相撲史に関心・興味のある方どうぞ

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三役陣の出欠情況 その67

2017-04-26 21:23:52 | 日記
 寛政九(1797)年冬場所の三役陣。

東大関〔横綱〕小野川 四日目のみ不出場
西大関    雷 電 10日間を皆勤
東関脇    九紋龍 三日目より休場
西関脇    千田川 九日目のみ不出場
東小結    磐 石 八日目まで出場
西小結    鳴 瀧 7日間を出場

 当場所、小結磐石は八日目 不知火と改名
した。そのため大関雷電の星取表の箇所だけ
「不知火」と記入されている。
 東西総帥の対戦は千穐楽に非ず、九日目に
…。小野川・雷電とも楽日は「5人掛り」を
記録。これは、「余興」とする説もあるが、
大体、三段目あたりの力士を選抜して挑戦さ
せており、100%非がちんこを意図するならば
序ノ口以下を取組ませるのではないか。
 だから、稀には5人勝抜けなかった例もある
はずだ。
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