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「断腸亭」の経済学 (吉野俊彦、1999年)を読む

2022-10-08 10:16:38 | 日記

「断腸亭」の経済学 (吉野俊彦、1999年)を読む

 吉野俊彦さんは、日銀の理事で森鴎外の研究家として知られる。その人が戦中戦後の経済の大混乱期の(実際はそればっかりでもないけど)日記を読むのだから、きっと日銀から混乱期の経済の解析を命ぜられたに違いない、その報告書だろうと思い込んで早速読んでみた。

 遺憾ながらそんなことはではなく、荷風が鴎外を尊敬してやまなかったので荷風の本も研究してみようとの動機だったようだ。もちろん日銀の人であるからいたるところに物価に関する考察がなされている。

戦時にはなんと財政支出の70パーセントが国債によって賄われたとあります。それでモノ不足だから大インフレが起こるはずなのに統制経済でなんとか抑え込んだことが繰り返し説かれている。またそのとき荷風は政府の悪口を書いたけどそれをあわてて消去したとして微苦笑もしています。荷風は戦争の行く末がどうなるかをかなり正確に見抜いていたとも筆者は読み取っています。私はその部分の原文を読んでみて、これは荷風が単に軍隊の体育会系の思想傾向を嫌っただけじゃないのか、ちょっとほめ過ぎな気もします。

一番の読みどころは、戦後の預金封鎖財産税をあのケチで有名な荷風がどう書き、それを吉野さんがどう評価するかです。私もここに興味を持ってこの結構分厚い本を古本屋で買ったのです。しかし、荷風はそれを淡々と書き、それを吉野さんも淡々と読んでおられるのです。もう自由にものを言える時代になったんですからあの口の悪い荷風が淡々としているのには驚くばかりです。

思うに荷風は世間で言われるほどのけちん坊じゃない、戦争中も戦後もそれなりに充実して生きていたのでこのようなことにも淡々としていられたのじゃないのか。

荷風が鴎外を尊敬していたことは驚きで第一文体が似ていない。それに鴎外は官僚組織のなかで出世をしながら新時代の日本語を磨こうとの志を立てて二つながらに成功した人で、かなり違うタイプの人のように見受けられる。私淑してこのようになりたいと思ったということでしょうがちょっと無理があるような気がする。しかし、案外この人実務に携わればなかなかすごい人で権力闘争やってもすごい人であったかもしれない。それは想像するより他ない。