静かの海

この海は水もなく風も吹かない。あるのは静謐。だが太陽から借りた光で輝き、文字が躍る。

神の国アメリカ(2)

2009-09-19 11:37:42 | 日記
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 2 大統領就任式

 オバマ大統領は選挙中の自己の主張を引っ込めることによって、有力新聞のコラムニスト、マイケル・ガーソン氏のような人たちの支持をも取り付けられたように見える 
 就任式は、開会宣言に続いてキリスト教福音派の牧師による祈りが捧げられた。この牧師は、同性愛や妊娠中絶に厳しい、オバマ氏の主張とかけ離れた「右派」の牧師であった。そして式典の最後は公民権運動を支えた黒人牧師の祈りで締めくくられたとのことである。
 オバマ氏の大統領就任の宣誓は、合衆国の伝統にならい聖書に左手を置いてなされた。しかもその聖書がかつてリンカーン大統領が用いたものであったと、日本のジャーナリズムは押しなべて好意的に伝えた。続いて行われた就任演説でオバマ氏は「神」や「聖書」について次のように言及した(1月22日朝日新聞朝刊の訳による。訳によっては意味が違ってくるものもある)。
 a.「聖書の言葉を借りれば、子供じみたことはやめる時がきた」。
 b.「すべての人は平等かつ自由で幸福を最大限に追求する機会<毎日新聞の訳は「価値」>に値するという、神から与えられた約束だ」。
 c,「これが<注:米国人が引き受けねばならない自分自身や自国、世界に対るる責務の事を指す>、不確かな行き先をはっきりさせることを神が私たちに求めているという、私たちの自身の源でもある」。
 d.「地平線と神の恵みをしっかり見据えて自由という偉大な贈り物を受け継ぎ」。
 e.[ありがとう。皆さんに神のご加護がありますように。そして、神のご加護がアメリカ合衆国にありますように。(Thank you.Good blees you.And Good blees the United States of America.)」。
 以上の5箇所である。
 ここで彼が神というとき、それがキリスト教の神であることは自明である。彼はバイブルに手を置いた。だが彼は言う、「私たちの国は、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒,ヒンドゥー教徒、そして無宗教徒からなる国家だ」と。ならばなぜキリスト教のバイブルに誓った? しかもこの表現は非常に不正確だ。ちなみにフランス大統領は就任に当たってフランス憲法に誓い、その後別室(国会の図書館)でモンテーニュの『エセー』を片手に記念写真を撮るそうである。
 なぜモンテーニュなのか、いろんな答えがあるだろうが、ソビエト科学アカデミー版『世界史・中世、6』も参考になるだろう。懐疑論など嫌いなソビエトでの評価である。少し長くなるが引用する。
  「モンテニュが人間の理性に対してもある程度の不信を抱いていたことは事実であるが、しかし全体として、この懐疑的態度の思想的本質は究めて進歩的なものである。かれはまず第一に宗教的な迷信や狂信を暴露し、観念的な偏見を論駁し、経験的知識に達する道を清めようとする批判的な機能を果たすことを使命としている。自然を人間の教師として賛美し、庶民の知恵を証明して、モンテーニュは新しい歴史的環境のなかで、16世紀前半の ヒューマニストたちの思想を受け継ぎ、またいっそう発展させたのである。モンテーニュの『随想録』は、ベーコンに始まり18世紀の啓蒙主義者たちに終わる先進的な西ヨーロッパ哲学思想のその後の発展に、極めていちじるしい感化を与えたのである」。
 ここでいう「西ヨーロッパ哲学思想」は、合衆国では受け継がれなかったらしい。
 いずれにせよ、宗教的儀式かと見紛うような就任式であった。その就任演説は何種類もの日本文に翻訳された。そのうち毎日新聞は日本語訳と英文で「全文」を、朝日新聞は日を改めて2種類の日本語訳と英文をともに「全文」として発表した。だが毎日の2種類と朝日のはじめに出た「全文」には、「Thank you. Good bless you. And God bless the United States of America」に当たる箇所がなかった。筆者は、この文句は就任式での定型かと思っていたので、はじめは、オバマ大統領がチェンジを実行したのかなと思ったほどである。だが朝日のもう一つの1日遅れの「全文」では、ちゃんとこの一句が入っていたので納得・・・つまり最初の三種類は「全文」ではなかったのである。朝日新聞社と毎日新聞社に電話でなぜそうなったのか問い合わせたが、明確な返事はもらえなかった。