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断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む⑫ 花柳界

2022-10-22 13:39:14 | 日記

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む⑫ 花柳界

 荷風さんはしょっちゅう花柳界にその後銀座のカフェに出入りしていた。花柳界から妻をめとって弟から義絶されために家を追い出されるも同然になった。その妻とはすぐ離婚したのであるからこのころの心の傷は大きいと思うが日記は淡々と描いている。花柳界は私は行ったことが無いしこれからもいかないだろう。今あるのかどうかも知らない。しかし多分こういうことだろうと思う。

 古代の王様は当然軍隊を養った。しかし軍隊を維持し動かすのは大変物入りだし負けるとそのまま自分の国が亡びる。なにより軍事力を握っている司令官にクーデタをおこされる恐れがあるので心配で仕方ない。そこで軍隊はあまり大きくしないでおいて、他国や自国の政敵の間に間者をいれたくなる。それだけではまだ安心できないで、外国の王様を接待して気持ちよくさせておいて紛争を起こさせないようにするとか、自国の軍隊の司令官を接待しておいて反乱を起こさせないようにするとか、よく働いた間者にご褒美の接待をするとかしたくなる。そこで接待専門の部署をたちあげた。これは一国の軍隊に匹敵するくらい大事な部署である。(これをソフトパワーというのだそうです。)

 敦煌莫高窟には、あろうことか仏さんの前で楽士が音楽を奏で踊り子が踊りを披露している壁画があります。仏さんは瞑想の邪魔だとか、ええい汚らわしいとかおしゃっていないようです、仏さんでも接待を楽しんでいたのです。これは、私たちも日常を過ごしていくときに大いに参考にすべき壁画であると思います。どうも文化が日本に入るときに何もかも生真面目になりすぎているんじゃないか。

 さて時経て王様の国が滅んだとき、その専門部署に勤める主に女性たちは他に仕事ができないので大いに困った。ちょうど王様の料理人がおいしい料理を作る以外に仕事ができないのと同じです。新しい王様が風習の違うところからきている場合はお抱えにしてもらえない。仕方ないので料理人は街にレストランを開いてその地の料理の質を大幅に上げた。同じくその専門部署の女性たちは、街に接待をするお店をたちあげて接待の質をこれまた大幅に上げた。荷風さんのように自腹で来る人もいるでしょうが、商売の取引をなめらかにするために利用するのが普通と考えられます。

 したがって、花柳界に出入りすることやそこからお嫁さんを貰うことは、レストランに行っておいしいものを食べることと同じようにいけないことではない。しかし、世の御婦人方はそれは許せなかった。うちの宿六はあっちばっかり行く。そこであることないこと悪口を言い募って花柳界を差別したと考えられます。何しろ口はこっちの方が圧倒的に多いので悪口が全部事実として受け入れられてしまった。気の毒に、この世間の感情が蔓延しているときに荷風さん花柳界からお嫁さんを入れたものだから、実の弟から義絶されてしまうことになります。世間は多分弟さんに同情であったろうと想像されます。

 お話変わって、荷風さんの衣鉢を継ぐとわたしが思っている人に山本夏彦さんがいます。大変な毒舌家ですが荷風さんと同じく江戸情緒が大好きでフランス文学にも漢詩文にも造詣深いひとです。夏彦さんは銀座のホステスは芸者の成り代わったもんだと言ってるけどあれは違うもんだ、ホステスはなんの芸もできない、と手厳しく批評されています。芸者さんと銀座のカフェとホステスとは違うものなのかどうなのか知りませんが、多分荷風さんは芸ができるかどうかはあんまり評価の対象ではなかったのでしょう。何のこだわりもなく、人生の後半には銀座のカフェに足を運んでいます。

 なお山本夏彦さんの衣鉢を継ぐ人は残念ですがもう現れないでしょう。