つれづれなるままに

日々の思いついたことやエッセイを綴る

土井慈功住職からの手紙(1)

2011年10月28日 | 日記
                        土井慈功住職からの手紙

土浦市の億萬山七福尊真延寺の土井慈功住職から手紙が届いた。
11月23日の例大祭開催の案内の中に同封されていた内容。

七福尊からみた東日本大震災について

今世紀最悪の年
 東日本大震災は平成23年(2011年)3月に発生し、さらに東電の原発事故をおこし未曾有の大災害になり、我国の今世紀最悪の年になった。七福尊の御利益は七難即減七福即生である。七福尊を信仰する人達は彼らからの御利益をうけたのか、信ずる者に福がくると思いたいが。
 近年、迫りくる海溝型大地震に備えて関係する都道府県が東海地震、東南海地震、南海地震の連動型地震の対策をたてている。もしもこの地震が発生すると東日本大震災以上の被害が発生する。ともかく今世紀に発生しないように神仏に祈願している。

災害は天罰、天誅、天譴か
 この地球の自然はときどき極悪な鬼神になり大災害を与える。平常時には自然は天恵を与える福神なのに、今回の大震災を厄害とみて人間に対して天罰とか天誅とか天譴であると思う人がいる。仏教ではこの地球に住む我々を俗人といい、この地球を俗界と表する。俗の字形から人は谷間に住み、谷間は日中でも陽の当たらない場所が多い。俗人は陽の当たる天界を求めて五濁の悪世から脱出する努力を重ねていても欲望の虜にされてなかなか俗界から離れることが出来ない。俗界では災害が発生するのは何故なのか。人間が生存する永遠の課題である。自然も人間と同様に悠久の中で営んでいる。世俗の諸行無常かときどき無情となる。自然の諸物が急激にバランスを崩すと阿修羅になり災害を起こす。この原因を俗界で行動する俗人の悪業をただす行為として災害を天罰、天誅、天譴であるとしている。地震は天から地への譴責だ。俗人の不道徳や過失を戒める。関東大震災ではじめて天譴の言葉を使ったのは渋沢栄一である。石原都知事は今回の災害を天罰と唱えて国民からひんしゅくをかい、この発言を撤回した。東日本大震災を天災なのか人災とみるべきか、今後の歴史的判断にゆだねられる、しかし近年の国民の行動は不道徳になり、我欲主義、拝金主義そして自己責任を回避する傾向になりこの事を反省させるための天譴なのか。(つづく)

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