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断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む③

2022-10-12 13:47:44 | 日記

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む③

 けちん坊変人である何よりの証拠は、ほとんど全財産(当時数千万円、多分現在の価値で数億円でどうかすると10億円近いのではないか。)を鞄にいれて持って歩いていたことだと言われている。私はこれをもって変人認定するのはかなり気の毒だと思う。目立ちたいために変人を装ったというのもあるけれど、単にどう管理すればいいのかわからなかったのと、ヒトを信じなかったのと、なにより何につけても自信がないだけだと思う。決してけちん坊ではない。女のヒトに店を出させるに十分な資金援助をし、取材した女のヒトにはこれまた十分な謝礼を支払っている。しかも、だした店がつぶれても恨みがましいことは何も書いていない。

 心配性の人は、ちょっと多めに財布に入れて持ち歩く。それが巨大化して習慣になっただけではないかと思う。文筆で身過ぎ世過ぎするのは文豪と呼ばれるようになってもその心は不安なもののはずである。上って3年下って3年と言われる人気商売である。しかも、仕事をした経験は数年あるにはあるが仕事をするのは金輪際お断りと決心した身である。持って歩くカバンの中身が唯一の心の支えであったろう。

 日記にもいたるところに、本の売り上げから来る収入がいくらかを細かく記入している。それがいかに(現在価値で)巨額なものであっても、この人は明日にも人気を失い収入が途絶するかもしれないことを知り抜いていたように思う。

 小説家が不幸な最後を迎えることが昭和後半までよくあった。それは、人気商売でかつ他の仕事をしたことが無く、また他の仕事をすることができないところからきていると言われる。その最後に属する人ではないか。以後人気商売としての小説家はいなくなったと思う。人が読みたいと思っているものを提供するプロの文筆家職人芸としての文筆家だらけではないか。それがいけないわけではない。しかし、それでは時代の風を感じてそれを文に表現していることにはならないような気がする。