本の感想

本の感想など

ヨーロッパの王と大思想家たちの真実(副島隆彦 秀和システム)②

2024-04-25 13:18:34 | 日記

ヨーロッパの王と大思想家たちの真実(副島隆彦 秀和システム)②

著者はデカルトは○○によって暗殺されたと断言されている。(そんなアホなこととかいうと著者に叱られそうだからそれは言わない。)暗殺されたということは危険な人物とされたからであろう。敵対する政敵ならともかく哲学者を暗殺するとは変である。ついでにデカルトの頭蓋骨はパリのどこかにあるらしくてその写真まで添えられている。不思議な風習である。読み終わってからずいぶん経って、やっとそのことで思い当たることがある。

 わたくしはもう何十年も前に、これは勉強せねばとデカルトの「方法序説」をバラの水で手を三度洗ってから本を重々しく開く(という気分で)読んだことがある。読んでがっかりした。デカルトの考えてることはわたくしの考えてることと全く同じである。それを勿体を付けた文体で表現してあるだけでデカルトの「方法序説」には何の新味もない、あれが名著とはとても思えなかった。当時の(今もだけど)わたくしはデカルトの創造した考え方(この世には物質とそれを感じるもの(これを霊というらしい。この呼び方または訳語には異議ありであるが。)の二つしかない、神はいない。)の中で生きていた。だからデカルトの「方法序説」には何の新味も感じられなかったのである。

  しかし今回この本を読んでやっと背景を飲み込めた。神がすべての世の中で方法序説を発表することは命懸けのことであったろう。今とは全く違うのである。そこが理解できていなかった。その命懸けのことをしたのだからデカルトはエライ。なるほどである。これがやっと分かった。デカルトの時代背景を知らなさ過ぎたのである。日本の鎌倉とか室町時代と同じように思ってしまっていた。兼好法師を読んでも、鴨長明を読んでもなるほどそんな人いるよなと同意できる。多分だけど、鎌倉室町の時代に生まれたとしても気持ちの上では生活できるんじゃないかと思う。どうやら西洋ではデカルトの頃、気持ちの上での大変化がおこったようなのである。以降のヒトは以前の時代を気持ちの上で理解できないようになったとみられる。

 

それにつけても、わが日本はいい国である。(我が国に限らず東洋はいいところである。)神様はたくさんいて、あんまりあれこれ強制なさらない。現にわたしは、戎さんと大国さんお稲荷さんを信仰していて、三者とも深い拝礼はするが生まれついてのケチなのでお賽銭は上げたことがないのにお咎めがない。時々病気の時は、薬師さんの方を拝むことがあるが、(そうしてこの時ばかりはお賽銭をはずむが)このことについて戎さん大国さんお稲荷さんともに苦情を持ち込まれたことがない。


映画 プリシラ (ソフィア・コッポラ監督 米イタリア合作)

2024-04-21 14:49:23 | 日記

映画 プリシラ (ソフィア・コッポラ監督 米イタリア合作)

 エルビスの家庭内ドタバタなんか見ても仕方がないので行く気がなかったが、フランシス・コッポラ監督のお嬢さんが監督しているというのでなんかいいことあるだろうと思って見に行った。確かに週刊誌ネタになりそうな夫婦のなれそめから離婚までを描いているが、そんな話を描きたかったのではないと考える。

 主人公は、アメリカ人だが西ドイツ駐留軍の軍人の娘で、エルビスにあこがれて追っかけをやっているうちに結ばれる。(戦後西ドイツも日本同様アメリカに強いあこがれを持ったものと見える。)従順な新妻になるがエルビスは忙しく睡眠薬などに頼らないとやっていけない働き中毒のところがあり、さらにインドの超越思想に憧れたりする。(むかし米国でヒッピーが流行ったことを彷彿される。ヒッピーは働き中毒の反作用として出現したとみられる。)紆余曲折あって分かれて強く生きていく決心をする。(西ドイツは米国から精神的独立を果たしたのか?)

 というわけで、西ドイツがはじめアメリカの文化的支配を喜んで受け入れるというより積極的に従属するが、やがて独立してやっていこうという話と見ることができる。ポイントは、結婚した当初からエルビスに働き中毒による心の問題が発生していたところであろう。知らないことであったが、プリシラ(我々西ドイツと日本人のことになるが)はそんな文化にあこがれていたのである。

 ここで西ドイツを日本に置き換えても全く同じ物語になる。日本人もこの映画を週刊誌と同じ調子で見てはならない。教訓の詰まった映画である。アメリカ文化と一体化すると碌なことにならない。これが10年前20年前でなく今映画化されたのは、多分監督の嗅覚が今だと教えているのであろう。離れるなら今である。遅れてはならないと言いたいのであろう。

 主演の女優さんは、主人公の十数年の期間を演じて各年代のこころの状態を演じ分けて見事である。


ヨーロッパの王と大思想家たちの真実(副島隆彦 秀和システム)

2024-04-20 19:03:18 | 日記

ヨーロッパの王と大思想家たちの真実(副島隆彦 秀和システム)

当方のこころが沈んでくるとこういった「トンデモ本」を読みたくなる。ホンマかいなというようなことを大真面目に書いて、ここに書いてあることが本当だと絶対譲らない著者のその姿勢を見習いたくなってくる。わたくしの方は、普段の生活で何でもかでも周囲に合わせて波風立てないようにするのをモットーにしているのでこの著者のように生きたいと時々本当に思う。これは本の中身より著者の心意気を読む本である。

他にもきっとあると思うが、私の読んだ「トンデモ本」はこれで三冊目である。アメリカの月面着陸はなかった論は面白かった。たしかになかったかもしれない。あったらそのあと陸続と着陸するはずなのに打ち止めになっているところが怪しい。しかしどちらでもよさそうな気がする。どちらであっても今晩のわたしのおかずが上等になるとは思えないからである。

徳川家康が途中で替え玉の人物とすり替えられた論は、劇画のネタとしては面白いけどちょっと無理なんじゃないかと思った。加藤廣さんに頼んで小説仕立てにすると絶対受ける小説になるんだが、評論としては合理性に欠ける気がする。途中ですり替えたら家来とかに気づかれないで済むはずがない。(こう書くと絶対著者に怒られるけど)

ヨーロッパの王と大思想家たちの真実は、中身を書いてはいけないから書けないけど○○は実際は××の子供であるといったような話で、西洋史に暗い私は人名辞典を引きながら読んでもなかなか理解できなかった。しかし部分的には、ヒザを打ってそう言うことかと思うことがある。一か所でもヒザを打つところがあるのがいい本である。

ルターの宗教改革とは、恋愛と金儲けを自由にやらせろ(金利をとれ)という要求であったという。それでキリスト教の方も方針を変えたらしい。なるほど西洋ではこのころから急にお金儲けのために海外渡航をはじめている。東洋では恋愛はさておき金利を取ることは何の差し障りもなかった。ならば資本主義は本来東洋で発生するはずである。西洋では、金儲け解禁になったここ五から六百年の間嬉しくて嬉しくて仕方ないから必死になって資本主義の勉強をした。(その西洋型システムが今世界を席巻している。しかしいずれ東洋型システムも息を吹き返してくるのでないかと考えることがある。)

恋愛はわが国では万葉の昔から自由であった。(江戸の家制度が重い時を除いては。)自由であるものに関しては文学の対象にならない。そこらへんに一杯あるものをわざわざ読みたいとはだれも思わない。西洋では恋愛文学に大作があるのは、恋愛できるようになったのが嬉しくて嬉しくて仕方ないからだと解釈できる。この本でも取り上げられている西洋の自由思想も、実際のところは嬉しくて嬉しくて仕方ないからあのくらいワーワー騒ぐのではなかろうか。西洋の思想に関する本を読んでもしっくりこない理由が分かったような気がする。はしゃぎすぎだからだと思う。


大吉原展(東京藝術大学大学美術館)②

2024-04-18 17:51:32 | 日記

大吉原展(東京藝術大学大学美術館)②

 歌麿の絵は、女性の表情(個性)を写さないが姿勢の良さを写す。姿勢の良さならどんな絵師にも写せそうだが、気品までも写し取ってこれは歌麿の独壇場である。モデルの女性は歌麿に相対峙した時が生きている時間、至福の時間であったろうと想像できる。そんな両者の緊張関係が絵から読み取れる。今の時代でもそうだと思うが、女性(に限らないが)の美は体の姿勢にあるとされていたようである。しかも単にいい姿勢だけではなく、そこに気品を載せねばならない。

この気品を商品にするのが吉原であるようだ。これは大変なビジネスで、どんなに気品を放出しても相手(旦那さん)の心を打たなければ商品にならない。商品になり得るかどうかは、もっぱら受け手の側のこころの状態によることになってしまう。しかも、その場限りのもので売れ残ったから冷蔵庫に入れておいて明日半額にして売りに出そうとなるものではない。その場限りのものである。なるほど幇間のような場を盛り上げる職掌のヒトを必要としたはずである。ここでは旦那さんもよい心掛けでないといけないだろう。お客にはお客としての振る舞いの良さが求められたはずである。

美人画はすべて斜めに向いたお顔である。正面向きは描きにくいのだろうか。廓で宴会を大人数でやっている絵があるが、(どういう訳か女性ばかりである)大人数だと斜めばかりというわけにもいかず二人ほど正面のお顔も描いている。それが歌麿にしてひらべったい子供の描いた漫画のような顔になってしまっている。それでも絵全体からは華やかさと威勢の良さが出ている。昔は不自由な時代であったというけれど、そうとばかりは言いきれないのではないか。

広重は、夜の吉原周辺の風景を写している。その構図の取り方は西洋画の影響を受けていると思われる。版画であるから多くのヒトが鑑賞したはずである。江戸のお武家は自己保身に汲々とし、庶民は貧困にあえいでいたとのイメージを持っているがそうでもなさそうである。お武家は自己の仕える共同体以外の世界をこの絵を鑑賞することで持つことができた。庶民も同じである。両者とも単属ではなかった。こういった絵を鑑賞することで、自分の所属している共同体を合理的に批判することが可能になったと考えられる。絵画を見ることで他者の視点を持つことができるからである。

北斎の絵は洒落の効いた漫画である。ただし解説をしっかり読まないと何が面白いのか分からない。昔のヒトはこれを見て即座ににやりと笑ったのであろう。

江戸中期の文人で十六の芸事に通じて随筆「ひとりね」などの著者、柳沢き園(きの字がどうしてもワープロで出てこない)は、江戸で育って大和郡山に転封になった。吉原に相当するものがないのはいかんとして、遊郭の大きなのをわざわざ拵えたという。芸事、芸術または美は、その母体に遊郭を必要とするようである。


大吉原展(東京藝術大学大学美術館)①

2024-04-17 21:48:55 | 日記

大吉原展(東京藝術大学大学美術館)①

 見るのはおじさんばかりだろうと思っていたら、着飾った若くて姿勢のいい若い女性が押すな押すなの行列をするのに驚いた。歌麿の絵を見ていると横から若い女性が覗き込んでくるから、昔と今の美女を一遍に鑑賞することができて有難いとも思うが、折角の歌麿の浮世絵が頭に残らないで観客の女性の印象ばかりが頭に残る。これではこちらは得したのか損したのか分からなくなる。おじさんはいないわけではないが、大抵は夫人に連れられていやいや見に来た感じのヒトが多い。(この女性たちは吉原が、当時の日本文化の粋でありながら苦界であったことを認識しているのか疑問である。)さらには、高校生もたくさん見に来ている。若くして文化の香りに触れられるのは幸せなことで、きっと大人物に育つだろう。がり勉点取り虫はどうもいけない。

 歌麿は単に絵が上手いというだけはなく、華やかな女性が好きでその華やかさを写し取ることに成功した画家だと思う。(決してその女性の内面を写し取ろうとはしなかった。)技量よりも美への情熱が勝った人である。歌麿を見てから広重を見るとその差がよくわかる。広重は冷静沈着な職業絵師で、観客が求めているものを知り抜いている。さらに多分ベルリン・ブルーだと思うが濃い青色の顔料を効果的に使って𠮷原の夜の風景を描いている。北斎もそうだがまだ日本が開国していないのに、もう海外の顔料を大量に使っている。(しかも効果的に)決して当時鎖国ではなかったことがこの絵からもわかる。歌麿の絵は、たまに当方の気分がすぐれないときに鑑賞するといい。華やかな気分になって心が救われるだろう。広重や北斎の絵は部屋に掛けて四六時中鑑賞するのがいいだろう。

 江戸城大奥と吉原は、モノの消費地であり文化の発信地であったという。大奥はよくは知らないが、吉原は着物の柄から髪型まであらゆる文化の源であった。それは今の芸能界に比肩する。しかしそれだけではない。着物の製造は京都雁金屋が担って、そこは大儲けしたらしい。そこの息子尾形光琳は遊び人だったらしいが、最後に国宝紅白梅図屏風を残している。モノの生産地の経済を刺激することで、新たな別の文化の創造に寄与している。いわば一粒で二度美味しいということをしている。

 江戸時代ニ百何十年というけど、そのうちの中期の高々数十年のあいだに花魁道中や大相撲、歌舞伎の様式美を開発して日本文化の中に根付かせたのは驚くべきことである。日本のテレビ業界は戦後長い時間かけてなにかいい文化を開発して根付かせたか?軽薄で時間つぶしにしかならないゴミのようなものを大量に製造しただけである。戦後七十何年である。その間後世に残るような様式美を、我々は何も生み出さなかったように見える。勉強してモノづくりにまい進するのもいいけど、勝つことばかり考えてると結局は何も生み出さないことになる。もうモノづくりはやめにして吉原に学んで文化を作る方へ行きたいものである。