goo blog サービス終了のお知らせ 

石橋みちひろのブログ

「つながって、ささえあう社会」の実現をめざす、民主党参議院議員「石橋みちひろ」の公式ブログです。

マニラ滞在三日目~クラーク米空軍基地跡地の視察へ

2012-05-05 23:41:42 | 活動レポート

今回のマニラ訪問も、いよいよ最終日を迎えました。日本ーフィリピン友好議員連盟としての公式行事は昨日で全て終わり、今日は自由行動日。私は、民主党の玉城デニー衆議院議員と一緒に、クラーク米空軍基地跡地の再開発の現状を視察するため、パンパンガ州のクラークを訪問しました。

クラーク米空軍基地についての詳細はこちらをご覧いただきたいと思いますが、簡単に歴史的な経緯を振り返ってみると・・・

第二次大戦中には日本軍も使用したクラーク基地は、1947年に米軍と結ばれた基地利用協定によって1991年まで米空軍が使用することになりました。そしてその1991年、軍地基地利用協定を延長するか否かという議論の最中にピナツボ火山大噴火が起こり、協議は難航。最終的に、フィリピン上院が協定を延長しないことを議決して、フィリピンに返還されたのです。

今日、訪問したのは、その返還後の跡地の利活用を担うこととなったクラーク開発公社(CDC)。マーケティング部のガルベス部長からお話を伺いました。


(クラーク開発公社のオフィスビル)
 

(ガルベス部長からの説明を聞く様子。右手には同行した玉城デニー衆議院議員)

 

フィリピン政府は、1992年に、クラーク基地の跡地の再利用・再開発のため、基地跡地を含む広大なエリアを「輸出加工区(Export Processing Zone)に指定。2008年頃には、自由貿易港にも指定して、開発努力を続けてきています。

今日のヒアリングでは、この跡地利用・再開発の努力が一歩ずつ実を結んできている一方で、当初の想定や計画から考えると相当に開発の進展が遅れている現実と、その主な理由について学ぶ事が出来ました。


(跡地開発計画図。右側約半分が民間航空施設用地。赤い部分が商工業区域で、緑色が観光施設用地。)



(民間航空施設用地の様子。開発はほとんど進んでいないように見えた)


返還後のこの20年間に、大小含めて500社以上の企業が進出してきているとのことで、投資額や雇用労働者数も徐々に増えてきているとのこと(域内で約64,000人の労働者が働いているとのこと)。日系企業も、横浜タイヤを始め、20社近くが工場を設置しています。最近では、韓国サムソン系の半導体会社が大規模の投資を行って、大きな工場が建てられていました。

しかし、開発の柱になるはずだったクラーク飛行場の新ターミナル建設はほとんど進んでいません。現在、飛行場は、主にLCC(格安航空会社)や貨物便によって利用されていて、韓国やシンガポール、香港、中国本土などと直行便で結ばれていますが、使われているターミナルは米空軍が残していったものを改装しただけ。そもそも手狭になったマニラ国際空港をクラークに機能移転しようという計画があったものの、全く実現のメドは立っていないようです。

また、国際空港の機能をクラークに持ってくるためには、当然、首都圏と結ぶ高速鉄道が必要になるわけで、その計画もあるにはあるのですが、ほとんど進んでいない状態です。

ガルベス部長は、その理由について大きく二つ、挙げていました。一つは、返還が突然、決まってしまったために、十分な事前準備やプラン作りが出来なかったこと。二つは、跡地利用・再開発を公社でやることになったため、政府の政策変更等によって頻繁に方針が変わる結果になってしまったこと。

つまり、最初の段階でもっと時間をかけて、民間主導でじっくりマスタープラン作りを行ってきていれば、もっと迅速に再開発が進み、海外投資や観光産業の展開も大きくなったのではないか、という見方です。

今日はそもそも、沖縄の米軍基地返還に伴う跡地利用・再開発の問題を考えるにあたって、このクラーク基地の跡地開発の経験から学ぼうという趣旨での視察だったわけですが、これらの点を含め、今後の議論に向けて大変参考になる話を聞くことができました。


さて、今日の活動で、今回のフィリピン出張は終了。明日朝のフライトで帰国します。こちらでは、アジア開発銀行(ADB)総会のために訪比していた日本の労働組合代表団の皆さんたちともお会いして懇談出来るなど、充実した活動を行うことが出来ました!