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断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む⑪ 辞職

2022-10-21 13:42:55 | 日記

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む⑪ 辞職

 断腸亭の前身の西遊日誌抄には明治41年2月15日に「ああ一日も早く銀行の関係を一掃し専念詩書に親しみたし。」とあって、同じような文はあちらこちらにあります。よほど早くにやめたかったようです。途中でニューヨークに転勤になるんですが、それは仕事に気が入らないことを伝え聞いたお父さんが裏から手を回して転勤させたそうで、荷風はそれを感謝していますが結局は、銀行をやめてしまいます。

 お話変わって、私はネットに載っている退職相談の熱心な読者です。資産いくら貯金いくら家族何人、ローンがどうなっている、会社で人間関係のトラブルで心病む。会社辞めてもやって行けるか。これにはフィナンシャルプランナーというひとが答えて大抵は、大丈夫です一日も早くおやめなさいあなたの健康が大事です、とアドバイスする。

 質問者は、アドバイスに感謝するコメントをしているがその通りにすると書いてあるものは無い。する気が無いとみる。質問者は誰かに自分の苦境を話してお辞めなさいと言ってほしいだけである。それを聞くことで心が楽になるのであると見えます。なぜそんなことが言えるか、辞めて何をしたいと一言もかいてないから実はやめる気が無いのだと私は推測するのです。

 荷風さんもやめたいとは言っているけど、辞めたいの声よりももっと大きな声で自分の詩文の世界に沈み込みたいと何度も言っています。辞めることが目的ではなく、詩文の世界に入ることが目的なんです。こういう人はわたしはこれから辞めるぞあんたどう思うかねというようなことを言わずに黙ってやめていくでしょう。現にそうなったようです。帳簿をつけそろばんをはじく生活が嫌だからやめたというよりも、そろばんよりはるかに大事なものがあると本人が感じていたのです。これが、今私の愛読するフィナンシャルプランナーに相談している悩みとの決定的な違いです。

 今の私どもは、なんて奴だ荷風は親の金あてにしてるんじゃないのかと思います。いかなる非難を浴びてでも、詩文の世界に浸りたかっただけであるようです。(決して詩文の世界で名をあげようとは思っていなかったようです。)親の顔を立てて銀行員やってるけど仕事をする気はないようです。個人主義とかわがままと非難されるでしょうが、おかげで今の私どもは戦前戦中戦後の人々がどんな気分で過ごしていたかを知ることができるのですから、いやいや銀行員をやるよりはずーと後の世に財産を残した人と評価していいのではないか。

 ところで明治からこの時代までは、なぜか詩文の志を立てる人がたくさんいた。のみならず終戦の玉音放送の原稿も堂々とした格調高い文体で書かれたもので、何もない時代だったと言うけれどものすごい詩文の人材はあの時代たくさん居たようです。私は、戦後日本の国力の源は漢詩文にありと進駐軍が観察して学校教育から漢詩文を取り除くようにしむけたのではないかと見ています。取り除きに成功して今若い人で詩文の志を立てる人が居なくなった。進駐軍に食生活を変えさせられたとかいういちゃもんを言ってる人が居るけれど、この漢詩文を失わされたということの方が弊害大きくないか。

 漢詩文を勉強すると、西洋の言葉をすらすらと勉強できるようになると荷風さんも言ってます。荷風さんはフランスでもアメリカでもたちどころに女のヒトと仲良くなってそれをもとに本を書いているんですから少なくとも三か国語を流ちょうに操っていたはずです。