小説 日本むかし話 サルの敵討ち
むかし我が家は山に囲まれた山村にあった。我が家の隣には伝兵衛君というのがおかーさんと二人で住んでおった。真面目な働き者であったが、なにか人にからかわれるようなところがあっていけないことであったがわたしもからかったことが何度もあった。山にはサルの群れが住んでいたが、賢いサルたちでどんなに寒くて山のモノなりが悪い時でも里に下りてきて悪さをすることはなかった。しかし川の水場にだけは姿を現すことがあった。
さて、ある日伝兵衛君は川の水場でいつも群れで行動するサルには滅多にないことだが子ずれの母親サルと出会った。からかわれることの多い伝兵衛君はむしゃくしゃした気分だったんだろう、その二頭のサルにそのあたりに転がっていた石を投げつけた。気の毒に気晴らしに投げつけた石は子ザルに当たって大けがを負わせてしまった。母サルは子ザルを背中に負うて恨めしそうな目で伝兵衛君を見据えると山の方へ帰っていった。
その夜のことである。伝兵衛君の家の屋根に百匹以上は居たであろう多くのサルが取りつき、屋根瓦を全部揺らして緩めてしまった。伝兵衛君はいらざることをしたばっかりに、近いうちに街に出て左官屋さんに来てもらわねばならなくなったことを残念におもった。
しかし悲劇はそこからであった。伝兵衛君が街に出るよりも前に、大きな台風が村を襲った。他の家々は大丈夫であったが、伝兵衛君の家は雨が家の中に滝のように流れ込んでとても住み続けることが出来なくなってしまった。そこでおかーさんとずいぶん相談したんだろうと思うが、伝兵衛君は田畑を売って当時明治新政府というのができて江戸から東京と名を改めた街に出て二人で暮らし始めた。
私は何年も経ってから伝兵衛君から聞いていた住所を尋ねていったことがあるが、もうどこかへ引っ越したあとであった。東京に出ていって大成功を収める人は勿論いるが、失敗する人のほうが多い。何の準備もなく出ていったのである、失敗したのではないかと想像せられる。
からかいやすいヒトをからかったりするのはよくあることである。またむしゃくしゃして、ヒトをいじめることもよくあることである。しかし時としてこのような重大な結果を招くのである。みなみな余程気を付けねばならない教訓である。
わたしは、伝兵衛君に仕返しされるのではないかと台風の夜などは今でも心配になることがある。