鹽水小学校の校史沿革を見てみると、鹽水小学校は明治31年(1898)7月に現在の鹽水郵便局の場所に嘉義國語傳習所鹽水港分教場として設立され、同10月には鹽水港公學校として創立されている。大正10年(1921年)には鹽水公學校、昭和16年(1941年)には鹽水國民學校と名称を変えている。ここまでが日本統治時代の校史である。従って、悠に100年以上の歴史を持つことになる。校内にはその歴史を象徴する樹齢100年の黒板樹がある。
校内には小さな神社があったが、終戦後取り壊され孔子廟に建て替えられた。そして、そのは孔子廟も荒れ果てた形で校庭の隅に置き去りにされた。
2008年に入り、嬉しいニュースが入り込んだ。行政院文化建設委員会と台南県政府の共同出資により、神社が復元されたとのことである。修復された神社を見るために、2010年5月、久しぶりに訪問した。職員の温かいおもてなしを頂いた。神社の修復もさることながら、壁に沿って飾られていた短冊を見て、心の底から大変嬉しい思いがした。
この神社も他の校内神社と同じように児童の敬神観念を涵養せしむるために保護者会、職員および一般の有志からの寄付により建築費500円をかけて建立(昭和11年3月鎮座)されたものであった。
修復前の校内神社
修復後の校内神社
案内板
竹の短冊に書かれた訪問者の思い
校内には小さな神社があったが、終戦後取り壊され孔子廟に建て替えられた。そして、そのは孔子廟も荒れ果てた形で校庭の隅に置き去りにされた。
2008年に入り、嬉しいニュースが入り込んだ。行政院文化建設委員会と台南県政府の共同出資により、神社が復元されたとのことである。修復された神社を見るために、2010年5月、久しぶりに訪問した。職員の温かいおもてなしを頂いた。神社の修復もさることながら、壁に沿って飾られていた短冊を見て、心の底から大変嬉しい思いがした。
この神社も他の校内神社と同じように児童の敬神観念を涵養せしむるために保護者会、職員および一般の有志からの寄付により建築費500円をかけて建立(昭和11年3月鎮座)されたものであった。
修復前の校内神社
修復後の校内神社
案内板
竹の短冊に書かれた訪問者の思い