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静かの海

この海は水もなく風も吹かない。あるのは静謐。だが太陽から借りた光で輝き、文字が躍る。

ホーキングとヒューム

2010-12-19 17:07:01 | 日記


(一)
 手もと不如意なのだが最近2冊買った。村山斉著『宇宙は何でできているか』と佐藤克
彦訳の『ホーキング、宇宙と人間を語る』である。後者は2011年1月5日発行となっ
ているのに買ったのは2010年12月16日である。発行日前に本を買ったのははじめ
てである。

 村山氏は「『宇宙の根源』はかつて哲学者たちの考えるテーマでした。しかし、・・・
いまやそれを科学が解き明かそうとしているということが、よくおわかりになったと思い
ます」と最終章で書いている。
 ホーキング博士は世界・存在・創造主などについての疑問について、「これらは伝統的
な哲学の課題ですが、現代において哲学は死んでいるのではないでしょうか」(第1章の
冒頭)と語っている。
 どうやら「科学者」、とくに物理学者の一般的見解らしい。かつてマルクスは、哲学の
目的は世界を解釈することでなく変革することだと語ったそうだが、いまや哲学はすっか
りご用済みになり、物理学が世界・宇宙を解釈するようになったらしい。フランスの教育
は今でも、高校卒業までに哲学は必修となっているのだろうか、だとしたら、今や時代遅
れも甚だしいということになる。
 もっともホーキング氏は、そう言いながらこの書でご自分の哲学をつくりたいと思って
のではないか? 佐藤氏もそのうち新しい哲学を創設しようと考えていらっしゃるのでは
? 新しい解釈に基づく・・・穿ち過ぎか。 

 それはさておき、私は先日(11月13日)、「宇宙創造に神は要らない」という題で
ブログに投稿した。その冒頭で佐藤氏の文の一節を紹介した。それは、ホーキング博士が
「宇宙の創造者は神ではない」と述べ向こうで話題になっているという佐藤氏の説明であ
る。実はそのとき、ホーキング博士が何時どこで発言したのか知りたかった。今回、佐藤
氏訳のこの発行日前の著書を読んで納得がいった。この本でホーキング氏はちゃんとその
ように書いているのである。いつもそう思うのだが、西洋人はたいへんだなと。何かを考
えるとき、まず神と対峙しなければならないなんて・・・。

(二)
 とりあえず村山斉氏の『宇宙は何でできているか』を読んで感じたことを少しばかり。
 まず、日本の科学者たちの意気込みの高さに感心した。村山斉氏によると、宇宙や素粒
子の本を読み知識を深めることは「日本を豊かにする」ことになるとのこと。それは経済
的な意味もあるが、心、精神、文化の豊かさをも含めてであという。なかなか説得力があ
る。だから、韓国人がそれを行なえば韓国が豊かになるというのも道理だろうと思う。地
球上の人間がみんなそうすれば、世界の国がみんな豊かになる。 
 
 もう一つわかったことがある。物理学だけでなく自然科学一般だろうが、これらの研究
は理論と実験があざなえる縄のように絡みつきながら発展しているのだということ。ある
学者が新しい理論を生み出す。するとある学者がその理論を実験で証明してみせる。それ
が優れたものなら、時間の前後はあるにせよそれぞれにノーベル賞が与えられる。その経
過がとても分かりやすく説明されていて納得させられた。
 そして思ったことは物理学はまるで飛んでゆく矢のように、まっすぐに真理に向って進
んでいるのだなということ。人間の行なうことだから時に間違いや迷いがあるが、結局は
正しい道にもどり、「謎が解明される日も近ずくに違いありません」という確信に結びつ
いているのだということ。
 
 その矢はまっすぐ飛ぶのだ。その飛ぶ矢の尖端にいる人がノーベル賞受賞者だ。誰もが
それを目指すのだろう。同じ発見をしてもその発表は日本語では駄目だ。発表が一日でも
後になれば、尖端にいたことにはならない。
 古代の哲学では、たとえばストア哲学のように、すべて世界は循環過程にあると考えた
ものもある。歴史は一直線に進むというのはいうのは、中世以降の西欧の思想だと見ても
いい。それは進歩思想に繋がる。循環思想はもう「死んでいる」のだ。
  私は前に「進歩を疑う漱石」という題で投稿したことがある。疑っているのは別に漱
石だけでもないのだが。もし「進歩は悪だ」という思想に立ち、それを糾弾するような時
代が来れば、ノーベル物理学賞受賞者は軒並み賞を返上しなければならなくなるだろう。

 文学賞や平和賞は進歩には関係しない。30年前の文学が今日の文学より進歩している
とか、30年前より平和思想や運動が進歩しているとか、そんなことは普通考えられない
。進歩・退歩の物差しでいえば、むしろ退歩している場合だってある。平和賞も長い歴史
があるのだから、もうとっくに世界は平和になっていてよい。だが一向に平和にはならな
い。平和賞をもらった大統領が何万もの軍隊の増強を行なうのである。まっしぐらに飛ぶ
矢などではない。まっすぐ飛ぶどころかブーメランのように逆戻りして返ってくる。

 物理学はまっすぐに進む、「日本を豊かにする」ために? 核兵器を作ったのはアメリ
カだが、戦後アメリカはいっそう豊かになった。日本は原爆を落とされてその結果豊かに
なった? 世界第二の経済大国になったではないか。
 
 なぜ、今でも毎年世界のどこかで鉱山の崩落や火災が起きて人々が死亡したりするのか
。世界の貧困は政治のせいだということはできる。ホームレスや自殺者の増加はどうか。
鉱山での落盤や火災は? 地震や洪水、津波などは・・・? 私はそういうことへの対策
こそが日本を富まし世界を豊かにするものだと思うのだが。

 (三)
 ホーキング博士にかかるとプラトンもアリストテレスも形なしだ。だが彼がこの書で唯
一賞賛している哲学者はヒュームだ。私の読み落としがあるかもしれないが。
 「イギリスの偉大な哲学者デイヴィッド・ヒューム」と書き、さらに「ヒュームは著書
の中で『私たちは現実が本当に実在していることを信じるに足る、道理にかなった理由を
持たないが、それでも私たちは現実が真実であると思って行動する以外に選択肢がない』
と語っています」と述べている。
 残念ながらヒュームのどの本のどのへんか書いてない。多分『人生論』のどこかだと思
うが、ちょっとぐらいでは私には探せない。そのうち時間をとって探すしかない。ホーキ
ング氏のこの本はヒュームの哲学的見解を現代物理学の成果をもとにして裏付けようとし
ているようにも見える。もう少しじっくり読んでみなければ・・・何しろ手にしたばかり
だから。

 少し古くなるが2005年、イギリスのBBCラジオが、20人の哲学者の名あげ、な
かで最も偉大な哲学者は誰かというアンケートを視聴者からとった。3万4千人の応募者
があったそうだ。順位は、1、カール・マルクス(27・3%)、2、ヒューム(12・
6%)、3、ウィトゲンシュタイン(6・8%)、4、ニーチェ(6・5%)、5、プラ
トン(5・7%)、以下略。

 私の記憶も古くなって曖昧だが、このBBC放送はずっと以前にも同じようなアンケー
トを行なったと覚えている。そのときもカール・マルクスが1位だったと記憶している。
日本では考えられない。マルクスが哲学者だと思っている日本人もあまりいないだろう。
それよりももっと考えられないのはヒュームである。たしかにヒュームはイギリス人で
ある。だがBBCの聴取者がそんなことで依怙贔屓することはないだろう。
 ホーキング氏はこのヒュームを評した文の直前で「アイルランドの哲学者ジョージ・バ
クリーは精神と観念以外には何物も存在しないとまで言いました」と書き、このバークリ
ーの発言に対しサミュエル・ジョンソンが大きな岩を蹴飛ばしながら「ほら、彼の主張は
間違いだろう」と言ったというエピソードを紹介している。
 夏目漱石は『文学評論』のなかで、18世紀の哲学者としてロック、バークレー(ママ)
、ヒューム3人の名を挙げ順に論じている。それぞれが面白いのだが、ヒュームについて
の書き出しはこうだ。「ここにスコットランドからデヴィッド・ヒュームなる豪傑が出て
来て研究に一層歩を進めて遂に心も神も一棒に敲(たた)き壊したのは痛快の至りである
」。いやー、漱石の文も痛快の至りである。

(四)
 古代のある思想家がこんなことを言っていたことを思い出す。
 ある人々が宇宙の広さについて研究して発表したり、さらに他の人たちが無数の宇宙が
あると主張するが、これらは狂気の沙汰である。この宇宙の内部に存在するものが全部す
でにはっきり知られてしまったかのように、この宇宙の外に出て行き、その外部にあるも
のを調査するというようなことは、狂気の、純然たる狂気の所業である。それはまるで、
自分自身の寸法も知らないものが、何かある物の寸法をとることができるというようなも
のだ・・・。

 ホーキング博士がこれを聞いても、昔の人の言いざまだと言って気にしないとは思うが
、古代にもホーキング氏のように言う人がいたらしいとは驚く。上記の発言をした人は、
宇宙の外のことは当面どうでもいいから、足下の地震や洪水や火山対策の研究をしてくれ
よと言っているような気がする。



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