昨日「つぶやき」ましたなかに二ヶ所違っていました。訂正済みですが関連して「つぶやき」たくなりましたので蛇足的に……。
はじめの部分で、
ここは『信州奇人伝』ではなく『信州奇人考』でした、昨日の見出し写真にありますね。
ここでは「串田孫一さん」ではなく「井出孫六さん」でした。
さて「つぶやき」たくなったのは今日の見出し写真です。
この本が頭にあったのでつい『信州奇人伝』としていたのです。本の書名は『信州奇人伝』ではなく『信濃畸人傳』で続編含め二冊です。
どんな人物が取り上げられているか、こちらを
この人達については別の日に紹介します(それまでに読んでおきます)。
井出さんが書かれた『信州奇人考』
を私は持っていないのです。昨日「目次」ページとして紹介したのはその本の目次ページです。それに「塩田平——信州の学海」の該当ページのコピー(14ページ分)が添付されています。
これがなぜ私の手元にあるのか、思い出せないのです。
井出孫六を串田孫一に間違えたのはなぜ?
脳の回線内を点検してみないと分かりませんし、点検不可能ですので全く不明です。
ただ、同様のことはままあることです。
は、まったく知らずにいました。秩父困民党の関係で
氏名が記憶に残っていたくらいです。
臼田の出身ですから、秩父事件は生まれ育った地の事
として関心向けていたことだったのでしょう。土地と
そこで育つこととが繋がりを持つ事例でしょう。
明朝、初明かりが写せるといいですね、一年ありがとうございました、来る年も宜しくお願いします。
は、まったく知らずにいました。秩父困民党の関係で
氏名が記憶に残っていたくらいです。
臼田の出身ですから、秩父事件は生まれ育った地の事
として関心向けていたことだったのでしょう。土地と
そこで育つこととが繋がりを持つ事例でしょう。
明朝、初明かりが写せるといいですね、一年ありがとうございました、来る年も宜しくお願いします。
かけて
訂正なさる・・私にはとても出来るものではありません
井出孫六、私としては井出さんという政治家がいたな~
という程度の知識しかありませんでしたが、検索してみますと
すごく優秀な親族集団でびっくりでした。
年の瀬に、kaeruさまとご家族様のご健勝を祈り
歳末のご挨拶とさせていただきます