烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

神を見た犬

2007-08-19 15:20:52 | 本:文学
 『神を見た犬』(ディーノ・ブッツァーティ著、関口英子訳、光文社古典新訳文庫)を読む。この小説家の作品を初めて手にしたが、解説によると「幻想文学の鬼才」と称されていたという。彼の出世作は1940年に発表された『タタール人の砂漠』という作品で、その後「イタリアのカフカ」と評されるようになる(本人は歓迎していなかったようだ)。本書にはその作品は収録されていないが、人間の弱さが生み出すさまざまな不安や焦燥、希望や恐怖を短篇の中でうまく浮き彫りにしている。そうした感情のレンズを通して生まれた”幻想”が作品に独特の味わいを添えている。
 自らを「骨の髄からのペシミスト」と語り、「田舎のように、のどかで静かな場所にいると、とつぜん何か大惨事が起こるのではないかという気がするのだ。たとえば、流星や隕石が地球に衝突し、地球が崩壊するだとか、そんな類のことを考えてしまう」のだそうだ。なるほど本書に収められている『一九八○年の教訓』や『この世の終わり』などにはそうした彼の性格が反映されているといっていよいだろう。
 そんな馬鹿げたことが突然起こるのではないかという強迫的な不安を打ち消すために、人は超越的な神を信ずるようになるのだが、彼が描く神や聖者はその期待をはぐらかすほど”人間的”である(『天地創造』、『聖人たち』、『天国からの脱落』、『わずらわしい男』)。
 本書で特に面白かったのは、表題作の『神を見た犬』と『七階』、『コロンブレ』だった。『神を見た犬』は、超越者の視線が共同体にもたらす作用というものを実にうまく物語化している。『七階』では、病者の病気治癒の希望を残酷に裏切りつつ進行する客観的経過が描かれており、怖さという点ではこれが一番だと感じた。『コロンブレ』はカフカ的色彩が強い作品と思うが、人間の心の奥底に潜んでいる形容しがたい不安を『コロンブレ』という奇妙な生き物に具象化している。