」だったという千田川の話は、殺人を犯したものでしか知り得ない情報であるというのが、ポイントになっている。

しかし、真っ赤なセーターに白いニット帽をかぶった、ヒゲもじゃのおじいさんが倒れていたら、うつ伏せで顔が見えなくとも、サンタクロースを連想するのは不思議ではない。

また犯行現場は、千田川のアパートからも近いようで、赤いセーターに白のニット帽をかぶった池沢氏が、家から出てくるところを以前目撃して、「サンタみたいなじいさん」という印象を持ったのかもしれない。窃盗犯がターゲットとする家の住人をあれこれ調べるのは、よくあることである。

従って、千田川の「サンタ」発言は、さほど決定的な証拠とは思えない。

さらに、庭や家の中に残されていたスニーカーの足跡は、本当の連続窃盗犯のそれと区別できないそうなので、「先に連続窃盗犯が侵入して、家人を殺した」という千田川の主張は、現段階では、完全否定できない。

連続窃盗犯の手口が、いつもとは違うという点も、初めて殺人を犯したのなら、特段おかしいとも言えない。

よしんば、足跡の動きなどから、侵入したのは千田川しかいないことが濃厚になっても、もし、彼が、実は、庭のガラス戸を破って侵入したのは自分だけど、入ってみたら家人が血を流して死んでいた。それで動転しながら、現金だけ盗んで逃げた、と言い始めたら、どうすればいいだろう?

池沢氏に恨みをもつ者が、彼が家に戻ったすきに玄関から靴を脱いで入って、ゴルフパターで撲殺したのかもしれない。それが身内のものであれば、家の鍵だって持っているかもしれない。自分はその後に入ったのだと。

ゴルフパターについて、鑑識のひとりが「タンスにしまってあった」と言う場面があるが、池沢氏は一人暮らしなのだから、最初に置いてあった場所が分かるはずがない。 タンス以外の場所、例えば玄関に置いてあったとしても、何の不都合もない。

タンスの足跡も、死体を発見して動転した千田川が、何かの物音に驚いて、タンスに逃げ込んで、一瞬隠れた可能性だって考えられる。

容疑者が強く否認している以上、「サンタ」発言だけで、殺人犯と断定するのは、証拠として弱くなかろうか。強盗殺人は極めて重い罪である。何らかの物証が欲しいところだ。

まず、千田川の窃盗当時の服、手袋、靴、リュックなどを調べて、被害者の血痕を見つける必要がある。

撲殺して、その後、血の海の中を歩き回ったはずなのに、現代の技術で、血の痕跡さえ一切発見出来なければ、家に侵入したという供述まで、見直さなければならないかもしれない。

もちろん、千田川が所持していた100枚近い一万円札を調べて、池沢氏が大家をしているアパートの住人の指紋と照合する作業は必須である。彼の話は、二転三転、ころころ変わっているので、いちいち裏を取った方がいい。

服や手袋から、被害者の血痕が見つかって、なおかつ、その形が、飛沫状であれば、撲殺の一つの証拠にはなると思う。

また、凶器であるゴルフクラブのグリップの成分が、千田川の手袋に付着していないかどうかも、調べる価値がある。

水原警部は、千田川を連行した後、我々の仕事はこれで終わりだと言ったが、それは間違いかもしれない。なんと言っても、千田川は、自分は殺していないと本気で信じている。もっと物証を集めないと、裁判官や裁判員がQ.E.D.を出すかどうか、警察・検察も不安だろう。

もし燈馬君が、殺人を否定する千田川に対して、彼が窃盗に使った手袋を見せて、

「ここに血がついてます。しかも、飛び散った形の血痕です」

というシーンがあれば、Q.E.D. の決めセリフは、もっと迫力があったと思うし、「消された記憶」という制作スタッフの意図も、よりはっきりと視聴者に伝わったのでは。



ところで、今回は、高橋愛の出番が少なかったですね。そのせいか、ドラマがプロっぽい感じで粛々と進んだ気が(笑)。

でも、高橋愛は、単なる「田舎もの」じゃないですよ。歌って踊れる超美少女だからモー娘。の5期メンバーに選ばれて、今では、田中れいなと並んで、数少ない「歌える」メンバーなわけで。

視聴率は伸びないけど、よく頑張ってるぞ高橋!

ただ、残念ながら、僕は、さゆみん推しだ(笑)。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

WBC連覇への課題

2009-02-27 17:15:44 | Weblog
2月24日、25日に行われた対オーストラリア戦は、二試合とも、日本の大勝に終わった。しかし、この強化試合を通して、いくつかの課題が見えてきたと思う。

1) ダルビッシュの復調

復調と言っても、技術面のことではない。彼の実力が、現時点で、世界トップクラスであるのは間違いないと思う。ただ、北京五輪以来、国際試合に対する自信を、若干失っている気がする。

責任感が強い分、気持ちが入りすぎて、空回りしているのかもしれない。WBCの対中国戦で、つまり本番の中で、国際試合への手応えを掴むしかない。

2) 先発型投手のセットアップ・抑えへの適応

第1ラウンドと第2ラウンドは、「Double Elimination 方式」で行うそうで、勝ち進んだ場合の試合数は、5日間で、最低3試合、最高4試合となる。さらに、球数制限と連投制限が課されるので、一種類のセットアップ・抑えのパターンだけでは乗り切れない。

従って、セットアップ・抑えの投手が通常より多く必要となるが、今回の日本代表では、山口、馬原、藤川の三人しか専門家がいない。そこで、先発型投手が中継ぎは勿論、場合によっては、セットアップや抑えにまわることもあるかもしれない。

強化試合では、先発型投手が中継ぎを上手くこなしていたが、アメリカの球場で、大観衆の前、メジャーリーグの強打者を相手に僅差のゲームとなると、話が違ってくる。

大舞台で、どこまで上手く、その役に適応できるか、そこが勝負の鍵になる可能性がある。

3) 藤川の平常心を保ったピッチング

前回のWBCでは、大塚というメジャー在籍の抑え投手がいた。彼の存在は、日本の優勝に、大きな寄与をしたと思う。しかし、今回は、セットアップ・抑えに、岡島や斉藤隆といったメジャーリーガーがいない。 これは、技術面はともかく、精神面では一つの不安材料かもしれない。

決勝トーナメント進出決定戦、準決勝、決勝などの、しびれる最後の場面で、藤川が投げることになると思うが、球場の雰囲気に呑まれず、普段通りのピッチングが出来るかどうか、そこが、文字通り、勝負を決すると思う。

藤川のストレートは、日本のバッターが手も足も出ないのだから、世界でもトップクラスのはずである。気持ちさえ平常に保てば、抑えられる。自信を持って投げて欲しい。

4) 村田のクレバーなバッティング

今回の打線を眺めると、つなぎの上位と重量の下位という構図が見える。1番の青木から4番の稲葉までは、足を絡めてチャンスを作り、次につなぐバッティングをするが、5番の村田以降は、パワーヒッターが並んでいる。

そのため、5番の村田が打席に入るときに、塁にランナーが溜まっている場面が多くなるだろう。実際、オーストラリアとの第一戦では、村田の三打席、すべて塁上に走者がいた。

従って、村田が、ランナーを帰すバッティングをするかどうか、そこに日本の得点力が掛かってくる。

北京五輪のときのように、外角へ逃げる変化球を、力任せにフルスイングして、三振の山を築いていたのでは、世界一流の上位打線が作り出すチャンスを、点に結びつけられない。

彼が、北京五輪での苦い経験を生かして、状況に応じた、クレバーなチームバッティングに徹すれば、日本の得点力は、他チームの脅威になるだろう。

5) 原監督の冷静な采配

対オーストラリア戦で、大きなミスがあったとすれば、第二戦の二回裏一死一、二塁の場面での、外野の極端な前進守備である。

その結果、松坂の球が甘かったとはいえ、通常ならライトフライに出来る打球を、世界一の守備範囲と強肩を誇るイチローの頭上を越えて、二点タイムリーにしてしまった。

イニングを考えても、点差を考えても、イチロー、青木、稲葉という外野陣の能力を考えても、あそこまでの前進守備は不要だ。

おそらく、絶対に先制されたくないという強い想いが、あの守備体形の指示につながったと思うが、結果論ではなく、どう考えても逆効果である。

原監督は、かつて中日との試合、一死満塁のピンチで、内野に絶対本塁送球を指示して、確実に併殺を取れた場面で、結局一点を失ったことがある。

また別の試合では、ランナー三塁の場面で、「ストライク・スクイズ」という離れ業を指示して、走者は動けず、バッターは、ただバントしただけで、一塁アウトになったこともある。

一点を取りたい、一点を失いたくない。その想いが余りにも強すぎると、冷静な判断力を失って、自分の首を絞めることになる。途中、何が起ころうが、要は、試合が終わったときに、勝っていればいいのである。

WBCのような大舞台では、かっかするなと言う方が無理かも知れないが、冷静な気持ちを保って、基本に忠実な采配をして欲しいものである。


ところで、残りの強化試合は、2月28日対西武戦、3月1日対巨人戦。いずれも東京ドーム。西武戦は、テレ朝が放映するようだけど、今回のような野球「中継」はやめて欲しいぞ(笑)。

TBSさん、リアルタイムで試合が進んでいるのだから、取り敢えず「LIVE」映像を流してくれないと。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アレチを探して

2009-02-13 01:34:08 | Weblog
仏教経典に、こんな話が書かれているそうだ。

ある街の大通りで、一人の女性が道行く人々に向かって、必死に叫んでいた。

「この子を助けてやって下さい。誰かこの子の病気を治してやって下さい。この子は重い病にかかっているんです。お願いです。どなたか助けてやって下さい」

見ると、女性は小さな子供を抱きしめていたが、それは明らかに遺体だった。その子は随分前に亡くなってしまったらしく、助けることは不可能だった。

何人ものひとが、子供はもう死んでしまっていて、どうすることも出来ないのだと諭したが、彼女は頑として聞こうとしなかった。

やがて、その女性に話しかけるひとは誰もいなくなってしまったが、それでも、彼女は半狂乱になって助けを求め続けた。

そこに釈尊が通りかかった。釈尊は、彼女の言葉を聞いて、こう言った。

「分かりました。私が、その子の病気を治す薬を作って差し上げましょう。家を一軒一軒回って、ケシの種を一粒ずつもらって来て下さい」

女性は大喜びした。

「ありがとうございます。ありがとうございます。すぐに集めてきます」

飛んでいこうとする女性に釈尊は声を掛けた

「ただし、ケシの種は、一人も死人を出したことのない家から、もらって下さい。死人を出した家のケシ粒で作ったのでは、薬の効き目がありませんから」

女性は言われたとおり、一軒一軒家を訪ねて、死人を出したことがあるかどうか、聞いて回った。

数日後、釈尊のもとに、再び女性が現れた。

「ケシの種は、集まりましたか。さっそく薬を作りましょう」

彼女は悲しげに答えた。

「いいえ、もういいんです。もう薬はいりません。もういいんです」

****************************************************************

東京清瀬近郊に、柳瀬川という小さな川が流れている。自然を残すような形で川岸が整備されていて、散歩するにはもってこいの場所だ。

アレチを火葬にした翌日、よく晴れた午後、柳瀬川の土手を歩いた。紅梅が華やかに咲き、さまざまな鳥たちが、岸辺で羽を休めていた。

川は滔々と流れ、水面はきらきら光り、木々は風にざわめき、空気がどこまでも透明だった。

こぼれんばかりの生命にあふれた景色を見ていると、この世界のどこにもアレチはいないのだということが、信じられなかった。

家に帰ると、水槽の砂場にひょっこりアレチがいて、あの大きな瞳でこちらを見ているような、そんな気がしてならなかった。

どこにもアレチがいないなんて、あり得ないことに思えた。

次の日から、ペットショップを何軒も回り、本屋でネズミ図鑑を探し、ネットで検索して、アレチを探し回った。アレチ自身と出会えなくても、せめてアレチと同じ種かその近縁種、実物でも画像でもいい、とにかくアレチに近いもの、アレチっぽいもの、そういったものに接触したかった。

世界の中から、「アレチのかけら」を見つけ出せば、やがては本当に、あのアレチ君自身に、再び巡り会えるのではないか、そんな思いを捨てきれなかった。それは、教典の女性が探し求めた「ケシの種」と同じだったかもしれない。

しかし、アレチはどこにもいなかった。

「キンイロアレチネズミ」の画像は何枚か見つけた。ペットショップで、アレチに近いタイプのネズミにも会った。

しかし、それはぜんぜんアレチではなかった。

やがて、あることに気づいた。

多くのひとは、一度はペットを飼った経験があり、それゆえに、その死も経験しているという事実だった。

すっかり忘れていた。

世界が生で満ちあふれているならば、世界は同時に死で満ちあふれているはずだ。

この世界で死と出会って驚くのは、ずっと森の中を歩いてきたのに、木にぶつかって驚いているようなものだ。ぶつかって初めて、森が木から出来ていることに気づいたのと同じだ。

生の世界から死を追放することはできない。なぜなら死は生の裏面だからだ。表だけのコインが存在しないのと同じだ。生の数だけ、かならず死が存在する。

しかし、コインの表を美しく磨き上げることは、可能である。いや、それこそが生きているものの、唯一の厳粛な使命なのかもしれない。


数週間くらい前から、毛繕いするたびに転んだり、突然変なけいれんを起こしたり、アレチの体は明らかに変調をきたしていた。やがてちゃんと歩けなくなり、睡眠が極端に長くなり、エサも食べる量が減っていった。

昨日できたことが、今日は出来なくなっていた。今日できたことが、明日は出来なくなっている。

あるとき、這いずるようにエサ場に出てきたアレチは、ふらふらになりながら二本足で立ち上がり、両手にバナナを持って食べようとした。しかし、すぐ前につんのめって、激しく倒れてしまう。何度も何度も倒れてしまう。

それでもアレチは、何度でも起きあがって、なんとか踏ん張って食べようとした。

バランスを取るために、とうとう顔を天に向けて、のけぞりながら食べ始めた。

今度は後ろにひっくり返ったが、それでも彼はバナナを放さず、食べ続けた。

見てられなかった。何もしてやれないことが苦しかった。それでも、目をそらすことが出来なかった。

死がもの凄い力で、アレチを引きずり込み始めていた。そして、アレチは小さな体で、必死になってそれに抵抗していた。力の限り、なんとか生きようとしていた。

今思えば、その姿こそが、生きたアレチだった。あやふやな「アレチのかけら」なんかじゃない、本当のアレチだ。

最後の日、ぐったりとしたアレチを手で抱きかかえて、少しでも食べればと、彼の大好きだった生クリームを口につけてあげた。

舐める力は残ってなかったが、その瞬間、彼がにこっと笑ったように見えた。

「あっ、これ知ってるよ。甘くてふわふわで、美味しいんだよね」

そう言うのが聞こえた気がした。

その数時間後、アレチは天国に旅立っていった。

アレチの生は、アレチと過ごした三年間は、最後までぴかぴかに輝いていた。天を仰ぎながらバナナを食べていたアレチの姿は心が震えるほど美しかった。アレチは、最後の最後まで、生きることを全うしようとした。それは、見たことのないほど素晴らしい光景だった。

そして今は、もう本当に、アレチはこの世界のどこにもいない。

それでいい。それでいいんだ。

****************************************************************

ふたたび教典のお話。

数日間、女性はケシの種を求めて、足が棒になるまで、街中の家を訪ね歩いていた。

しかし、死人を一人も出したことのない家は、ほとんどなかった。愛するひとが死ぬ悲しみを経験したことのない家族は、ほとんどいなかった。

彼女は、自分が一人ではないことを悟った。

そして、我が子の死を受け入れ、死と向き合っていく自分の生を受け入れた。

彼女が死から目を背けたのは、その子と過ごした数年間が、とてつもなくきらきらと輝いていたからだ。だから少しだけ時間が必要だった。さまようことが必要だった。

釈尊は、最高の薬を処方したのかもしれない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アレチの永眠

2009-02-06 15:47:18 | Weblog
身近にあって大切なひとの、本当の意味に気付くのは、それが永遠に失われた時だ。

キンイロアレチネズミの「アレチ」、当ブログの主宰者で表紙の彼は、2009年2月5日正午に、永眠しました。

我が家に来てから、二年と七ヶ月半の出来事でした。

もうエサをあげる必要もない、砂を交換しなくてもいい、カイロを張り替えなくてもいい。

部屋に出したとき、小さな足の爪をぎゅっと押しつけて膝に乗ってくることもない。あんまり食べると体に良くないからと、ケーキをお預けすると、セーターをよじ登って肩まで上がって来るようなストーカー行為も、もう心配しなくて大丈夫だ。


でも、僕はバカだった。

何十年も生きているのに、本当に大事なことを知らなかった。

アレチと一緒に過ごした日常の一瞬一瞬が、何気ない毎日こそが、かけがえのない幸せな時間だったということを。

幸せは、どこか遠い空の下に、漠然と転がってるんじゃない。自分のすぐそばに、日常の小さな積み重ねのなかに、しっかりと存在していた。

昨日の夜、リンゴとバナナをぱくぱく元気に食べていたのに、今はもう硬くなってしまったアレチを抱きしめたとき、そのことを嫌というほど思い知らされた。

駅前の花屋で花を買って、涙が止まらなくなって、泣きながら西友前の通りを歩いたとき、アレチが本当に大切な存在だったという事実を、叩き付けられた。

アレチ、ありがとう。本当にありがとう。

君とはもう会えないけど、君と過ごした時間、そして、なにより君が教えてくれたことは、決して忘れない。

そして、このブログを読まれた方、本当にありがとうございます。

皆様のおかげで、アレチは「ちょっとだけ有名なネズミ」になることが出来ました。


最後に、アレチ、天国の門をかじるなよ。

えんま様に怒られるぞ(笑)。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風の歌を聴け

2008-04-17 15:10:31 | Weblog
村上春樹の最初の作品ですね。

小説としては、それほど好きな方ではないですが、タイトルが、気に入ってます。

ひとは、周りにいるひとの中に、それぞれ、そのひと特有の「歌」を、聴いてる気がします。

好きな歌を奏でるひとのことは、好きになる。

嫌いな歌なら、そのひとを、嫌いになる。

でも、そういう「歌」は、大抵の場合、自分で、勝手に作り上げた「歌」で、そのひとが、本当に奏でている「歌」とは、かけ離れてる、かもしれない。

ひとは、「好きになりたい」ひとからは、「好きな歌」を、「嫌いになりたい」ひとからは、「嫌いな歌」を、聴き取る仕組みが、あるのでしょう。

誰かと仲良くなったり、誰かと仲違いしたりは、多くの場合、相手に対する誤解、「歌」の聴き違いから、起こってる気がします。

だから、ひとは、ときどき「風の歌」を聴く必要がある。

風のような、好きも嫌いも、愛も憎しみもない、そういうものに向かい合って、その「歌」を聴いてみる。

そうすれば、逆に、自分の中にある、「自分の歌」が、聴こえてくる。

誰かの中に聴いていた、「好きな歌」は、「自分の歌」の、好きなパートかもしれない。

誰かの中に聴いていた、「嫌いな歌」は、「自分の歌」の、嫌いなパートかもしれない。

それに気づけば、ひとは、もう一度、相手の中にある、本当の「歌」を、聴こうとするかもしれません。

もし、「世の中、どいつもこいつも」と思っているひとがいたら、一度、風の歌を聴いてみる方がいいかもしれません。

自分の中で、「どいつもこいつも」なひとが、少しだけ、減るかもしれない。

そして、少しだけ、しあわせな気分に、なれるかもしれない。

ところで、この話は、「風の歌を聴け」という小説の内容とは、何の関係もないと思います、多分。

ちなみに、私が、村上春樹の小説で好きなのは、「羊をめぐる冒険」や「ダンス・ダンス・ダンス」といった、SFファンタジーっぽいやつですね。

逆に、好きでないのは、「ノルウェーの森」。

羊男が出てこないから(笑)。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大泉学園のRon Fan、至福のニュー中華

2008-04-03 15:36:24 | Weblog
西武池袋線大泉学園駅の北口に、Ron Fan という中華料理の店があって、ここは、お勧め。

20人くらいで満席になる、小さな店だが、基本的に、何を食べても、旨い。

まず、「カニチャーハン」。これは、毎度、絶対に、頼んでしまう。

味はしっかりしているのに、さっぱりしていて、中華特有の、油っこさがない。加えて、ご飯が、ふっくらしていて、通常のように、パラパラと固くない。

何というか、ピラフに近い感覚の、チャーハンである。

さらに「肉と野菜の塩炒め」「豆腐のカニあんかけ」「海老チリ」など、大抵のものが、そういう風に、しっかり美味しいのに、ライトな感じで、困ったことに、いくらでも食べられる。

本当に食べてしまうので、本当に困る(笑)。

中でも、スゴイのは、「麻婆豆腐」。

土鍋に入れられて、ぐつぐつ言ってる状態で、運ばれてくる。いくつかのスパイスが入っていて、とくに、山椒が香り高く、パンチがあって、絶品。

本格派の麻婆豆腐とでもいうか、唐辛子とは違った、山椒の辛さ、舌が痺れるような、いわゆる「麻」を体験できる。

それから、「上海焼きそば」も、逸品だ。

きしめんのような、平たい麺で、そこに、ちょっとスパイシーな「あん」がかかっていて、実に、美味い。中華というより、イタリアンで、生パスタを食べてるような、そんな錯覚を覚える。

グルメ系のブログを見てると、この「上海やきそば」のファンは、結構、いるようで、それも納得である。ときどき、無性に、食べたくなる、そんな焼きそばだ。

各料理とも、色んなスパイスが入ってると思うのだが、それが、癖のある味ではなく、万人受けする、仕上がりになっていて、感心させられる。

まさに、シェフの才を感じさせる、至福のニュー中華である。

ビールは、青島ビールを置いていて、個人的に、極めて高評価。さらに、通常のものに加えて、なんと、青島の黒ビールも揃っていて、驚いた。

ただ、怖くて、黒には、まだ手を出してない(^_^;)。

値段は、一皿、700円から1200円くらいが多く、一人2500円程度出せば、お腹いっぱいになる。 ただ、食欲が、ギャル曽根クラスのひとは、2万くらい、持ってた方がいいですね(笑)。

場所は、大泉学園駅北口を出てすぐ、「ゆめりあ」という大きなビルの、地下一階飲食店街の中。「ゆめりあ」は、南口にもあるので、ご注意を。

この飲食店街には、スナック風の居酒屋があったりして、ちょっとディープな雰囲気が漂ってるが、気にせず、奥の Ron Fan へ突入するべし(笑)。

ああー、こうやって書いてると、また、食べたくなってくるな。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする