本の感想

本の感想など

新訂 福翁自伝(岩波文庫版)②わたくしはこう読んだ

2023-03-30 14:47:05 | 日記

新訂 福翁自伝(岩波文庫版)②わたくしはこう読んだ

 わたくしが、福翁に限らないけど自伝を読むのは上手に生きるコツを知りたいがためです。かなりの苦労を重ねてさしていいことが私の身に起こっていない。私の周囲の人も似たような立場にある。福翁のように偉業を成し遂げてお札の肖像画になるのはいくら何でも辞退したいけど、その偉人の刷り込んであるお札を山積みしてその横で葉巻などを吹かしたらさぞ気持ちよさそうだからと思うからです。

 まず目につくのは克己、勉励、努力とかましてや必勝というような言葉がこの本には一切ないことです。入試勉強とか住宅ローン、年金とか医療保険という言葉もありません。今の人々は結構多くのことに縛られています。その代わり暗殺を恐れて夜間の外出をしなかったと言いますから不自由はかなりあったと考えられます。身分制度を嫌いぬいたことはしばしば語られているが、しかし御自分は町人職人に対してはかなり上から目線ですから時代の改革者というほどではありません。以上のことからさしてスケールの大きい人ではないようです。肝っ玉はわたくしと同じ程度と思います。また努力が好きではないというところもわたくしと同じ程度と思います。決定的なことは、ひとたびたてた原則を絶対に変えなかったこととそれが絶大な効果をあげる運の良さを持ち合わせていたことによるのではないかと思います。

 官軍も賊軍も大嫌いで洋学を広めたいがために局外中立の学校を作った。官軍からも賊軍からも生徒が入った。(この時月謝をとることにしたことが新工夫らしいのですが)上野戦争はさして大きくならなかったので学校は無事であった。その後も福翁は新政府には距離を置いたので(新政府内の権力闘争に巻き込まれることなく)学校は教え子の独立自尊の方針によって発展した。

 運のよいところは上野戦争が大きくならなかったことで、局外中立(独立自尊の方針)がこれによって生かされた。大きなものにぶら下がってそこから多くのものを吸い取ろうとする生き方をやめよというのではありきたりのお説教みたいだけど、これと運の良さを持たないとダメという合わせ技の教訓を得た。

 それにつけても旺文社版の拙さが思い出される。身分制の窮屈さに腹を立て発奮して洋学を勉強したというストーリーにするためにずいぶん面白いところを削ってしまっている。発奮して勉強することは(そこで発生する利得を他人のために使うことになって)結果他人を利することにならないかと心配するのである。利得を自分のためのものにする大きな原則を先にまたは同時に教え込まないといけないだろう。昨今は特に原則を教えないで知識を教えることのみに汲々としているようなので多くの人にこれを読んで反省してもらいたいと思う。

 コツは、原則を曲げないことにありか。


新訂 福翁自伝(岩波文庫版)を読みながら考えた

2023-03-18 23:05:04 | 日記

新訂 福翁自伝(岩波文庫版)を読みながら考えた

 大学生のころ福翁自伝を旺文社版で読んだことがあったのでもう読む必要がないと思っていた。語り口は面白いけどたいしたこと書いてないというのが当時の感想であった。しかし旺文社は教育的にいかがと思われるところは載せない方針であったと見えて今回読み直してみて昔読んだのはダイジェスト版であることが分かった。カットされたところがなかなか面白い。毒のある所が面白くて役に立つところである。小中学生には毒のある所を切っておく必要はあるであろうが、人間十五を越えたら白湯みたいなもんばっかり飲んでいたら成長しないに決まっている。毒も薬も白湯も何もかもあるのがこの世であるからである。私は大学生にもなって白湯ばかりを呑んでいたことになる。

 多分カットされていたであろう毒の部分には、諭吉さんだけではないが適塾の学生時代かなりバンカラなことをなさっているとの記述がある。(今の慶応義塾には具合が悪いのではないかと思うが。)明治時代の創成期を支えた人材を多く適塾が輩出したことを思うとバンカラは良いことであったのではないか。直ちにバンカラを推奨するのもいかがとは思うがちょっと研究してみる必要があるのではないか。

 諭吉さんほどの教育熱心でかつ英語ができた人は他にも一杯いたであろうになぜこの人だけが一万円札の肖像になるかも直ちに分かった。新政府にも東京市に対しても交渉の仕方が際立ってうまいのである。必要なときに機を見るに敏の才能がある。それが自慢げにではなく淡々と書いてある。機敏の才は朝から晩まで切れ目なく発揮する必要はない。生涯に一度だけでいいとつくづく感じ入った。このことを若いころに読んでおけばよかったと思うところがある。(もっともこの部分は旺文社版にもあったかもしれない。旺文社版は売ってしまったので手元にない。)

 さて、福翁自伝や最近読んだ雨夜譚(渋沢栄一 岩波文庫版)やずいぶん昔読んだ高橋是清自伝を思い出してつくづく思うが、明治の人は話が上手い。(上記三冊とも口述筆記したものである)みなさん時々落語を聴いていたからかもしれないが、そればかりではなく小さいころ漢文の素読を漢文塾へ行って学んだせいだと思う。(公平のために付け加えるがこれは和歌の塾でもいいかもしれない。ただ漢文の方が実用性があると思う。)自国の言葉を自在に操ることを若いころに習得すれば、物おじしない頃に外国へ行けばその地の言葉はすぐに習得できるだろう。上記三人は外国語を自在に操りそれにとどまらないで巨大な事業を成し遂げた。

 伝え聞くところによると、マッカーサーは日本軍の思いのほか強かったのにおそれをなしてその原因を調べ簡潔な漢文調の言葉が軍隊の中で使われていたことがその一つであるとしたらしい。そこで漢文の授業時間を削り、さらにあろうことかなるたけ効率の悪い英語教育法を開発してその方法で教育せよと迫ったという。英語の方の真偽は知らないが、漢文の方は確かであろう。もういつまでもマッカーサーに義理立てする必要もないであろう、漢文塾を再興してはどうか。漢文の先生の数は、日本の津々浦々に塾を作るにはもはや間に合わないであろう。先生は数人で間に合う、ネット上に作ればいい。ただし、これは生徒が反復して読まないといけない。AIがそれを聞いて合否を判定すればいい。(合否の判定はすでにカラオケにその能力あるものがある。)機械に任せたがために本来謦咳に接して師から伝わる何物かを失うのは残念であるが已むを得ない。

 あんだけ近所なんだから森鴎外と西周は同じ漢文の先生に習ったに違いない。してみると日本の近代文学哲学は同じ漢文の先生をその濫觴に持っているのかもしれない。貝塚茂樹と湯川秀樹は確実に同じ人から漢文の素読を受けている。これから巨額の予算を投じて子供を作るのだそうである。生まれた子供を日本人を育てるためにたいした予算はいらないから少しは意を用いればどうか。

 このように福翁自伝の口述筆記ながら達意の文章を読んで、漢文の先生に思いが向かった。


戯曲 老子夫人③ 新発見

2023-03-14 13:53:32 | 日記

戯曲 老子夫人③ 新発見

 自分が何を考えているかを誰かに解説してもらうというのは変な話だがその必要を順平は強く感じていた。解説はずいぶん偉い人でないとできないだろう。となるとおシャカさんになるがどうも悟りを開いたあとには夫人をめとらなかったようなので、やむを得ないここは孔孟老荘にお願いするより他ないだろう。しかし孔孟は先ほどの三井高利の奥さんみたいなのに出てこられて高飛車の説教されてこちらがさらにへこんでしまうことになりかねない。老荘の方は何しろ無為を唱えるほうだから夫人は居ないだろう。

 いったんもう何もかもあきらめようとしたが、老荘より下の世代の偉い人を知らなかった。そこで、多分出てこないだろうと思いつつ、老子夫人にお願いしてみようと考えた。少なくとも説教はされないであろう。もっともいない可能性の方が高いけどである。

順平:(印を結んで呪文を唱える)

夫人:(中年のキビキビ働きそうな小柄な女性である)誰です。

順平:えっ、老子さんに夫人が居られたんですか。

夫人:当たり前です。現に私ども夫婦の数代あとの子孫に高名な将軍が生まれています。それより何の用です。

順平:(自信なさげにもじもじしながら)私、仕事する気が一切しないのです。なぜする気が起きないかを旦那さんに説明してもらいたくて。説明してもらえれば少しは気分が晴れるかと思いまして。

夫人:(大笑いして)そう言えばあの旦那も仕事する気のない男だったわね。もともとは軍隊の進退の作戦を司る大事な仕事をする家の子供よ。それが仕事する気がなくなって、何もしないのが良いことであるという理屈を吹いて回るようになったのよ。これに賛同する人がかなり多かった。それで、私が国王に言いつけてやった。こんなことでは国が滅びますよって。

順平:じゃあ私も言いつけられるということか。何もする気がないことはいけないことなのか。

夫人:もちろんよ。旦那は、国王によって西方の国へ左遷されたわ。もちろん帰ってこなかった。オオカミに食われちゃったといううわさよ。その赴任の途中に書いたのが老子道徳教というあれね。

順平:えっ 立派な人だと思っていたんだが。

夫人:何言ってんのよ。思想家が立派な人であるはずがない。立派な振りをして誰かに思想を売り込んでそれで一生安楽に暮らしていきたいと考えている怠け者よ。

順平:怠け者の私の上前を刎ねようというさらなる怠け者が居るのか。世の中は凄い構造だな。

夫人:いやあれは売り込みに手間がかかるからうちの旦那は怠け者とは言えないかも。あんたは真正の怠け者だけどね。自分が何考えているかさえヒトに尋ねるとは相当の怠け者よ。

順平:確かに。しかしそれではますます頭の中が混乱してしまう。何とかして下さいよ。

夫人:あんたみたいな人がうちの旦那のいいカモにされるってことね。ああだんだんわかってきた。あんたみたいな人がいるから、「思想家」という商売が成り立つのかもね。あれは需要と供給の関係にあるのよ。お茶づけや餃子のようにその場その場でお金を出して売り買いしないからわかりづらいけど、あんたが需要者うちの旦那が供給者ってことね。旦那は「無為の思想」というのを売って、対価としておカネではなく売れたという自分の心の満足を得るということね。思想の内容と行為とが一致してないと思うけど。

順平:なるほど、「思想」というのは仕入れの代金があるわけではないから対価にお金をもらわなくてもいいわけだ。これは不思議な商品だな。しかし、私はどうしても自分を説明する理屈が欲しいんだが。

夫人:まあそれは、ご自分で何とかして頂戴。それよりも早く帰ってあのソクラテス夫人のクサンチッペさんとお茶でも飲みながらこの新発見を語り合わないといけない。私たち二人はなんで旦那があんなしょうむないことに時間を費やして日々の仕事をしないのか不思議で仕方なかったが、今日不思議が解けた。あれは他人に説得するときの喜びがあったためだ。または他人を支配する喜びがあったためだ。おカネが介在しないから見落としていたけど巨大なマーケットがここにあったんだ。これはマルクスやケインズの奥さんにも教えてやらないといけないな。ああ今日は呼んでくれて本当にありがとう。帰りますからね。

 

そのあと静かになった部屋で、雨漏りの天井染みを見ながら順平の気分はかなりよくなった。しかし残念ながら仕事をする気は起きなかった。

 

その後、順平が印を結び呪文を唱えることはなかったということである。

 

 

 

 


戯曲 老子夫人② 学校にて

2023-03-13 12:18:50 | 日記

戯曲 老子夫人② 学校にて

 十八歳の順平が放課後の教室で机をはさんで担任の白崎(54歳)と向き合っている。白崎の手には上質紙で作られた順平の「進路希望調査書」が握られており、そこには第一希望の欄に鉛筆でプータローと大きく書かれて以下何も記載されていない。

白崎:(怒った様子)プータローとは何か。

順平:プラプラするからプータローというのですが。

白崎:(かなりの怒りで手が震える。大声で)お前そんなことで世間が通ると思ってるのか。お前ぐらいの成績のやつはちゃんと大学行ってちゃんとした仕事につかなあかんのや。

順平:(面倒くさそうに)プータローも一応アルバイトはしますが。

白崎:(大声で、口からはたばこのやにで黄色くなった歯が見える。)馬鹿もん。そんなことでは野垂れ死にするぞ。(急に考えを変えて穏やかに)新しい用紙を渡すから書き直してこい。親ともよく相談するんやぞ。いい大学に行けば就職先を選べていいところへ行ける。いい給料を貰えて安楽に暮らせる。

順平用紙を受け取り退出する。

その帰り道友人の黒田にあってしばらく話し込む。

順平:プータローて書いたらあいつえらいお怒りやったで。

黒田:そんなけんか売るようなこと書くとなー怒るの当たり前やろ。こういう時は、適当にどっか受けといてそれで不合格にしておいて静かにフェイドアウトするのが大人の知恵やで。受験料勿体ないけどな。そんで、知ってるかあいつな今年が最後の教頭昇格試験やねん。もう何年も前から受けてるねんけど今年も落ちることになってるねん。

順平:なんでそんなこと知ってるねん。

黒田:(やや得意げに)おれのおじさん県庁の知事部局のえらいさんやねん。おれそこから聞いてるからなんでも知ってるで。あいつな三年ほど前から受けてんねんけど何回受けても落ちることになってるねん。はじめから決まってるねん。だれが合格するかは、事前にコネとか能力とかの査定がすんでるからもう決まってるちゅう話やで。

順平:ほんなら受験の手間とか勿体ないだけやんか。

黒田:(かなり得意げに)ここもまた大人の知恵やで。受験の間本人仕事に気はいるやろ。給料上げないで仕事に気入れてもら思うたらこうするのが一番や。

順平:それでか。今日はえらい剣幕やったわ。

黒田:(さらに得意そうに)そらそうだ。ええ大学に生徒をどんだけ送り込んだかが自分の人事査定のデーターになるとあいつ思い込んどるんやから。でも来年からはあいつ仕事する気のない普通の先生になるはずやで。(ここでかなりの間の沈黙があって)けどな県教育委員会にも智慧のあるやつがおってな、教頭昇格試験の受験年齢制限を撤廃する案も出てるらしい。こうなったらあいつ定年の年まで気入れて働かされるで。

順平:迷惑な。

黒田:まあどうしようもないことやな。

 

この日を境に順平は一切登校しくなった。高校は中退した。母親ははじめ涙を浮かべて順平に何かを言っていたがそのうちなにも言わなくなった。父親はなにかもぞもぞ言っていたがそのうち家に寄り付かなくなった。


戯曲 老子夫人 プロローグ

2023-03-12 12:37:31 | 日記

戯曲 老子夫人 プロローグ

 大隅順平はもう50に近いニートである。時には必要最小限のアルバイトに出かけるが、大抵は親の遺してくれた小さな家の一室で寝転んで雨ジミの跡のある天井を見て暮らしている。これでも若いころは元気があって大峰山の山中を彷徨したことがあった。山では山伏の格好をした老人に「降霊術」を学ぶという不思議な体験をしたことがある。老人は簡単なことであると印の結び方とごく短い呪文を教えてくれた。どうせ嘘だろうといい加減な気持ちでそれでも老人の好意を無にしてはいけないとの付き合いのつもりでそれを覚えておいた。

当時から勤労意欲のなかった順平は家に戻って、親の働けという要求に屈しがたくある夜一人で三井高利の霊を呼び出してみた。三井財閥の創始者にどうしたら儲かるか聞こうとしたのである。または楽な仕事を紹介してもらえるかも虫のいいことを思ったのである。しかし、降りてきたのはなんとちょっと凄みのある中年の女性である。

 

婦人:だれです、私をお呼びになったのは。

順平:いや私は三井高利さんにお会いしてちょっとアドバイスを貰おうとしたのですが。

婦人:高利は、私の主人です。主人に何を聞きたいのですか。それに夜だというのにひどく明るいじゃありませんかどうしたことです。

順平:これは電灯というものです。今は平成12年です。ご主人には何をしたら儲かるかをお尋ねしたかったのですが。

婦人:時代が変わってますから、それを主人に聞いても無駄です。まずはなんでもいいから骨身を削って仕事をなさることです。でもあなたの人相骨柄を見るにどうしようもない怠け者の相が出ています。怠け者に何を言っても時間の無駄というものです。もう私は帰りますから。

 

どうやら、印が違っていたのか呪文に間違いがあったのか本人ではなく夫人の方を呼び出すことになってしまったようです。ちょっと奇妙な気分だが、自分に怠け者の相が出ているということに密かな誇りを感じた。この世では怠け者の方が立派であるという倒錯した気分を順平は持っていた。次に住友吉左衛門を呼ぼうとしていたがどうせ同じことだと思って止めにして畳の上に寝っ転がった。財閥を起こすのはやめにしてせめて自分一代でいいから楽に大儲けできないかと思いをめぐらした。紀伊国屋文左衛門なら面白がって何かヒントをくれそうな気がした。尤もまた夫人が現れるだろうが、うまくいけば夫人に本人に取り次いでもらえるだろうと考えた。しかし、出現したのは綺麗に着飾って独特の簪を髪に一杯つけた三人の女性達だった。

 

女性達:あら変に明るいわね。あなた誰。

順平:これは電灯というものです。紀文さんに会いたくてね。

女性①:(しばらく考えて)あっ あの紀文の旦那さんでありんすか。もう300年も会ってないでありんす。気前のいい旦那さんでありんしたけど。

女性②:こんだけ明るかったら私たち夜長く稼げていいわね。

女性③:何言ってんのよ。あの時代の私たちの衣装はろうそくの光に映えるようになってたのよ。この光じゃ衣装を変えないといけないじゃない。そんなことより早く生まれ変わってまたしっかり稼がなきゃ。じゃ帰りますからね。

 どうやら、3人の内一人はまだ生まれ変わっていなかったようですが、のこり2人は何度も生まれ変わったようです。いずれにしても何の参考にもならぬことです。苦労して稼いでもあんな3人にお金を使うくらいなら初めから寝転がっているほうがいいに決まってます。お金は必要最小限でいいとの順平の考えに間違いのないことを確信しました。こうして順平はますます勤労意欲をうしないました。ただ親の意見にどう対抗するかだけが問題です。

 しばらくして、順平は両親を相次いで失いました。理屈の上から言うと父親の降霊をやると母親に会えることになるのですが、まさか母親を呼び出してまた説教を聞かされるとたまりませんからそれはしないままで もう十年近く過ぎました。その間両親の説教にどう対抗するのかが気にはなっていたのです。もう両親は居ないのですがそれでもこの問題には決着をつけておく必要を強く感じていました。自分も納得できる働かない理由を見つけておかねばいけません。何となくという気分ではいけません。