20世紀のうちはこのデータが公開されていなかったので、80年代前半の小生自身はどうだったのか想像するしかないが、問題は今より簡単であったとしても、受験希望者の母集団は今より多かったということで、似たような数値にはなっていると思いたい。
直前に日和って理IIに変更したことが有利だったのかはなんともいえないが、模試の判定はCとBで明確に差があったから、順当な判断だったと思うしかない。(早々に工学部の選択肢は消えてしまったというだけ。修士から行ったのでどうでもいいか。)
期間中最も高い335点を採用してみると、センター試験(共通一次)が大失敗で95点換算。よって、二次試験は240/440。約55%が安全圏ということか。自己採点はしていないが当日の手ごたえは6割だったので、あながち感覚と現実はずれていないということ。
元教員(1990-1996)として合格した皆さんの今後に期待します。