ゾルゲ事件関連の『現代史資料』 みすず書房など。 国(民)益の手前で考えたいこと その1
篠田正浩監督の『スパイゾルゲ』の製作・上映があった2003年頃、これまで、絶版状態に近かったゾルゲ事件関連の旧作の復刻が相次いだ。また、ゾルゲ事件関係の書籍は、文庫化されたものもあり、以前に比べれば、手に入りやすくなった。
日本の占領下に起きた下山・三鷹・松川事件後50年前後の頃、1998年~1999年頃に、雑誌の特集記事などもあり、当時はその周辺の関係文献を探していたのだった。読み進めていくうち、戦前の戦争忌避のための抵抗運動や、国家情報戦略のプロパガンダなどにも関心を持つようになった。その頃からゾルゲ事件関係の書籍も少しずつ、読みながら収集するようになって来たのである。気がつくと、本棚の1段分がゾルゲ関係の本で埋まりつつある。文庫本や、新書で読んだものを含めて、震災後、棚から所在不明になっているものがあるが、これはのちに追加紹介することにして、今後もこの事件の関心が枯れることは、私にはありそうにない。これまで私が関心をもって注目する棚に移動して、もう少し読みすすめていきたいものだ。
ゾルゲ関係の文献案内は白井久也・小林峻一 編 『ゾルゲはなぜ死刑にされたのか』 社会評論社 2000年 の巻末に収録した「ゾルゲ事件関係文献・資料目録」と、古賀牧人編著 『「ゾルゲ・尾崎」事典』 2003年 アピアランス工房 がある。どちらも、古書房を散策したくらいでは、収集しきれないほど、文献が紹介されている。戦後出版された、ゾルゲ事件に関わる単行本の著作だけでも、150冊は優に超えていると思われる。これに新聞・雑誌記事などを加えれば、本棚一つでは足りなくなるだろう。網羅的に、徹底的に事件を探索するのは、専門の研究者にお任せするとして、
国家とは何か、国家による謀略じみた絶えることのない戦争に違和を感じる人々は、戦争回避のため、諸活動を歴史の中にどんな足跡を残してきたのか。私にはこちらの方に関心が向く。
誰彼を愛国者・誰彼をユダ・裏切り者・売国奴と呼ぶことに違和を覚える。20世紀も終わり、東西の冷戦が新たな別の冷戦になったこと、別の冷戦を作出しようという邪悪な黒幕がより鮮明になってきたと思える時代に、ゾルゲグループの人たちを考えること。国家を超えるとは何か。
資料集的基本文献のこと
写真右端から4冊目まで 『現代史資料 ゾルゲ事件』 1、2、3、24巻
▲ 現代史資料 1、2、3、24巻 ゾルゲ事件関係巻 1962年・1971年 みすず書房
現在でも比較的大きめの公立図書館には、みすず書房から出版されていた『現代史資料 ゾルゲ事件』 1、2、3、24巻 1962・8~1971・4が備えてあるはず。(全体写真右端から4冊目まで)
第1巻は
「ゾルゲを中心とせる国際諜報団事件」 「リヒアルト・ゾルゲの手記(一)、(二)」 「検事訊問調書」 小尾俊人の解説 「歴史のなかでの「ゾルゲ事件」」 「資料解説」
第2巻は
「尾崎秀実の手記 (一)(二) 「特高警察官意見書司法警察官訊問調書」 「検事訊問調書」 「予審判事訊問調書」 「予審終結決定」 「東京地裁判決文」 「大審院判決」 「特高検察官意見書」 など
第3巻は
「クラウゼンの手記」 「マックス・クラウゼンに対する検事訊問調書」 「宮城与徳の手記」 「宮城与徳に対する検事訊問調書」 「宮城与徳に対する予審判事訊問調書」 「マックス・クラウゼン及びリヒアルト・ゾルゲの聴取書」 「西園寺公一に対する検事訊問調書」 「西園寺公一の手記」 「西園寺公一に対する予審訊問調書」 「ブランコ・ド・ブーケリッチの手記」
判決文
「小代好信・田口右源太・水野成・船越寿雄・川合貞吉・久津見房子・北林トモ・秋山孝治・安田徳太郎・菊地八郎」 など
第24巻は
「国際共産党諜報機関検挙報告」 「ゾルゲ陳述要旨」 「中間報告」 「東京都市通信局傍受に係わる発信暗号の解説訳文(一)(二) 「リヒアルト・ゾルゲ家宅捜索の結果発見したる、発信原稿・情報・資料」 「ゾルゲ警察訊問調書」 「クラウゼン警察訊問調書」 「アンナ・クラウゼン警察調書」 「ヴーケリッチ警察訊問調書」 「宮城与徳警察訊問調書」 「水野成 警察訊問調書」
「リヒアルト・ゾルゲの論文 10編」 など
『現代史資料』は、続巻も含めると、58冊ほどあり、企画・構想の段階、1962年の刊行開始から、20年以上もかけて完成した。大正末から昭和前期を中心にした国民には極秘にされた資料が数多く収載されている。値段も張り、揃えると古本でも20万円~40万円もするので、かなり強い決意がないと入手できない。「満州事変」 「台湾」等分野別に資料を網羅し、古書店でも、テーマ別に分売していることが多い。他者の解釈に委ねず、昭和史に取り組む時には、やはりこの資料集を手にすることになるのだろう。版元品切れで、絶版状態だったが、今では、オン・デマンド出版で、一部の印刷に応じているらしい。古本屋の案内にも、オン・デマンド版が広告に掲載されつつあるようだ。1~3巻までのセットは、以前から以外に安く入手できたのだが。1962年に刊行後、ほぼ10年後に出た24巻目がなかなか、見つからず、4巻揃えば2万円以上の価格で販売する古書店が多かった。ここへ来て、世代交代が起きているのか、現代史資料は、数年前に比しても、購入しやすくなってきた。月報が完備していないが、4巻揃っている古書店を発見。数十年来の探索資料を安価で入手。それにしても、古本屋さんには、公共図書館とか、大学の廃棄印のあるものが案内に見られるようになってきた。10年来誰も閲覧しなかったり、貸し出されなかった図書などが、利用されないものとして廃棄本の候補になるのであろう。書架を占領している資料類・叢書類を廃棄しているのだ。大学のレポートでも、現代史を専攻する学生でもなければ、このような資料集を利用したりはしないようになっているのだろう。ただ、地区の基幹的な公共図書館がこのような現代史の基本資料を廃棄していくのはやはり問題があるだろう。国民の知る力が、じわじわと縮小していくからだ。特化した専門研究者の中にのみ流通していく言説や言説空間などは、国民には届かないし、そう願っている輩が、腹を抱えて「思うつぼだ」と喜んでいるに違いないから。
▼ 写真 右端から5冊目は、古賀牧人編著 『「ゾルゲ・尾崎」事典』 2003年 アピアランス工房 これは、2013年1月10日の当ブログで紹介しているので、内容などは、そちらへどうぞ。ゾルゲ事件に関連した人物の輪郭が鳥瞰できる。個人年表もそれぞれに作成してある。資料も充実して、文字通り『「ゾルゲ・尾崎」グループ事典』なのである。共同作業ではなく、定年退職後の個人による単独著作であることに驚愕する。著者の平和への熱情がもたらしたものであるだろう。私はこの本で、ゾルゲ事件問題の関心に再び火がついてしまった。
▼ 全体写真 右端から6冊目は 白井久也編 『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』 2007年 社会評論社 定価8190円
▲ 第一部が「米国下院非米活動調査委員会の全記録」 と第二部 「ゾルゲ事件」報告書 連合軍最高司令官総司令部(GHQ)民間諜報局(CIS)編」 の2本の記録集。これに、第一部の白井久也の解題 「歴史資料として利用価値の高い吉河検事証言」 と 渡辺富哉の証言分析 「吉河光貞検事報告と事件関係者の証言」 、および来栖宗孝の証言の分析 「ウィロビー証言の意義とその限界」。第二部の解題は来栖宗孝 「米国の国益擁護と対ソ戦略の形成に利用された「報告書」」。
これらは、すでに日露歴史研究センターによる 『ゾルゲ事件関係外国語文献翻訳集』 に掲載されたものであるが、会員制の少部数雑誌であるため、単行本化され、新たに巻末に14頁の人名・事項索引が付された。本来日本における事件であったゾルゲ事件が、米国の国益と対ソ冷戦政策のため利用されたことがわかる。
▼写真右端から7冊目は、『ゾルゲの見た日本』 みすず書房 2003年 2600円
▲ 『ゾルゲの見た日本』 みすず書房 2003年 これは 『現代史資料24』のゾルゲ事件4からの再録である。ゾルゲの日本についての研究論文。ほかに、ゾルゲグループが打電した秘密通信36本。と『現代史資料1 ゾルゲ事件1』に収載された小尾俊人の解説論文「歴史の中での「ゾルゲ事件」
▼ 右から8冊目は 尾崎秀実 の論文集 『尾崎秀実時評集』 平凡社 2004年 「東洋文庫724」 本体2800円
▲ この『尾崎秀実時評集』に収められている論考は戦前に刊行された『嵐にたつ支那』1937年、『国際関係「から見た支那』 1937年、『現代支那批判』1938年から収載されている。このほか尾崎秀実の遺書、尋問調書、略年譜、米谷匡史の長文の解説など。尾崎秀実著作集が絶版のまま、入手しがたい状況にあったが、これにより、1930年代、朝日新聞社の上海支局の記者であった、尾崎秀実の思考と状況認識の一端が知られる。
世界内戦化の進む1930年代と現在は舞台と策謀家の配役は違うが、陰謀とプロパガンダに充ちた世界であることは、誰の目にも明らかになってきたようである。
みすず書房の『現代史資料 ゾルゲ事件』は、戦中期のゾルゲ裁判を中心にした記録が中心になるので、それ以外・それ以後では、ソ連からロシアに変わってからもたらされた、情報公開後の資料が重要なものとなってくると思われる.
▼ 右から9冊目は 尾崎秀実 『ゾルゲ事件 上申書』 2003年 岩波現代文庫 定価945円
▲ 尾崎秀実 『ゾルゲ事件 上申書』 の内容は尾崎秀実の「上申書」 (一) (二) 「検事訊問調書」 、小尾俊人の「解題」 これらは、みすず書房刊の『現代史資料2 ゾルゲ事件2』から収録。このほか尾崎秀美略年譜。 巻末に、松本健一の解題 「パトリオットの精神の軌跡」が掲載。
尾崎のエートス(心性)をどうとらえるか。上申書(一)から(二)の変化の中に、パトリオット(郷土を愛するものー愛国者)の変化(深化)を読むのか、監獄の中での偽装転向と読むのか。あるいはもっと別様な次元で、精神史を捉え直す尺度は提起できるのか。
▼右から第10冊目は 尾崎秀実 『現代支那論』 原著1939年 岩波新書10 写真は、1982年、大判で復刻された、特装版 定価800円
▲ 尾崎秀実 『現代支那論』 は昭和14年東京帝国大学成人講座で行った連続講演の速記を基に書き直したものと前書きにある。中国社会の歴史的特徴を「封建的諸要素の濃厚な残存」を指摘する。官僚組織、地主、郷神、軍閥、秘密結社、財閥などの分析をすすめる。またこれに対する列強資本の動きをもとらえ、新秩序の構想を提示する。1939年の著であり、用心深く、言葉を選びながら、論を進めているが、戦後世代の私が読むと、「東亜新秩序」構想は、ほんとうに言外の意を汲んで、解釈せねばならず、とまどいを隠せない。
以下続く