* 平家物語(百二十句本) の世界 *

千人を超える登場人物の殆どが実在の人とされ、歴史上”武士”が初めて表舞台に登場する
平安末期の一大叙事詩です。

第四十三句「物怪の巻」(もっけのまき)

2006-06-16 10:19:44 | 日本の歴史

    御所の”物の怪”の騒ぎに、”蟇目”を射る番人たち。岡の御所は新造で
   庭に大木も無いのに、夜、大木の倒れる音や地鳴りがして、又、二~三十人
   もの人の高笑いが聞こえるなど、不気味のことが起る。
        (蟇目=鏑矢の形の大きく、鏃(やじり)の無いもの)

      <本文の一部>

  そのころ福原には、人々夢見ども悪しう、常は心さわぎのみして、変化の物おほかりけり。
  あるとき入道(清盛)の臥し給へるところに、一間にはばかるほどの物出で来って、入道をのぞいて見たてまつる。入道少しもさわぎ給はず。はたとにらまへてましましければ、ただ消えに消え失せぬ。

  また岡の御所と申すは、新造なれば、しかるべき大木もなかりけるに、ある夜大木の倒るる音して、二三十人が声にてどっと笑ふことあり。これは天狗の所為といふ沙汰にて、蟇目の番を、夜百人、昼百人そろへて射させらるるに、天狗のある方へ向かひて射たるときは音もせず、なき方へ向かひて射たるときは、どっと笑ひなんどしけり・・

  ある朝、入道相国(清盛)帳台(寝所)より出で、妻戸を押し開き、坪のうちを見給へば、曝れたる首どもいくらといふ数を知らず、みちみちて、上になり下になり、ころびあひ、ころびのき、中なるは端へころび出で、端なるは中へころび入り、おびたたしうからめきあひければ、入道相国、「人やある、人やある」と召されけれども、をりふし人も参らず。

  「こはいかに」と見給へば、多くの髑髏(しゃりかうべ)どもが一つにかたまりあひて、「高さ四五丈もやありけん」とおぼしくて、一つの大頭に千万の眼あらはれて、入道をにらまへて、まだたきもせず・・・・・

  ・・・・・日ごろは、平家天下の将軍にて、朝敵をしずめしかども、今は勅命にそむけばにや、節刀をも召し返されぬ。心細うぞ聞こえける。

  憂き世をいとひ、まことの道に入りぬれば、往生極楽のいとなみのほか他事やはあるべきなれども、善政を聞きては感じ、悪事を聞きては嘆く、これみな人間のならひなり。

         (注)カッコ内は本文ではなく、私の注釈記入です。
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   <あらすじ> 

(1) この頃”平家”の人々は、いつも胸騒ぎがして夢見悪く、不思議な
    怪しのものが現れることしきりであった。

(2) 清盛の寝所には、巨大な妖怪が現れたり、造ったばかりの岡の御所
    では、夜になると大木の倒れる音や地鳴りがしたり、大勢の笑い声
    が聞こえたりした。

(3) あるとき、清盛が寝所から出て中庭を見ると”髑髏(しゃれこうべ)
    が無数に転がり合い音を立て、一つの大きな”頭”になって、多数の
    ””が清盛を睨みすえる。

(4) ある貴人に仕える若侍の見た夢には、厳島の大明神(平家の尊崇する)
    や八幡大菩薩、春日大明神などが現れて、””が朝敵征討の将軍に
    下賜する剣(節刀)を、今までは”平家”に預けておいたが、これか
    らは伊豆の流人・”源の頼朝”に授けようとの夢を見る。

(5) 清盛は、この話を人づてに聞いて、その夢見若侍を急いで呼び寄せ
    るが、その若侍は既にその場から行方をくらましてしまったという。

(6) 日頃は、”平家”が天下の将軍で朝敵を平定してきたが、今は勅命
    背いたので、征東将軍の”剣”も召し返されるだろう、先行き心細い
    ことだ・・・・と、人々は噂し合うのであった。

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        つまりは、度重なる”平家”の横暴には、さすが全盛を誇る
        平家の世も”末”になったものと、世人は敏感に感じ取って
        の一連の話ということであろうか・・・・・

        次の第四十四句「頼朝謀叛」へと続く・・・・・