頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

アイロニー全開(仕事ができるとは)

2024-10-01 23:05:10 | 日記
「仕事ができる」とはどういう意味か。
小生的には、「仕事はできて当たり前。(管理職の立場としても、)仕事ができない人を職場で遊ばせておくことはない。」というつもりなのだが、我々は工場のラインにはりついて仕事しているわけではないから、大昔から働き方改革後みたいな働き方をしていたし、ライバルよりも尖った成果を出そうと考えて活動してきた自負はある。
結局持って帰ってくる金額だけの評価ではないか。
小生「仕事はできて当たり前ですから」

君たち、修士論文を学術誌に掲載できますか。
30年ほど前の日本の修士課程の基準。マストではないが、修士論文をもとに、査読のある学術誌に論文を一本掲載できること。現在日本の理系ではほぼ達成されているはず。一部の理工系では学部の卒業論文でさえ。
「中国で大学院生の数が大学生を上回る異例の現象、経済低迷による就職難が背景に」

「IQ130が生きづらい」
一対一には対応しないが国民のほとんどが体験する高校受験の偏差値に換算すると72程度でしかない。旧帝出身者は全員該当してしまう。こんなことが問題な時点で世の中終わってないか?

大臣「恥を知りなさい」
小学生「・・・」

「中国が反日を取り締まる姿勢を見せた。」
「高市でなくてよかったという構図ができた。」
全く同列に見える。開戦→混乱→革命がお望みなんですか?

こんな博士課程大学院生をどう思う。学部時代は語学専攻だった。優秀ではない高校生がネガティブな理由で選ぶケース多い。修士時代は人文社会系だった。修士論文はまだ投稿できていない。ハゲタカでいいから出しとけ、と何度も言った。博士課程になってからも一年ほどコンビニのアルバイト(今は学術系のアルバイトだけ)。テーマを理工系の内容に変更。当然、学部時代に学んでおくべき基礎はできていなかった。学会発表を勧めたら、学会とは偉い先生の講演を拝聴する場だと信じていた(怒)。一年後、国際誌に共著の論文を出した(筆頭である小生の連名)。新しいツールを使いこなし、学会発表も何度かこなした。昨今奨学金が採れたらしい。連名とはいえSCIの効果は絶大なのか。この年度末で三年満期となるが、筆頭の英文論文(修了条件)はようやく原稿ができたところ。投稿は今から。専攻の中間審査はすでにパス。しかし、論文が受理されないと公聴会は開いてもらえないはず。まさか、学部や修士の時みたいに、投稿は卒業後でいい、とにかく本編を提出すれば、みたいに理解してないか。永久に修了できませんよ。
最初多かったお説教も徐々にしなくなってはいったが。
人文社会系がリモセンに手を出すと疑似科学に陥る、と以前から批判していましたが、当初は典型的なそのレベルでした。さすがに半年以上言われ続けて軌道修正されました。

小生Xだけはやらない。魑魅魍魎の世界だから。ThreadsはInstagramのバックアップにしているが、Xどころではない国語力ない世界になってる。
こっちはそんな幼稚なこと言ってるつもりはない。大学で教えてるから、現実そうじゃないって知ってる。
「言いたいのはそういうことです」。
お子様がどこ目指してるかは知らんけど。
この母親らしき方は大学行った経験がないということで、入りやすい大学がいかにぬるいかもご存じないのだろう。

幸运饼干(fortune cookie)。
思ったとおりだ。1992年の初中国、1996年の初米国以来、アメリカ本土でしかこれを見たことがなかった。偽の中国文化だったというわけだ。

逆走中?



DMハガキが。YYG系みたいな名前の古本屋。新手の嫌がらせかと一瞬。



茂木さん「新自民党を、、、」
新党ブームの1993年総選挙にて、あの中松氏が看板にしてた気がする。「自民でも非自民でもない、唯一の清らかな新党」。
恩師や学生に大ウケだった。

厳しい



役立たず。時刻表の数値出してどうすんだ?


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