goo blog サービス終了のお知らせ 

のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

父の新たなステージ。考える前に走ってくるとしよう。

2016年05月10日 03時03分46秒 | Weblog
起きて。
台所で衝撃の現実に遭遇。
テーブルの上にあったもの。

未開封のドレッシングが開けられて減っている。
ハチミツ、どれだけ入っていたかは忘れたが残量わずかになっている。
ペットボトルのお茶、600ml、完飲。

今迫る現実で一番痛いのは、600mlの一気飲みではあるが。
これが一番、この中で「健康的」である。

パニクった。
私がです。
この現実を受け入れるのに時間がかかった。
伊集院光さんの深夜ラジオを聞きながら、目を瞑って30分。
心を整理する時間が必要だった。

こうなってくるとね。
今、できる範囲でやっている「食べ物を隠す」というのが、逆にリスクへと変わってくる。
食べられるものをすべて隠したとき。
食べてはいけないものを食べてしまう。
それが一番怖い。

今は「食べ物」という「一線」は越えていないけれど。
「良識」「常識」が間違いなく失われつつあるのも確かなこと。
この先はまったく読めなくなった。

食べ物を隠すということ自体、現実的ではない。
調味料に手をつけるようになった。
隠そうとしたら隠さなくていい食べ物なんてないのだ。
家中の食していいものをすべて隠す。
そんなのは現実的ではない。

いろいろ考えなくちゃね。
したくなかったこと。
父の行動を完全監視、あるいは制限する。
その具体的方策。
あるいは私のほうが動く。
介護への取り組み方を変える。
徘徊センサーを使う「基準」を変える。
24時間、鳴ったらスタンバイOK、そんな風に私の生活を変える。
あるいは今は考えつかない他の方策。

もう少し考える時間が必要だ。
そして今は「考えない時間」も必要。
昨夜の段階では朝まで雨の予報だったけれど、雨はもう上がっている。
じゃあ、走るとしますか!
無心に走って、頭を空っぽにして。
帰ってきたらまた考えましょう。
♪はっしろー、はっしろー、私は元気~~(^^)/~~~

幸せを呼ぶ母の日のカーネーション

2016年05月09日 06時08分27秒 | Weblog
座ったままでは変えられないことがある。
それを実感する昨今。

動かない。
それが必要なときがある。
何かを諦めたほうがいいこともある。
これでも長めに生きてきたからさ。
それもちゃんと知っている。

かつて私は諦めないで失敗した。
止まる、休む。
それを避けて突っ走った。

心の病も良い経験だった。
そう言ってはみるものの。
負け惜しみ感は否めない。

二十歳の自分に会えたとして。
「結構たいへんな思いをする。心の病から立ち直るのに三十年以上かかるけれど、良い経験になるから無理してこのまま突っ走りなさい。」
とても言えないものな。

私は人に対しても自分に対しても、ただ前向きに「とにかく頑張れ」なんて言えないのです。

そしてそんな私だからこそ言えること。
自分が動かなくては変わらないことがある。
変えられないと諦めたら決して動かないことがある。
それも間違いないのだと。
だから私がよく言うこと。

頑張れないときに頑張らなくていい
頑張れるときに頑張ればいい

頑張れない。
それがどういうことなのかを判断する。
どうやっても頑張れないのか。
決して頑張ってはいけないときなのか。
はたまた自分にブレーキをかけて頑張らないだけなのか。
頑張れるのに頑張っていないだけなのか。

その見極めが難しいのも事実。
実際二十歳の私はその見極めを誤った。
その代償としての三十年のしっぺ返しだ。

今は動ける。
動かなくちゃならないとき。
人生勝負のとき。
多少困難かもしれないけれど。
これは単なる高めの壁だ。
落とし穴や罠は仕掛けられていない。
乗り越えた先には明るい未来が待っている。
それを信じられる幸せ。

そんな私に育ててくれた。
今そう思える環境を与えてくれた。
周囲にほんとうに感謝。
そしてカーネーション。
お仏壇横に飾る前に単体でハイチーズ!
母へのささやかだけれど尊い気持ちの象徴。(o^^o)

母はやっぱり偉大です

2016年05月08日 21時29分20秒 | Weblog
母の日。
朝起きて。
ってか、徘徊センサーの音で起きて。
父のお世話をして。

その時点で今朝走る気はなかった。
夜、最近は目覚まし時計をかけないで寝ている。
どうせこういう、目覚まし時計という名前でない目覚ましが鳴るのだ。
だったらそれ以外は自分のペースで寝て起きようと。

幸いそのパターンで睡眠生活は快調。
眠剤無し、自分の意のままに起きられる。
必要なだけ寝れば、大寝坊することなく自然に目が醒める。
ほんとうにありがたいことだ。

そして今朝。
起きてやったことがことだけにそれで目が醒めてしまった。
うん、このまま起きるとするか。
まず母に挨拶。
居る場所がお仏壇だろうが、今日は母の日だからね。

手を合わせながら、一週間後の大会のことを考えて母に問いかけてみる。
「ある事情」により、その日に臨む体調は万全とは言えない。
はっきり言えば、フルマラソンを走る一週間前としてはかなりよろしくない状態。
この時期この状態で無理はイカン。
怪我、故障が一番怖いから。
日々の走りはセーブしている。

「普通にやってみたら」
母にそう言われた気がした。
ハッとした。

無理しない。
それは自分のことを考えての「いい判断」のようだけれど。
結果、無理をしないという無理をしている。
心と身体の声に逆らっていることに気付いた。

うん、走ろう。
入念な準備。
走るからにはリスクは避けたいから。
久々にQちゃんのDVDを観る。
「高橋尚子のランニングパーフェクトマスター」
基本に立ち返ろうってことで。

ここでもハッとした。
ずいぶん基本をおろそかにしていたな。
調子が悪いと言いつつ。
身体を守ろうとする「がちがちの走り」になっていた。
それで、本来の自分の走り、その良いイメージまで見失っていた。

基本に立ち返った走り。
ペースはどうでもいい。

走り終わって。
気持ちが良かったよ。
何より笑顔で走れた。

途中でやっぱり「違和感」は出た。
けれどそれは走るのを「止めよう」と思うレベルには進行しなかった。
それが一昨日との大きな違い。

平成28年5月15日(日)
柏崎潮風マラソンhttp://shiokaze-run.info/

来週の本番に向けての大きな希望。
騙し騙しなんて考えなくていいんだ。
普通にやってみたらいい。
体調、好調時との比較は意味のないこと。
自分の走りをすればいい。
特別じゃなく普通。
いつも通り走ればいい。

今朝走って。
「違和感」が出たとき、「常識」に従えば止めるところ。
自分の心と身体の声に従った。
無理をしないという無理をせず、結果それは無理にはならなかった。
もう少し自分を信じてみようってことだ。

そしてこんな時期。
GPSウォッチGarminくんが、こんなことを言ってきた。

20160508身体能力新記録!
20160508今日サブフォーランナーに昇格?!

制限6時間のレースをブービー賞で滑り込み。
制限5時間半のレースに不安を抱いている。
そんな今の私に
「おっさん、あんたサブフォー行けまっせ!」
と。
日々の走りでのデータの蓄積。
距離、タイム、心拍数。
それを元に「彼」が冷静かつ客観的に割り出した予想が今日ついに・・・
調子さえ良ければフルマラソン4時間切りも夢ではないのだと教えてくれた。
使用後1カ月くらいだったら、解析の元になるデータが少ないから「見当外れの予想タイム」を出してくることもあるのは経験済み。
けれど1年以上経過した今、ある程度信じていい数字だ。
実際、横浜マラソン前の絶好調時に5kmを一杯一杯で走りきったタイムは、この予想5kmタイムとほぼ一致している。

その私の今の状態。
満足な状態で大事なフルマラソンのレースに臨めない。
それには、やむを得ない「理由」があるのだから。
編に縮こまる必要はない。
もっと自分に自信を持て。
普段通りにやってみなさい。
天国の母が教えてくれたこと。
やっぱり母は偉大なのです。
20160508ラン後、母の日、カーネーション

そしてさっき。
父が起きた。
通常サイクルの私なら、もう寝ている時間。
母の日の今日中にこれを書き上げたいと、普通の人には普通の時間でも、私としては夜更かしをしていた。
起きていてよかった。
結構ヘビーな「作業」が待っていた。
熟睡状態から徘徊センサーで起こされて見るには酷な風景、厳しい作業。
起きていて頭はクリアだったから、取りかかる前に使い捨て手袋をはめる冷静さがあった。
手順も間違いなくやれて、父を怒らすこともなかった。
この「現実」からすると、掃除も洗濯も最小限で済んだ。
起きていてよかった。
こういう今日に限ってこの時間まで起きていた。
これも母の声だったのかもしれませんね。(^^)

午前4時40分の洗濯物

2016年05月07日 05時38分43秒 | Weblog
干しちまいました。
知らん人が見たら
「あーあー夜に仕舞うのを忘れたのね」
ってことになるかもしれないな。

晴れの予報。
実際晴れている。
花粉も少ない予報。
だったら干しちまえ。
風があるからこの明るさでもちゃんと乾くだろう。
だったら早ければ早いほど効果的。
なにせ「追加」がいつ発生するかわからない状況。
やっつけられるヤツはやっつけられるうちにやっつけたほうがいい。

父はまだ寝ている。
もうすっかり明るいけれど。
ご覧のとおり(写真左側)居室の雨戸はまだ開けていない。
日が延びた。
この時間にもうこの明るさ。
雨戸を早く開けられる。
部屋に光が射し込む。
なんか得した気分。

ちっちゃな幸せ。
ちっちゃな幸せを日々感じられる。
それこそが大きな幸せなのだな。(^^)/~~~

柏崎潮風マラソンまであと九日。今やれることをやるしかない。

2016年05月06日 18時09分07秒 | Weblog
今朝、走ったよ。
ちょっと歩きを混ぜて。
日々のラン、途中で歩いたのはどれぐらいぶりだろう。

平成28年5月15日(日)
柏崎潮風マラソンhttp://shiokaze-run.info/

あと九日。
この時期、この距離をこのペースで、走りきれないのは大問題。
制限時間内完走、とても高いハードルになったのは間違いない。
ここまで来たら、自分の身体と積み重ねてきたことを信じるしかないですね。

プラス要素。
制限時間5時間半と言ってもね。
マンモス大会ではないからスタートロスはほとんど考えなくていい。
号砲からスタートラインをまたぐまで30分近くかかった横浜マラソンのようなことはない。
去年、同じ大会のハーフマラソンの部に参加した。
この大会のスタート「混み具合」は承知済み。

ゴールの制限時間、5時間半。
実は問題はここではない。
「裏関門」とも言うべき、実質的なもっと高いハードルがある。
37.7km地点、フルマラソン最終関門、スタートから4時間45分で閉鎖。
こっちの方が厳しいのだ。
ここをクリアすれば、あとは早足で歩けばゴール関門に間に合うだろう。
つまりこっちをクリアする方が実質完走の条件になってくる。

単純計算の世界。
7分34秒/km。
完璧にイーブンペースで走りきるとしてこのスピードが必要になるということ。
完璧なイーブンペースなんて不可能。
ましてや途中数カ所の「激坂」の存在。

横浜マラソン、かすみがうらマラソン。
今まで参加した大会のときとは違う戦略で臨まなくちゃならない。
大会を目前にして、同じく調子はよろしくない。
ベストコンディションとはほど遠い状態。
後半ペースが落ちるに決まっているから、それを考慮して、あえて前半少し飛ばして、最悪最後は歩いても関門に間に合うようにする。
今回この作戦は通用しない。
これまでの作戦のまま臨めば、今の私の状態では、歩きを混ぜた時点で脱落、そんなハードルになるだろう。

いろいろ考えたよ。
それでも、どう希望的観測をしてみても、後半ペースは落ちるに決まっている。
「とにかく走る、止まってもいいから歩かない」今まではそれが私なりのプライドだった。
そんな理想は言っていられない。
今のコンディションで本気で制限時間に収まりたいなら。
途中歩く、それも目一杯のスピードで歩く。
その戦略選択は必要になる。
自分は心得ているからさ。
最後まで走りきります!が無謀なことくらい自覚している。

何でこんな状態になったか。
横浜マラソンへ向けての仕上げ初期。
あの絶好調はどこへ行ってしまったのか。
明らかな「理由」があるから、言い訳はしたくなるけれど。
今それを愚痴っても仕方がない、意味がない。
それって、すげーかっこわりいし。
与えられた条件、体調、その他諸諸。
それを踏まえて、今やれることをやる、やるべきことをやる。
それだけですね。

なんだかんだでウキウキワクワクなのですよ。
今、いろんな意味でね。
精一杯やっている、精一杯生きている。
その自覚がちゃんとあるから。

いつも通り。
笑顔と感謝のラン。
うん、私にはこれしかないでしょ!(o^^o)

やっつけ感満載の鯉のぼり

2016年05月05日 10時05分30秒 | Weblog
こどもの日。
なんだかんだで慌ただしい毎日。
改めて認識したのは今日になってから。

朝一番のトイレで父がカレンダーを見ながら
「今日は六月の何日だっけ?」
その微笑ましい問いに
「五月五日、こどもの日だよ!」
と。
わかったようなわかっていないような父の反応。

それで思い立った。
うん、ちゃんとしなくちゃな、と。
鯉のぼりだ!と。

物置から引っ張り出した鯉のぼり。
やっつけ感満載!
このサイズ、可愛いもんです。

こういう縁起物、一夜飾りはいけないとかよく言いますよね。
だったら当日の朝飾るのはどうなんだ?
そういう突っ込みは気にしないことにします。
縁起よりも世間の声よりも、自分の心に従えばいいこと。
割り切れるようになりましたよ。

そもそもが、迷信縁起の類にまともに付き合っていられない生い立ちの私。
生まれた日が13日の金曜日。
生まれたこと自体が縁起悪い。
そうなったら自分の生まれや人生の否定になっちゃいますから。

まだ車に乗っていた頃。
月極駐車場の「4番しか空いていないんですが・・・」という不動産屋の申し訳なさそうな言葉。
ビビることなく即決した。
温泉の脱衣場、鍵付きロッカーも進んで4番や13番を選ぶ。
そういう人間になりました。

快晴の中、はためく鯉のぼり。
お日さまをいっぱい吸い込み中の洗濯物と布団。
感じるささやかな幸せ。
うん、それでいい。

壊れたもの。このタイミング。偶然ではないかもね。

2016年05月04日 06時44分14秒 | Weblog
身の回りのもの。
最近壊れたものが幾つかある。
これでもちゃきちゃきの理系出だからさ。
「やるだけのこと」はやった。
その上で「どうにもならない」ということ。

安価なものではない。
それがないととても不便。
それがないと生活が立ちゆかなくなるものではない。
そしてそれは確実に私の生活を豊かにしてくれたものだった。

ちょっとした苦境にある。
そんなタイミングでのこの仕打ち。
うーん・・・

隠すことでもない。
iPad、スマートウォッチ、コーヒーメーカー。
正直とても痛い。

考えた。
楽な生活ではない。
それも父の年金に依存する日々。
父の介護で明け暮れる毎日。
私自身、心の病の薬を止めたばかり、安定までの要観察期間。
姉にだけ言って、ここでも一度も書いていない「ちょっとした試練」もある。

言い訳はいろいろできる。
私が壊れたものの補填に父のお金を使う。
それを止める、止められる人はいない。

これでも少し吹っ切れた。
自分にとってたいせつな時期。
自分で言うのもおこがましいがそれなりに頑張っている。
母が生きていたら、父がしっかりしていたら。
許してくれると思う。
その確信もある。

最近増えた出費。
健康、身体への投資、出費。
すっかりランナーとしての自覚ができた。
走って動いて消費するから、それに見合う補給をしなければ良好な状態の身体は維持できない。
そして走ることそのものに関する出費。
大会参加費、交通費、宿泊費、必要となるRunグッズ。
そこまでは心を少し痛めながら父のお金を使うことを割り切れるようになった。
その代償は当然ある。
受け取るものだけ受け取る、何も差し出さない。
そんな図々しいことはできない。
父と真っ直ぐ向き合う、それに見合うものを差し出す。
それを心からの笑顔と感謝をもって行う。
それは私の心の安定にも寄与してきた。

けれど。
最近壊れたもの。
この穴埋めに父のお金を使うのは違うな。
自分の中での強い違和感。
この極めて個人的なことに父のお金を使う。
父がそれを「認知」できないのをいいことに知らんぷりで使い込む。
それは人間として違うなと。
「たが」が外れてしまうなと。
この一線を越えてしまったら人間として駄目になるなと。

こんな自分でもね。
こんな状態でもね。
もしものときの蓄えはあります。
勤め人時代に蓄えて。
個人起業して、いろいろあって。
苦しかったときにも手をつけなかった「聖域の別枠」の蓄え。
52歳男子の「虎の子」として、「標準」と比較すれば少ないのでしょうけれど。
私としては結構な金額です。

手をつけることにしました。
先のことを考えるときではない。
今が勝負のとき。
人生勝負のたいせつな時期。
ここで自分を豊かにする出費を惜しんだら。
後悔するに違いない。
その確信があるから。

iPad、スマートウォッチ、コーヒーメーカー。
それプラス、久々計画中のご褒美リフレッシュひとり旅。
「私の虎の子」をそれらを充当する出費に充てることにした。

この時期に重なったこと。
いろんなものが壊れたということ。
偶然ではない気がしてきました。
私の「覚悟」を試すものだったのだと。
そのための試練だったのだと。

自分のお金を使う。
貴重なお金を使う。
選択の基準も違ってきます。
逆に「値段が安い」を最優先にすることはないでしょう。
コスパ、何より自分が納得できる製品、長く愛用できること。
じっくり選ぶとします。

考え抜いた上での結論。
今はとても清々しい気持ちです。

【今日の写真】
時刻も何も表示しない時計。
スマートフォンの情報と繋がらないスマートウォッチ。
おおよそ意味がない!(笑)

逆転の発想。新築一戸建てのセキュリティ。

2016年05月03日 18時36分56秒 | Weblog
近所のおうち。
取り壊して更地になって。
そして新しい家が建った。

持ち主はわからない。
以前住んでいた人は私が生まれたときからのご近所付き合い。
私の両親より少し歳上の世代。
亡くなられてずいぶん経つ。
その方と新しい家の家主の関係は不明。
後を継いだ人が関係ない人に売ったのか。
はたまた血縁等の関係のある人に無償または有償で譲ったのか。
推測の世界になってしまう。
新しい家主は建築会社の人と一緒にご近所への礼儀ということで工事前に挨拶に来たが、このご時世、あちらが言ってくれなければこちらから事情は深くは突っ込んで聞けない。

そして工事は進んでいった。
その過程を見ていて。
どうも???であった。
更地からできあがっていく新しい家。
どうも「普通」とは違っていた。

敷地に比べて建坪が小さい。
始めは二軒建つのかなと思った。
そうではなかった。
空いたスペースを駐車場にして貸し出すのか。
そうでもなかった。

そして数日前。
全貌が明らかになった。
このままでは終わるまいと思っていたのが、新築工事はそこでお終いであった。

できあがったのを見てみれば、一見普通の家である。
でも、今どきの一戸建ての常識から考えれば異彩を放っていた。

基本、家を取り囲む塀というものがない。
一部あるが、その高さは低い。
開け閉めする門もない。
駐車場はあるが「ここに駐めますよ」ってのがわかるだけで、囲いも屋根もない。

つまり・・・
広い敷地に囲いもなく小さめの家がぽつんと建っている。
そんな図を想像していただきたい。

この物騒な世の中。
セキュリティ、甘っ!
とも思えるが、よく見ればそうではないことは歴然であった。
建てた家そのものの構造はしっかりしている。
簡単に侵入を許すものではない。

つまり・・・
セキュリティ大甘のようで。
実は不審者が近付いても隠れ場所が一切ない。
どこから近付こうが不審者の不審な行動はすべて丸見えになってしまう。

場所の制約も逆手に取っている。
角地、そして路地との位置関係により、駅から来る道、100mくらい離れたところから、真っ直ぐ見える場所に玄関があったりする。
「よろしくない人」が「よろしくないこと」をやるにあたって、とてもプレッシャーのかかる条件なのだ。
夜中であってもさ、いや夜中だからこそ、隠れる場所のない家の外周でごそごそやっていたら「一発」でしょう。

そしてここからがもっと重要なところ。
こういう家を建てる家主の「姿勢」である。
今日見かけた風景。
この家の子らしい、小学校くらいの女子が家の前で遊んでいた。
庭ではお母さんらしき人が芝生に水を撒いている。
すべて開けっぴろげである。
目があったわけではないし、この家の人という確証もなかったから挨拶はしなかったけれど。
「そういう家の人」と思うとね。
やっぱ印象は強烈、一発で覚えてしまった。

地元で認知される。
個人情報何たらでそれを嫌う人もいるけれど。
「善意での認知」であればいろいろとメリットはある。
その家の人が「ヤバい状況」にあるのを見かけたとき。
たとえば子どもが「何らかの危機」にあったとき。
周囲に助けてもらえる確率は格段に上がる。

これらをすべて「計算ずく」で、セキュリティ対策と割り切って「こういう家」を建てたのならたいしたものだ。
おそらく違うのだと思う。
今日姿を見かけて。
少なくとも悪い人ではなさそうだという直感。

それも含めすべて計算ずくの行動・・・
そんな風に疑う人間にはなりたくないです。(^○^)

けえき~~でした!

2016年05月02日 05時42分34秒 | Weblog
昨日、夕食後にケーキを食べました。
がっつく父、微笑ましいです。

走った、頑張った。
自分へのそのご褒美。
甥っ子の誕生日。
おめでとうの意味。
新しい月の初め。
新たな気持ちでの期待を込めて。
いろんな意味でのケーキでした。

ちゃんとしなくちゃね。
「ある事情」により、思うように動けず。
それを言い訳にして最近だらだらしていた。
動けない事情、それは事実。
だから積極的には動いていなかった。

昨日の朝、ある程度長い距離を走ってみて。
なんか吹っ切れた。
たいしたダメージもなかったし。
ああ、俺、動けるんじゃん!と。
動けない動けない。
その思いで自分を縛っていただけなのかなと。

実際動いてみたらちゃんと動けた。
動けない理由ははっきりしている。
それで動いてみて。
結果ちゃんと動けてたいしたダメージもない。
じゃあ、やってみよう。
今まで通りにやっていけばいいんだと。

やりたいこと、やるべきことを先延ばしにしない。
心の病の薬を止めて誓ったはずのこと。
忘れかけていたよ。
いろんな事情はあるにしろ。
動けない動けない。
だから今は動かないほうがいい。
自分で勝手にブレーキをかけていた。

動かないで前へ進もうというのはあまりにもムシが良すぎる話。
行動しないで結果を得ようなんて。
できるはずがないことなのだ。

5月になって。
家中のカレンダーをめくって。
新しい気持ち。
初心忘るべからず。
大事なことだよね。
この気持ち、たいせつにしていきます。

LSDやりました!いや、Run用語です!ヤバい薬物じゃないっす!

2016年05月01日 16時46分04秒 | Weblog
今朝、走りました。
ヨッシャ、早く起きられた、時間はタップリある。
長い距離を走ってみよう、と。
というより、長い時間を、です。

いわゆる「LSD(Long Slow Distance)」ってやつ。
レース本番まで二週間。
今の私の状態ではこういう負荷をかけるにはギリギリのタイミング。

スピードはどうでもいい。
長い時間を走らなければ得られない効果というものがある。
経験でそれはわかってきた。

目安は三時間。
普段ここまで事前にペースを決めて走ることはない。
なんだかんだで走り始めてから決めているところはあるから。
そのときの調子で快適なスピードで走りたいからね。

今日は違う。
きちんとした目的があるから。
とにかく三時間を走りきる。
そのためにペース設定は重要な構成要素になる。

コースパターンは約5.8kmで自宅に一度戻ってくる。
それを四周。
補給やトイレを考えないといけない。
途中、神社のトイレに寄れるコースでもあるが、じっくり補給とか、総合的に考えてやっぱり自宅に定期的に戻るコースが良いだろうと。
自宅起点の約1kmのコースは二パターン持っているけれど。
こういう目標設定で走るときに、1kmおきにいつでも止められる「機会」「誘惑」があるっていうのは、モチベーションを上げる上でよろしくない。
引っ込みが付かない、ある程度長い距離は必要。

そして入念な準備のあと、走り始める。
ここのところ日々のランでここまで遅いペースで走ることはない。
そういうペースだ。
さすがにこんな状態でも楽に走れるペース。
快調に飛ばす、もとい、快調にゆっくりをキープ。

一周目が終わる頃、便意。
久々の気候、心理的体調的な条件、もうすぐトイレがあるという甘え。
いろいろ重なってのことなのだろう。
トイレ、じっくり補給。
そして二周目へ。

ペースはキープできていた。
それでも二周目の終盤、「今日はこれで止めておこう」という決断をした。
具体的ダメージ、痛み、違和感。
そういうものは一切ない。
それでも今日はここまでにしておいたほうがいい。
走りを重ねたランナーとしての経験と本能がそれを教えてくれる。
本番まで引きずる「マイナス要素の何か」を抱えることが今は一番怖いし、それは絶対避けなければならない。
今日はいいイメージで走り終えることが一番重要だ。

四周の予定を半分の二周で切り上げた。
距離:11.73km、タイム:1時間34分45秒。
トイレ&補給の休憩時間も含まれている。
このペースではレース本番で制限時間内完走はできない。
でも余裕があったし落ち込むこともない。
そこそこの「効果」も実感できる。
まあ、現時点ではこんなものだろう。

走り終えてのケアも欠かさない。
お昼は近所の弁当屋を開拓。
肉野菜炒めをガッツリと。
そしてこれからの夕食は父とこの気持ちを分け合うためにもとご褒美のケーキだ。

走って、晴れて、笑って。
そんな日曜日。

【今日の写真】
自宅玄関という名のエイドステーションの様子。
待っている人、スタッフやボランティアは・・・もちろんいない・・・(苦笑)

介護。常識が通じなくても、誠意は通じるのだと。

2016年04月30日 19時25分46秒 | Weblog
【今日の写真】
父が夜中に手をつけたもの。
うーん、どうなんでしょ。

塩、元々開封済みのものがずいぶんと減っていた。
おでんの素、手つかずが開封され同じくかなりの量を消費。

こういうものに手をつけるようになると、行動は予測不能。
すべて「隠す」ことで対処しようとしたら、「隠さなくていいものは一体何?」ってことですから。
食べ物だからよしとしよう。
そんな段階ですかね。
冷凍餃子、醤油、マヨネーズと来て。
今回のこれですからね。

「常識」は通用しない。
けれど・・・
「真心」「誠意」「笑顔」それは届くと信じている。
たとえそれらに反応しなくなるときが来たとしても。
応えていないだけ、ちゃんと届いている。
母の看取りの経験でそれが信じられるようになったから。

気張ることなく。
頑張りすぎることなく。
自然体、笑顔、感謝。
父と向き合っていきます。(o^^o)

四度目のフルマラソンまで16日。やるだけのことをやって笑顔でスタートラインに立てればいい。

2016年04月29日 18時05分45秒 | Weblog
【今日の写真】
今朝、久々のラン。
走り終えて、ハイ、チーズ!

平成28年5月15日(日)
柏崎潮風マラソンhttp://shiokaze-run.info/

あと16日、迫ってきて。
コンディション面での準備は遅れていて。
こんな私でも、ままならない「事情」はあるものでね。
それをぐだぐだ言ってもどうにもならない。
切り替えて今できることをやる。
それだけですね。

今朝、走ってみて。
この時期、この距離、このスピード、それでこの感覚。
結果あのときは本番直前でコケてしまったわけだが、横浜マラソン準備期の充実振りとは比べるべくもない。
それでも、横浜マラソンやかすみがうらマラソンを悪い状態で迎えてしまった最大のマイナス要素が終息しつつあるのは好材料。
基礎点が下がっても突発のどうにもならない不安要素が消えれば、スタートラインに立ったとき、これ以上の安心はない。
それは今までの積み重ねによる自信だろうな。

今朝、走ってみて。
何より楽しく走れた。
それが一番嬉しいよ。
笑顔でのラン、それこそが譲れない私の走りだからね。

本番も笑顔で走れればいい。
日々のランの積み重ね。
ある程度、自分の走りというものがわかってきた。
二年前には決して見えなかった世界。
ランナーとしての経験値で見えてくるものはある。
今の仕上がり具合を冷静に考えればね。
そりゃ現状、アップダウン満載の難コースでの5時間30分という制限時間内完走は厳しいハードルではあるけれど。

笑顔で走れればいい。
うん、今はそれだけです。
本番までの決して長くない準備期間。
やれるだけのことをやって。
笑顔でスタートラインに立って。
そしていつも通り。
笑顔と感謝を忘れずに走れればいい。
うん、今はそれだけです。(^_^)v

雨の日と木曜日は・・・ん?なんか違うぞ?

2016年04月28日 11時01分28秒 | Weblog
睡眠中、昨日とほぼ同じ時間の徘徊センサーで起きる。
父、今朝は「真夜中の入浴タイム」とはならなかった。

ここ数日、「鳴る」頻度が減っている。
つまり起きる回数が減っているということ。
今までもよくあった、単なる「波」なのか。
もう少し深く考えなければならないことか。
まだ断言はできない。

間違いの無い事実。
最近、寝る体勢に入る動作が危なっかしくなってきた。
立った状態から、仰臥へ。
「ドタッ」という感じ。
お世辞にもスムーズとは言えない。

心なしか、歩くのも更によたってきた気がする。
そして。
月曜日に病院に行ったとき。
待ち値時間での椅子に座った姿勢のキープが今までにも増して辛そう。

「良いこと」の前兆でないことだけは確かだよね。
新たな「ステージ」それも覚悟しなくては。

もうひとつ。
起きる回数が少なくなっている。
それなのに、起きたときのシモの「惨事」がそれほどでもない。
つまり、時間当たりの「出る量」が少なくなっているということ。

私の作業という観点だけなら喜ばしいことかもしれないが、単純な話ではない。
気温が上がってきた。
汗として身体から出ていく水分量が増えて、その結果尿量が減った。
それで間違いは無いだろう。

これからの時期、脱水のリスクも考えなくては。
お世話の負担が減ると喜べることではない。
つまり、喜ぶのではなくて、水分摂取を増やしてあげることを心がける。

さ、格好良いことばかりでなく、私の恥も言わなきゃね。
さっき父に怒られた。
起きてフルセット交換のタイミングでまた「お風呂に入りたい」と言われた。
う・・・私は躊躇して「理屈」を言った。
不快だからお風呂に入りたいと言う父の気持ちを考えずに理屈を言った。
「雨で、外に洗濯物を干せないから、今、お風呂場が洗濯物でいっぱいなんだ」と。
父はキレた。

慌てて修正を試みたがとき既に遅し。
うーん・・・
よろしくない事態に発展してしまった。

そこには「私の都合」があった。
昨日は(私が)お風呂に入っていない。
明日もスケジュールが立て込んでいて入れない予定。
土日はずっと父が家に居るから、気まぐれな父が「入りたい」と言ったタイミングを逃せないので、基本私は入浴できない。

今、父がお風呂に入る。
その間お風呂での乾燥機の運転はストップ、「ヘビーローテーション」でそこに干してある大量の洗濯物。
プラス、父の入浴で新たに発生する洗濯物、その処理。
そうすると・・・今日の私の入浴は・・・そうすると私は何日お風呂に入れないんだ・・・???

父がお風呂に入りたいと言ったとき。
それが頭をよぎった。
父の衛生状態、気持ち。
それより私の都合を優先させた。

いやいや、君。
そんなに無理することはないよ。
ずっと続く介護生活。
格好付けて、いい人を気取って、崇高な理想ばかり言わないで君もちゃんとお風呂に入らなくちゃ。
そう言ってくださる方もいるかもしれない。

いやいや、だからこそなんですよ。
この先も続く介護生活。
つまりこの先も想定される事態。
梅雨になれば、もっと切実になってくる。
父の状態がもっと悪くなれば、入浴のタイミングを逃すのは、とてもリアルな問題になってくるわけで。

だから私はあそこで、父の入浴願望を否定するのではなく、父にお風呂に入って貰った上で、何とか私も入浴できる算段をつけなければならなかったのだ。
ちゃんと考えれば、私が今日明日で入浴するやり方はいくらでもあった。
明日のスケジュールを調整して喫緊のこと以外は後回しにして入浴。
あるいは今日、時間はある程度余裕がある。
お風呂場は洗濯物に明け渡して、リフレッシュも兼ねて近所の銭湯に行ってくるとか。

まあ、グジグジ言っても仕方がない。
切り替えていきましょ。
今日考えつかなかったこと、できなかったことをいつまでも引きずっても、今の私にいいことは何もない。
ストレスを溜め込まない。
今の自分には何よりもたいせつなことだから。
ストレスレス、笑顔での介護。
自分が潰れたら父は幸せにならない。
何より私も幸せになれない。

だからいつものモットーに戻ることになる。
#いつも笑顔と感謝を忘れずに
うん!やっぱこれだね!(^J^)

父、真夜中の入浴タイム

2016年04月27日 06時11分34秒 | Weblog
父、入浴中・・・
ハイ、時計。
午後じゃないですよ、午前のこの時間です。

思い立って、またちょっと荒れかけた自分の部屋の片付け。
私としては、かなりの夜更かしをしてしまった昨夜。
って言っても布団に入ったのは午後10時半ですけれどね。
どんだけ良い子ちゃん?!

私の心と身体にとってもたいせつな時期。
少し寝坊してみますか。
が・・・
世の中うまくはいかないもので。

いつものように徘徊センサーで起きて。
フルセット交換。
父「お風呂に入る!」と。

いつもと意志レベルが違った。
時間など関係ない。
入れるまでてこまで動かず求め続けるだろうな。
こうなると時間など関係ない。

こういうときに「はぐらかす」のはハイリスク。
「着火」「爆発」は父のためにならない。
私にも大きな心理的ダメージになる。
まあ「不衛生な状態」であることは間違いない。
入ってもらいましょ!
ってことで、湧かして真夜中のお風呂となりました。

「いろんな作業」をすべてやっつけ終わったとき。
「今から寝るのもなんだかなあ」って時間。
こんなこともあるでしょう。

そして・・・
「また新しい朝がやってまいりました」
だからあ、それはもう古いんだって。
世の中「とと姉ちゃん」の時代なんだって。
ちゃんちゃん!(^^)

えきねっと割引の怪。マラソン大会へ行く新幹線、自由席よりMax号2階グリーン車往復利用が安い?!

2016年04月26日 19時07分54秒 | Weblog
今朝、姉からメール。
5月14日(土)夕方から5月15日(日)にかけて父のお世話をお願いできることがほぼ確定した。
これで行けることがほぼ決まりました。

平成28年5月15日(日)
柏崎潮風マラソンhttp://shiokaze-run.info/

スタートは朝8時。
日帰り参加は不可能。
どんなに遅くなっても前日現地に乗り込むことが参加のためには必須だった。
経験上、宿は「奪い合い」になることがわかっていたからエントリーと同時に押さえておいた。

そして今日、往復の切符の確保に動いた。
自由席でもまったく問題は無いけれど。
安いキップがあればそれに越したことはない。
えきねっとなら交換もきくし。

で、さっそくえきねっとをチェック。
と・・・
びっくりでした。
私がチェックした瞬間。
とんでもない現象が起きていた。

行き、普通車の10%引きとグリーン車の30%引き。
帰り、普通車の10%引きとグリーン車の15%引きと35%引き。
(共に東京⇒長岡間、乗車券込みの値段)
これが今にも売り切れそうな勢いで「残席わずか」表示。

素早く計算。
東京⇒長岡間、乗車券込み。
これを押さえるなら、横浜から東京、長岡から柏崎、この乗車券は別に買わなければならない。
横浜から柏崎までの通しの乗車券プラス、割引のない新幹線の料金。
いろんなパターンで比較してみた。

結果・・・
表題の通り。
衝撃の事実が明らかになった。

えきねっと割引の怪。
横浜から柏崎へ行って翌日帰ってくる場合。
今、えきねっとで押さえるなら一番安いのは・・・
#新幹線、Max号2階グリーン車往復利用?!
全部、自由席を利用するよりもです。

新幹線で2階席のグリーン車を往復使った方が自由席よりも安い。
奇妙な逆転現象ですよ。
もちろんこの新幹線でなきゃダメという時間の縛りはあります。
でも、この逆転現象の事実を知ってしまったら・・・(苦笑)

ハイ、早速押さえました。
横浜⇒柏崎往復、乗車券、東京⇒長岡間の新幹線は往復共Max号2階席グリーン車利用。
すべての料金合計・・・17786円!!!
身体への負担、所要時間を大きく犠牲にすることなく、これより安いパターンをご存じの方、是非ご教授願いたいでーす!(^^)/