本の感想

本の感想など

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む④

2022-10-13 11:02:48 | 日記

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む④

 たぶんこの本の読者は、孤独な男性の老人が多いはずである。女性蔑視の内容が多いから女性は孤独であってもまず読まないだろう。まず昭和33年34年から読んでだんだん書いてある中身が減っていき天気だけの記述になるところを見て気が重くなる。荷風は毎日外出をし普通に食べ、日々の生活には困らない以上の財産をもち名声もあった。訪ねてくるひともいる。それでもなお日記からは寂寥感が漂ってくる。これを参考になんとか自分だけはこれから逃れる工夫はないものかと読むのだと思う。多分ないと思う。

 この老詩人は、天気だけを記入することによってあなた孤独から逃れるすべはありませんよと詠っているようにみえる。華やかな花柳界に出入りし時代の寵児であった人にしてこうである。現在の大抵の読者は、時代を画するような仕事をした人であるかしたと本人が思い込んでいる人であろう。財産もある。たまには訪ねる人もいる。それでも荷風と同じであるかやや条件は悪そうだ。

 たいていの人は、昭和の東京の生活の感じが如何であったかを知りたいために、昭和の軍人政府に荷風がどんな悪態をつくかを読むために読み始めると思う。しかし最後の方に来てしまったまさかと感じるのではないか。自分は孤独から逃れるいかなる手当もしていなかった。

 古い時代の西洋では教会に全財産を寄贈して教会の庇護のもとに入ったという。東洋では子供に親孝行を徹底して教育しておき乗り切ろうとした。荷風の頃にはもうその伝統がなくなっていた。「老いて仏脚を抱く」という伝統も消えた。我が子を競走馬のように思い込んで、企業戦士に育てる風潮はさすがになくなりつつあるけど次にどうするかの方針は見えてこない。伝統に戻らない限り老人の孤独は消えないのではないか。

 大昔スパルタ国が戦士を育てるに熱心でいいところまで勝ち進んだけど最後には負けてしまった。文化を育てる国には勝てなかった。荷風でさえも人生の最後には当時の日本がスパルタによく似た時代であったことの影響をもろに受けたと考えられる。われわれもまた逃れられない可能性がある。せめて次の世紀にはそうならない種を遺すくらいしかできそうにない。

 人はその最後が幸せであってこそ幸せな人生ですよと荷風はノート最後に書きたかったと思う。もっともそこまで露骨に書かなかったところが詩人である。