一日一幸

2011年6月乳がんステーⅣ判明。現在ホルモン療法とゾメタ投入中。2014年2月小脳の手術をしました。

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免疫力の低下

2013-04-29 | 乳腺外科以外の通院事情
 唇がただれて痛い。
最初はいつもの荒れから始まった。
「風邪熱」ち言っているが、小さいときから風邪をひいても熱が出ないで、唇に出る。
小、中学生の時は唇をはみ出して赤くはれ、タラコ唇のようだった。
先週、歯医者に行ったら、歯科衛生士さんが気を使ってくれて、歯の掃除の時も「大丈夫ですか?」とやさしく接してくれた。
こちらこそ・・・血が出ちゃったりして、迷惑をかけてしまって・・・
 その時の衛生士さんの言葉で「免疫力が下がっているのですね。」にドキッとした。
免疫力が下がる、という言葉は抗がん剤を投与していた時、いやというほど聞いていた。
常に心配して、人ごみに気を付けて、免疫力が下がっているときは気を付けなければ、とびくびくしていた。

 すっかり元気になったつもりでも、やっぱり敵の影は常に付きまとう。
今まであまりただれたことのなかった唇にオロナイン軟膏をつけながら、「気をつけねば」と心の中で繰り返す毎日。
 無理は禁物だ、魔の6月を乗り越えれば、その先もやっていけると思う。

 牧伸二さんが亡くなったニュースを見て、かつて近所のショッピングセンターに来ていたことを思い出した。
 もう25年くらい前。ウクレレを抱えて漫談を店先でやっていた。地元のそんなに大きくない店。ウクレレも声もテレビそのままだった。子供をあやしながらちらっと見た。
申し訳ないけど、聞いている人はすごく少なかった。落ちぶれちゃったのか~と悲哀を感じたが、コツコツと営業をしていたのだろう。色々な賞を受賞していることに驚いた。
ご冥福をお祈りします。
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転移、再発の治療法を聞いてみた

2013-04-25 | 乳がん治療(転移や再発関連)
 本日は最初にマンモをやってその画像を持って診察だった。
この前やった時に何か怪しいものがあったからか?
 本日のマンモは、新人さんらしい人にベテランさんがついて教えていた。
「大胸筋が逃げているわよ。」などと言いながら、胸の位置合わせなどを行っていた。
昔の機械に比べて痛くないので、何をされても許せる気がする。

 診察では、その画像を診ながら「エコーをしてみましょう。」という流れになった。
「もしかしたら、手術のツレが写っているのかもしれないけど・・・」
といいつつ、クリクリ動かしていた。
結果
「やっぱり攣(つ)れているのでしょう。」という結論に落ち着いた。
上着を着ながら、質問してみた。
「もし転移していた場合、どんな治療をするんですか?」
「場所によって違います。」
つまり、
肝臓だったら、抗がん剤
肺に少しだったら手術もありうる
骨の転移が増えたら、別のホルモン剤
だそうだ。

そういうことにならないように祈るが、
なんだかモヤモヤが晴れたような気がした。
ついでに唇のタダレが気になると話したら、それは気候などに関係しているのでしょう、ということだった。
自分はまだ大丈夫らしい。

最後はお決まりのゾメタ点滴だった。
本日は少々気持ちが悪かった。早く寝よう。
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週休2日のはずが仕事でした

2013-04-20 | がん治療に関わる日常生活
 参観日なため。
自分は授業はないが、まあいろいろある。でも、仕事はたっぷりできるから、溜まった仕事はサクサクできる。
そういえば、昔土曜日にも学校があった時のほうが「ゆとり」はあった気がする。
どこで間違っちゃったのだろう。今の子供のほうが忙しい。

 職場は男女半分ずつ。年齢は、50代以上と30代以下がくっきり分かれている。
 休憩時間、ちょっと若い人と立ち話。
「あたしさあ、胸が張っていたいんですよお」
「医者には、乳腺症だから大丈夫って言われているんだけど・・・」
と、彼女が言う。
「それは危険だよ。私もそういう感じだった。同じだよ。」と私。
最終的にマンモを受けた後、乳腺外科でも診察を受けてみるということで終わった。微妙な症状には早めの対処が大事だね。
それにしても、母乳をあげると乳がんにならない、という言い伝えを信じている人がいるとは・・・
しかし、こういう話でまた1人の役に立ったかなと満足している。
 話している間、脇を男性が通り過ぎる。でも、こっちは平気。聞こえるくらいの声でしゃべっていたと思う。
 もう、乳がんという気分ではなく、骨折が治った、程度になっちゃってる。でも、自重しよう。1年9か月前迷惑をかけた人がたくさんいるのだから。

 ようやく仕事の勘が戻ってきたかもしれない。足は着圧ソックを履いてから浮腫みが少ないのもうれしい。
ついにまたお給料がもらえたのもバンザイである。苦労して毎月給料をもらう生活が復活した。今度は挫折するのはご免。

ただ、疲れが内臓に出ているらしく、唇がただれているのが残念。連休で疲れを取りたいものだ。
せめてバリィさんクッキーでも食べてエネルギーを蓄えるさ。




同病の元同僚と会う

2013-04-13 | がん治療に関わる日常生活
 先日、研修会で久しぶりに会った元同僚が、昨年乳がんで手術したことを教えてくれた。
「病気で休んでいると聞いたんですけど・・・」と言われたので
「乳がんで1年9か月休んだ。」と打ち明けたら、実は自分も乳がんだったのよという答えが返ってきた。
しかも去年の秋に手術したらしい。 3か月の休職で復帰したとのこと。
「良かったじゃない。早く復帰できて。」と言ったら、また今年の秋に再手術をするのだそうだ。
 最初に手術をした結果、断面にボツボツと散らばって残っていたとのこと。
部分摘出だったのが、今度は全摘出になるのだ。私は、若いからまた胸が再建できるよ、と言ったが彼女はしないかも知れない。
 それより、残っている部分が取りきれるか、転移していないかなどのほうが心配なのに違いない。お子さんもまだ小学生か、せいぜい中学生のはずだ。
 「ハーセプチンをしたほうがいいですか?」と尋ねられたので、あ、ハーツープラスかと気づいて、
「効くらしいから、絶対したほうがいいよ。」とこれはちょっと力強く言っておいた。この返事は、すこしは役に立ったかな?
 以前抗がん剤をしていたのか、今継続しているのかわからないが、ウィッグを装着しているとも言っていた。
 ちらっと見たが、以前の彼女の髪型とあまり変わりなかった。結構なじんでいる。ウィッグをつけて仕事にも復帰して、頑張っている人が、ここにもいた。自分はヘタレだったので、ある程度伸びるまではダメだと判断した。彼女は強い。
 そしてまた手術する。
 不安はあるだろうが、自分のように2年近くなっても復帰できるという例があるのだから大丈夫。
また、来年、あるいは再来年、「お互い良かったね。」と言って会えるようにしようね。と心の中でつぶやいた。

 1年以上休むほどの乳がんになっても、また立ち上がれる、という希望を持った人が一人でもいれば、自分の復職も意義があったのかな、と思ったのだが、どうだろう?
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悲壮感

2013-04-11 | 仕事関係
 さすがに連日の勤務状態が響いたのか、疲れが出てきたようだ。
股関節が痛いのは、やたら歩き回るせいか・・・
 それにしても、年を取ると体がついていかない悲しさよ。
 まったりとできない雰囲気が充満している。
どうやら昨年も1人やめたらしい。
病気ではなく、精神的に追い詰められてと聞いた。
 年々精神疾患で休む人が増えていくのはわかる気がする。
みんな余裕がないから
「なぜ遅い」とか「できていないのか」ということを、目が語っている。
経験なんて何の役にも立たない。
 パソコンの操作ができない人は役に立たないのだ。
手書きでは負けないぞ、と言っても今やそれを生かす場がない。
たかがPC、されどPC。
 また手書き復活…とはならないのか。
このまま「つかえねえ」と言われて終わるのか?
 30数年前に就職したときには、経験が役に立つことを信じて疑わなかったが
それは今や単なる幻想で終わることになるのかもしれない。

 それでも良いことはある。
 昨日は一緒に今の職場に来た青年と1時間以上廊下で立ち話をしていた。
彼も、どちらかというとまったりとしたタイプで、要領よく立ち回れるタイプではない。
でも、真面目で一生懸命仕事する。見えないところで頑張るタイプだ。
 でも残念ながら、見えるところで仕事ができますという人のほうが優勢な仕事場では
良さを生かし切れていないようだ。
自分と同調するものがある。
 1時間後、廊下も暗くなってきたので、最後に
「話したくなったら、手のすいているときに話しなさいよ。助けにはならないと思うけど、話せば少しは楽になるでしょう。」
と告て別れた。
 年寄のできることなんて、話を聞いてあげることしかできないしね。
 

腫瘍内科を設置して欲しい

2013-04-09 | 乳がん治療(ホルモン治療)
  今のところ、1か月ごとの血液検査では異常なし。
それはそれで、いいことなのだが、大丈夫ですね。ではお薬を出します。また1か月後に会いましょう・・・という繰り返しである。主治医はやさしく丁寧に診察してくれるから、何の不満もないのであるが、なんとなく「もういいんじゃないか・・・」という雰囲気が漂っている気がする。
 先日、おもに薬物治療を含む担当する腫瘍内科の話題がネットに載っていた。
 外科と放射線科と腫瘍内科が役割分担を行い、密接な連携を取り、チームとして最善の医療を行うのが理想だそうだ。
 腫瘍内科医の役割のうち、ああこれがいいと思ったのは「薬物療法」についてである。これが本来の役割なのだそうだ。
もちろん抗がん剤治療にも関わるが、ホルモン療法についても関わる。
最先端の情報と、専門家としての知識と、患者の価値観に基づいて最適な薬物療法を選択してもらえ、安全かつ確実に実施してもらえるなら安心だ。
 そうまったら、診察が空虚な物(医師にとっても、手術後はおまけみたいなものかもしれない)と感じることはないだろう。

 腫瘍内科医の役割には他にも、「がんに伴う症状を緩和する」「治療に伴う副作用を軽減する」「次々に開発される新薬の有効性や安全性を評価する」「がん医療のコーディネート」などがある。こういう方面も充実されると助かる人は多いだろう。

 ただし、医師数はまだ少ない。実際自分の周辺の病院には腫瘍内科はない。ぜひお医者さんを増やしてほしいと強く思った記事だった。

なかなかハードだぜ

2013-04-08 | 仕事関係
 朝7時出勤。自分は近いからいいけど、40分~1時間かけて通勤する人は超大変。
準備やら、点検を行って式を挙行。さまざまな名前が次々と呼ばれて、当然のことながらみな元気いっぱい。素直な「はい」が次々に聞こえる。
 保護者席はというと・・・両親そろって出席する家族が多いので、明るいスーツのお母さんと、ダークな色のスーツのお父さんが渾然一体。
したがって、保護者席は華やかな、という景色ではなく、落ち着いた色合いに染められていた。
 呼名が終わると帯出するお父さんは、その足で仕事に向かうように見えた。わが子の晴れ姿を見て、満足していただけたに違いない。 
 決して楽な3年間ではないだろうが、強い気持ちを持って、3年後の卒業式を明るく迎えて欲しいと願うばかりである。
 もう桜は散った残念な状態ではあったが、記念写真を撮影する姿があちこちで見受けられた。

 自分と言えば、やはりというか・・・担当として出す書類がパソコン作成になっている。
まず、どこのフォルダーに入っているかから始まって、あれ入力できない、とかエクセルなので数式壊さないかなどの心配事が満載。
あ~  やっぱり手書きのほうが・・・いいよ~とグチを言ってみる。(言ってみただけ)
 てな塩梅で、職場を出たのはp.m.8:00だった。12時間勤務とは、なんと働くことか と自分をほめてみる。
 おかげで、せっかく入れてもらった歯医者の予約をまたまた変更せざるを得なかった。
 今度の予約はp.m.7:30。今度こそ行けるはず・・・・だ

あ、今日から万歩計をつけ始めた。腰にクリップでつけるタニタ製。
なんと10442歩。
仕事だけで10000歩を超えるんだ。
楽勝~~なんちゃって
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病気の話で盛り上がるようになってしまった

2013-04-06 | 仕事関係
 仕事復帰して1週間。ようやくの休日・・・かと思いきや職場から電話あり。まったく時間のけじめのない職場だ。ブラック企業という言葉があるけれど、ブラックさでは負けないぞ。(企業じゃないけど)
でも、この件は上司にお任せ。担当を今年変わったばかりで、よくわかっていないのだから文句言われても困る。
そんなこんなで、休日の楽しい気分はだいなしだ。

 昨日歓迎会があったが、新しく来た人は20歳代3人、30歳代3人、50歳代5人。予想通り円熟味(年をとっているともいう)を増した方が多い。
昼休みでの会話は睡眠時無呼吸症候群。なんと3人の男性が寝るときに器具を装着して寝ているということだ。
快適に眠れるという人が1人、ちょっと苦しいかな、という人が2人。
その話題の最後に
「あれは1週間に1度洗わなくてはいけないのだが、面倒くさい」という結論。
中には2か月に1度しか洗わない人もいて、「それじゃあ、かえってカビが増えて不健康だ」と言われていた。

 ちなみに、別の日に若い人との会話で、集金のお金を預ける場所はJAなのだが、自分たち熟年組は「農協」「農協」と言ってて通じると思ったら、彼らはぽか~んとしていた。
「もしかしたら、農協を知らない?」と聞いたら、案の定知らなかった。

 あ~あ、昭和は遠くなりにけり。
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この日を迎えられるなんて夢のようです

2013-04-04 | 乳がん治療(ホルモン治療)
 くさいセリフだけれど、今日の診察で主治医に行った自分の言葉そのままである。
大きな腫瘍を抱えて、怒涛のような抗がん剤治療。すぐに治療開始をしたほうがよい状態だったのに、「仕事の区切りをつけないと休めないので、もう少し待ってください」という患者に接する先生はどう思っていたのだろうか?
 そして、今回はCTもマンモも気になるところはないらしい。
いつものゾメタ点滴とリリカカプセルおよびマグミット錠をもらうことで終わった。
今のところがん細胞はおとなしくしているようなので、このまま眠っていてくれと願うのみだ。

 今日の診察は「女性科」で行った。婦人科と乳腺外科が一か所にある。ピンク色中心の待合室に静かにBGMが流れている。
ここでがんの宣告を受けた。だから旦那さんやお母さんぽい人と一緒だったりする。
 今日は自分以外で1人待っていたけれど、あまり凝視はしなかった。お互い本を読んで知らんぷりしていた。きっとあの方も「この人はもしかしたら、重大な宣告をされるのかしら?」などと思っていたかもしれない。
 
 薬局で薬を買った時に、薬剤師さんが「この後お薬を変える予定がありますか?」と聞いてきたので「アリミデックスからフェマーラに変えました。」と答えた後
「もしこれが効かなくなったら、後は何がありますか?」とこちらから聞いてみた。
「アロマシンがありますが、フェマーラが一番効くんですよね。」という答えだった。
いうなれば、フェマーラを飲んでいれば一番良いということなのだろう。ホルモン剤の違いについてはもう1つ理解できていない自分は、主治医の支持する薬と検査結果を信じていこう。

 今のところは家で休んでいた時のエネルギーが力を発揮している。
これから、疲れも出てくるので、無理をしないでコツコツやっていくつもりだ。1日1日が勝負である。
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65歳定年制の行く末は?

2013-04-03 | がん治療に関わる日常生活
 明日、この前の検査結果をもとに診察を受け、ゾメタを点滴してもらう予定の日だ。
午前中は仕事で、午後に病院に行く。
仕事→病院の流れは久しぶりだ。
 仕事場を出てくるまで5分。こういう時は、近いことを感謝している。
 暑くて汗をかきかき診察・・・ではいやだなあ。
でも、採血はスムーズにできそうだ。

 ドックを夏までにはしなくてはならないので、その病院も決めねばならない。
 脳ドックも受けたいけれど結構値が張り、補助金があってもなかなかのものだ。
 本当は仕事に集中しなければならないが、体のこともあり、あれこれ考えなくてはいけないのがもどかしい。

 復帰してからは周囲の50歳以上の同僚が「実はこういう病気で・・・」といろんな病気を打ち明けてくるので、自分だけじゃあないという妙な安心感を持ってしまう。病気の種類は、千差万別である。
それにしても、大なり小なり病気な方が多くて、テレビなどでよく拝見する「元気な90歳」は我々の職場では無理じゃあないか、と悲観的になる。
 職場は50歳以上多数で40代と30代少な目で20歳代がまた増えているといういびつな年齢構成なので、世代のギャップは激しい。
若い人に仕事が回ってしまう、という現象は避けられない現実だ。
 65歳定年制は、日本を明るくするのだろうか?