地理学者、(なんちゃって)まちづくり研究者としてできる実践は何だろうか。
「近所の元ヤンキーと遊び交わる」
「上から目線ではない地域づくりの活動に加わる」
しかし「辺野古に行って」という次元には至りえない。西成も観察者でしかない。
SDGs、ピケティ(Thomas Piketty)、アフターコロナ、人類社会のアセンション(かつてのSF映画にあったようなミュータント化とかではなくて)、、、
共産趣味者のオジサンたちは、いかにその人生経験を生かしてあらまほしき道を示せるか。
地理学者としての苦悩をこんな風にまとめてみました。
一ノ瀬俊明:(2019)地理学のアウトリーチ:環境科学との対比において. 日本地理学会学術大会,川崎,平成31年3月;(同発表要旨集,95,92-92)
一ノ瀬俊明:(2018)環境科学のアウトリーチへの提言. 環境科学会年会,東京,平成30年9月;(同講演要旨集,60-60)
一ノ瀬俊明:(2002)地理学の際に夢みたこと 第1回 この17年の想い. 地理,47-10,92-95
一ノ瀬俊明:(2018)地理学のアウトリーチへの提言 ―行政支援にもとづく事例と展望. E-journal GEO,13(1),229-235(オンライン公開)
「小生は理学部自治会委員長という立場を経験している。当時学生自治会というと、政治色や党派性が感じられて近づきがたいという人が多かった。学生大会への出席も含め、自治会活動への参加を呼びかけたとき、理学部の中では最も実社会に近い具象を学んでいるはずの地理学教室からの手ごたえが芳しくなく、これは小生には大変不思議なこととして映った。」(一ノ瀬,2002:上記の文献)