静かの海

この海は水もなく風も吹かない。あるのは静謐。だが太陽から借りた光で輝き、文字が躍る。

教育は芸術?

2012-07-26 22:38:07 | 日記

(一)
 野坂昭如の「七転び八起き」連載135回「いじめ」を読んだ(12・7・17、毎日)。こ
の野坂という人はいつも優しい分かりやすい文章を書く。気取らない素直な文章であ
る。
 ガキ大将について、彼は、ガキ大将を世間は求めつつ、同時にその存在を許さない
という。ご自分の体験によるものである。かくいう筆者は「ガキ大将」に遭遇したこ
とがないので、なんとも言いようがない。ついでに言うと、宇宙人にも遭遇したこと
がない。
 野坂氏は、偏差値教育が盛んになり、その反発のあらわれとして、顕在化したと言
われたのが校内暴力だと。偏差値などという言葉はいつできたのだろう。われわれの
世代が上級学校を受験するにしても、偏差値はおろか、受験する学校の試験問題さえ
見たことがなかったから、どんな問題が出るか、皆目わからず、闇雲に受けたもので
ある。学校が卒業生の合格者名や合格者数を発表することもなかった。学友の受験・
合否は噂で知るだけ。もちろん予備校などはなし、週刊誌が毎週のように大学や高校
のランク付けをするなど、考えも及ばない珍事である。上級学校を受験することは、
いわば私事で秘め事であった。だから合否を学校に知らせる必要もなかった。
 戦後の新制高校に「進路指導」というものができたことに驚いたことであった。

(二)                                                                     
 野坂氏は言う「いじめは、学校や教育委員会のことなかれ主義、隠蔽体質、教師の
能力低下と関係する」と。テレビのコメコメンテーターなどは、嬉しそうに、あるい
は誇らしげに主張していることに似ている。カメラに向って座っている人たちは、割
合気楽にものが言えるテーマなのでくつろいで楽しそうだ。言っている内容は、その
あたりの井戸端会議(あるとすればのことだが)での、おかみさんたちの水準だ(失
礼)。
 だが野坂氏はそのあと続けてこう言っている「だが学校だけが悪いわけじゃない。
いじめが表面化するたび、学校側の対応は問題となる。これは子供をとりまく環境す
べてに責任がある」。そして親の責任も問う。教育は学校と塾に任せ、食事と寝床を
与えて良しとする」と手厳しい。
 あるコメンテーターが、「日教組はいじめの問題をどう考えているんでしょうかね
」という別のコメンテーターの発言に対して、「日教組はその問題には何も発言はし
ていない」と答えていた。日教組は毎年全国教育研究集会を開いているし、県や市の
段階でも教研集会を開いていることは周知のことである。新聞でも、研究会の内容も
含めて報道されてきた。「なにも発言していない」などとはあり得ない。しかもそれ
に誰も疑問を呈さない。これでは井戸端以下である。そういう疑問があるなら、現場
の教師を呼んで話を聞けばいいじゃないか。そもそもワイドショウーは、「労働者」
などの意見は聞かないのだ。これもあるワイドショウーで、ある人(国会議員だった
と思うが)の発言が紹介されていた。その人は、教師は労働者ではないと明言してい
た。労働者の定義は労働法(労働基準法、労働組合法など)で明確に定められてい 
る  。職業の種類を問わず、賃金、給料、そのほかこれに準ずる収入によって生活す
るものを指す。国会議員ともあろう者が・・・しかし、百も承知での発言かも知れな
い、この言葉が政治的に使われたことを思いだす。 教育委員会というのは戦後でき
た。戦前、戦後もしばらくは視学である。内閣総理大臣の任命だったのか県知事の任
命だったのか、それは知らない。とにかく教育界では神様みたいに偉かった。戦後に
できた教育委員会は選挙制だった。一般有権者の投票によった。だから政治行政から
の独立性が高かった。だが選挙制は長続きしなかった。自治体の首長による任命制に
変わった。激しい反対運動が起きたがそれは押しつぶされた。任命制になれば、教育
委員がどちらを向きたくなるか、大方は推測できる。「ことなかれ」は最初から目に
見えていた。時の政治権力がそれを期待して反対を押し切ったのは明らかである。そ
の教育委員が「ことなかれ」だと批判するコメンテーターもことなかれ主義に見えて
仕方ない。
 この任命制教育委員会制度のもとで、真っ先の行われた「教育改革」が、学習指導
要領の事実上の法制化である。それまで「試案」とされたものが、強制力を持つもの
とされた。教育現場の学問の自由、教育の自由は失われてゆく。今日では卒業式で教
頭が教員の口の開け具合を点検する時代になった。私の知人は、ある有名な私立の進
学校(高校)の教師だった(数年前に退職)。毎週、校長に授業の内容を報告しなけ
ればいけなかった。そんなことは当たり前と一般市民が思うようなら、もう、日本は
終りだ。いじめのあるなしや、教育委員会や学校の責任を問うなどの資格さえない。
 野坂氏は、「今の教師は、ほとんど戦後の誤った教育を受けている」という。「戦
後の誤った教育」というのは、そういう学校教育のあり方だと思う。学問の自由・思
想の自由・教育の自由など、雲散無消してしまっているとみるしかない。野坂氏も、
旧制中学の自由闊達さを思いだしているのかも知れない。
 ついでに言うと、戦後しばらくは、というより比較的長い間、公立学校の教員に管
理職というのは法律上なかった。何時できたか調べてみなければわからないが、とに
かくあるときから校長や教頭が管理職になったのである。給料表も改められ平の教員
と明確な格差が生じた。教員に厳しい定年制がしかれたのもその頃だったと思う。 

(三)
 野坂氏は「学校は技術屋であればいい」という。算術、漢字、歴史、社会、科学な
ど、教える技術が大事だと。
 これはきわめて難しい問題だ。誰だか忘れたが、教師は俳優の才能がなければなら
ないと言った人がいた。ピアジェは、教師には教師としての才能が必要だといった。
私の知人のある主婦がパートで学童保育の指導員になった。児童を電車に乗せて美術
展などに連れて行くことがある。電車のなかで騒いで乗客に迷惑をかけないように考
えた。電車に乗る前に飴玉を一個ずつ与え、降りたときに口のなかに飴玉が残ってい
た人にはもう一個やると約束するのである。子どもたちは飴玉が溶けないようにじっ
と静かにしている。この話を聞いたとき、やっぱり教師には持って生まれた才能が必
要なのかなと思ったことである。
 戦中・戦後は教師不足だった。戦後わたしの通っていたT中学に、兵学校だったか
士官学校だったか忘れたが、軍の学校の教官だった人が二人やってきた。物理のI先
生と数学のT先生。ともに苦手な学科。だが、電気理論も微分積分もすぐわかってし
まったのである。これには自分でも驚いた。つくづく、教える技術の重要性を悟った
のである。しかし重要なのは野坂氏のいう技術だけだろうか。
 地理のS先生の授業は通常の「地理」をはみ出していた。T市は焼夷爆弾攻撃によ
って焼土と化していた。S先生の卒業試験の題は「T市の復興計画をたてよ」だっ 
た。歴史のY先生のは試験でなくレポートだった。題は「歴史とはなにか」。これに
は大いに困った。困ってクロォチェの『歴史叙述の理論及歴史』とベルンハイムの『
歴史とは何ぞや』などを参考にでっち上げた。私の家は郊外に強制疎開させられてい
たので蔵書は助かったが、そうでない人は真実困ったことだろう。
 歴史は暗記科目だなどと言われ始めたのはもちろん戦後だと思う。私は年号など絶
対覚えられない。自宅の郵便番号や電話番号さえ忘れそうになるくらいだから・・・
もっともこれは年のせいか・・・。 
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  ここまで書いて、続きは後日と思っていたら、ある週刊誌を読んでしまった(8・
5号)ので予定を変更。
 記者2人による記事である。タイトルは「『無責任教育』と『劇場型いじめ』」、
これはもう劇場型のタイトルである。記事の内容を後追いする気はない。ただ気にな
ったことを1つ2つ。「教育委員会は戦後の民主化教育の流れで市長の権限が及ばず
閉鎖的で、教員同士でかばい合う体質もある」とある。この文の主要点は「民主化の
流れのため市長の権限が及ばない」である。今の教育委員会制度が、民主化運動を抑
圧し、反対を押し切って無理やり通過させたところの「反民主化」の流れから生まれ
たことは、私が上記した通りである。私はこの教育委員の任命制は、戦後教育を誤ら
せた第1号だと思っている。
 この文の続きの方に、ジャーナリストの斉藤貴男氏のコメンとが載っている。「大
阪市の橋下徹市長ら強権的な政治家は、これを機に権力から独立した教育委員会をつ
ぶし、教育行政を首長の思いのままにしたいと考えるでしょう」。おおまかに言って
斉藤氏の言わんとすることはわかる。しかし、斉藤氏も、今の教育委員会がどういう
役割を果たしているかあまりご存じないようだ。今の教育委員会が権力から独立して
いると思っているのだろうか。うわべは、表面的にはそう見えることもあるだろう。
しかしそれは真実を照らしていない。たとえば、大阪市の教育委員はどれだけ独立し
て市長に物言えるのだろうか。卒業式の教員の口パクパクまで市長が介入すること 
に、なんらの異議さえ申し立てたとは聞いていない。断固として反対できるのだろう
か。いや、もし市長と同じ考えだからと弁解するなら、そんな教育委員はいないほう
がいい・・・文化大臣に「視学」でも任命してもらったらどうだ!              
                                                                           
                                                                           
                                                                           
                                                                           
                                                                           
                                                                          


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