2010/11/20産経新聞
横浜市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて、菅直人首相と胡錦涛・中国国家主席との日中首脳会談が13日、行われました。会談はわずか22分間でしたが、菅首相と胡主席の振るまいは、日本国民にとって「恥ずかしくてみていられない」ものでした。国際的にも「日本は中国に頭を下げた」と映ったことでしょう。
明らかに日本外交にとって大きなマイナスになりました。私はこれならやらなかった方がましだとさえ思います。日本のマスコミは熱しやすく冷めやすいところがあって、この国辱的な会談もすぐに忘れられてしまうかもしれません。しかし、この影響は今後も引きずることになりますから、決しては忘れてはなりません。1週間前のことですが、あえて今回のテーマとしたいと思います。
まず、私が唖然(あぜん)としたのは、取材が許された会談冒頭での両首脳の振る舞いです。胡主席は会談の部屋に入ってきたときは、上着のボタンをとめていましたが、席に座る瞬間、ボタンを外しました。この行為に気づいた方はどれだけおられるでしょう。
両首脳ともにボタンを外して、あるいは上着を脱いでフレンドリーな会談をしましょうというなら分かりますが、一方だけがボタンを外すというのは極めて失礼な行為です。
これは何を意味しているのでしょうか。「日本側の話を聞いてやる」という態度にもみてとれますし、胡主席には「これは正式な会談ではない」ということをアピールするねらいがあったと思われます。この映像は動画サイトのユーチューブなどでごらんになれますので、確認してみてください。
一方、菅首相の態度は、さんざん報道されていますので、ご承知だと思いますが、メモを読み上げ、ほとんど胡主席の顔を見ることができませんでした。中国専門家らが「これは中国では部下が上司にとる態度と受け取られる」と解説していましたが、解説を待たずしてごらんになった国民の方々もそう思われたことでしょう。
この会談冒頭の様子は、日本国内だけでなく、中国、そして世界にも発信されました。まさに日本の国際的地位をおとしめたことになるのです。
菅首相は翌14日の記者会見で、日中首脳会談では「尖閣諸島はわが国固有の領土であり、この地域に領土問題は存在しないとの基本的立場を明確に伝えた」と強調しました。しかし、胡主席も会談で「尖閣諸島は中国固有の領土」と発言しています。つまり、双方が領有権を主張した形で、第三者からみればまたしても「領土問題が存在する」ということになってしまったのです。
菅首相は「基本的立場を伝える」だけではいけなかったのです。尖閣諸島は歴史的にも国際常識的にも日本固有の領土であることは明白なのですから、中国が領有権を主張したら、それに毅然(きぜん)と抗議し、撤回させる努力をしなければならないのです。
しかし、そんな気構えは菅首相にはなかったと思います。「APECで胡主席が来日しているのに、日中首脳会談が行われないとなれば、責任を問われてまた内閣支持率が下がる」と考えたのでしょう。日中首脳会談の開催は、首相の指示を受けて外務省の事務方らが折衝を重ねて、ようやく直前になって決まりました。この経緯からも、日本側が会談を「お願い」して、中国側が「応じてあげた」という構図が浮かび上がってきます。会談前から中国側の戦略勝ちだったわけです。
菅首相は記者会見で、日中関係を「就任時の6月に戻すことができた」と自画自賛しましたが、「戻す」どころか「連戦連敗」が続いています。中国は日本の首相が菅氏である限り、あるいは首相が菅氏から代わっても、よほど中国に対して毅然とした姿勢をとらない限り、現在の強気の姿勢を崩すことはないでしょう。
前回のコラムでも指摘しましたが、こうした中国への弱腰は他の国との外交にも影響します。その典型例が、やはりAPEC首脳会議中に行われた日露首脳会談です。菅首相はメドべージェフ・ロシア大統領が北方領土・国後島を訪問したことに抗議しましたが、メドべージェフ大統領は「自分が北方領土に行くのが悪いことなのか。当然のことだ」と反論しました。
これも菅首相が「日露首脳会談を行って、大統領の北方領土訪問に抗議しなければ、批判を浴びて内閣支持率が下がる」と、政権延命ばかりを考えてのことでしょう。しかし、抗議は形だけのものに終わり、逆に大統領は開き直りともとれる発言をしました。
ロシアの有力経済紙コメルサントは、日露首脳会談を受けた記事の中で、「もはやロシアは日ソ共同宣言(1956年)に基づく形での領土交渉は行わない」との露消息筋の話を伝えました。日ソ共同宣言は「北方四島のうち、平和条約締結後に歯舞、色丹両島を日本に引き渡す」という内容です。その後、平成5年の日露首脳による東京宣言では日露間に国後、択捉、歯舞、色丹の北方四島の帰属問題が存在あることが明記され、これまで交渉が続けられてきました。
しかし、露消息筋の話がロシアの現在の方針だとすると、北方領土問題は前進どころか大幅に後退してしまった可能性があります。ロシアがこのように態度を硬化させているのは、日本の中国に対する弱腰、つまり「日本は強く出れば引く国だ」と思われてしまったことが原因だと思います。
外交は国益に直結します。外交でいったん失ったり、後退したりしたものを取り戻すことは容易なことではありません。だからこそ、綿密に戦略を立てて毅然とした姿勢で臨まなくてはならないのです。
しかし、明らかに菅政権の外交で日本の国益は損なわれてきています。このことを私たちは、忘れてはならず、きちんと認識し、日本の外交はどうあるべきかを考えていかなければなりません。菅政権にはもはや失点回復を望む気にはなれませんが、少なくともこれ以上、国益を損なう外交はやめてもらいたいものです。
横浜市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて、菅直人首相と胡錦涛・中国国家主席との日中首脳会談が13日、行われました。会談はわずか22分間でしたが、菅首相と胡主席の振るまいは、日本国民にとって「恥ずかしくてみていられない」ものでした。国際的にも「日本は中国に頭を下げた」と映ったことでしょう。
明らかに日本外交にとって大きなマイナスになりました。私はこれならやらなかった方がましだとさえ思います。日本のマスコミは熱しやすく冷めやすいところがあって、この国辱的な会談もすぐに忘れられてしまうかもしれません。しかし、この影響は今後も引きずることになりますから、決しては忘れてはなりません。1週間前のことですが、あえて今回のテーマとしたいと思います。
まず、私が唖然(あぜん)としたのは、取材が許された会談冒頭での両首脳の振る舞いです。胡主席は会談の部屋に入ってきたときは、上着のボタンをとめていましたが、席に座る瞬間、ボタンを外しました。この行為に気づいた方はどれだけおられるでしょう。
両首脳ともにボタンを外して、あるいは上着を脱いでフレンドリーな会談をしましょうというなら分かりますが、一方だけがボタンを外すというのは極めて失礼な行為です。
これは何を意味しているのでしょうか。「日本側の話を聞いてやる」という態度にもみてとれますし、胡主席には「これは正式な会談ではない」ということをアピールするねらいがあったと思われます。この映像は動画サイトのユーチューブなどでごらんになれますので、確認してみてください。
一方、菅首相の態度は、さんざん報道されていますので、ご承知だと思いますが、メモを読み上げ、ほとんど胡主席の顔を見ることができませんでした。中国専門家らが「これは中国では部下が上司にとる態度と受け取られる」と解説していましたが、解説を待たずしてごらんになった国民の方々もそう思われたことでしょう。
この会談冒頭の様子は、日本国内だけでなく、中国、そして世界にも発信されました。まさに日本の国際的地位をおとしめたことになるのです。
菅首相は翌14日の記者会見で、日中首脳会談では「尖閣諸島はわが国固有の領土であり、この地域に領土問題は存在しないとの基本的立場を明確に伝えた」と強調しました。しかし、胡主席も会談で「尖閣諸島は中国固有の領土」と発言しています。つまり、双方が領有権を主張した形で、第三者からみればまたしても「領土問題が存在する」ということになってしまったのです。
菅首相は「基本的立場を伝える」だけではいけなかったのです。尖閣諸島は歴史的にも国際常識的にも日本固有の領土であることは明白なのですから、中国が領有権を主張したら、それに毅然(きぜん)と抗議し、撤回させる努力をしなければならないのです。
しかし、そんな気構えは菅首相にはなかったと思います。「APECで胡主席が来日しているのに、日中首脳会談が行われないとなれば、責任を問われてまた内閣支持率が下がる」と考えたのでしょう。日中首脳会談の開催は、首相の指示を受けて外務省の事務方らが折衝を重ねて、ようやく直前になって決まりました。この経緯からも、日本側が会談を「お願い」して、中国側が「応じてあげた」という構図が浮かび上がってきます。会談前から中国側の戦略勝ちだったわけです。
菅首相は記者会見で、日中関係を「就任時の6月に戻すことができた」と自画自賛しましたが、「戻す」どころか「連戦連敗」が続いています。中国は日本の首相が菅氏である限り、あるいは首相が菅氏から代わっても、よほど中国に対して毅然とした姿勢をとらない限り、現在の強気の姿勢を崩すことはないでしょう。
前回のコラムでも指摘しましたが、こうした中国への弱腰は他の国との外交にも影響します。その典型例が、やはりAPEC首脳会議中に行われた日露首脳会談です。菅首相はメドべージェフ・ロシア大統領が北方領土・国後島を訪問したことに抗議しましたが、メドべージェフ大統領は「自分が北方領土に行くのが悪いことなのか。当然のことだ」と反論しました。
これも菅首相が「日露首脳会談を行って、大統領の北方領土訪問に抗議しなければ、批判を浴びて内閣支持率が下がる」と、政権延命ばかりを考えてのことでしょう。しかし、抗議は形だけのものに終わり、逆に大統領は開き直りともとれる発言をしました。
ロシアの有力経済紙コメルサントは、日露首脳会談を受けた記事の中で、「もはやロシアは日ソ共同宣言(1956年)に基づく形での領土交渉は行わない」との露消息筋の話を伝えました。日ソ共同宣言は「北方四島のうち、平和条約締結後に歯舞、色丹両島を日本に引き渡す」という内容です。その後、平成5年の日露首脳による東京宣言では日露間に国後、択捉、歯舞、色丹の北方四島の帰属問題が存在あることが明記され、これまで交渉が続けられてきました。
しかし、露消息筋の話がロシアの現在の方針だとすると、北方領土問題は前進どころか大幅に後退してしまった可能性があります。ロシアがこのように態度を硬化させているのは、日本の中国に対する弱腰、つまり「日本は強く出れば引く国だ」と思われてしまったことが原因だと思います。
外交は国益に直結します。外交でいったん失ったり、後退したりしたものを取り戻すことは容易なことではありません。だからこそ、綿密に戦略を立てて毅然とした姿勢で臨まなくてはならないのです。
しかし、明らかに菅政権の外交で日本の国益は損なわれてきています。このことを私たちは、忘れてはならず、きちんと認識し、日本の外交はどうあるべきかを考えていかなければなりません。菅政権にはもはや失点回復を望む気にはなれませんが、少なくともこれ以上、国益を損なう外交はやめてもらいたいものです。