学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

庄野潤三『臙脂』

2011-04-16 21:03:53 | 読書感想
男女の関係というものは、固い絆で結ばれているようで、実はふとしたことからほころびが生ずるもの。これは私の経験則ではなく、一般的なお話(笑)

そのほころびを縫い直しながら一緒に年を重ねていくのが夫婦だと思うけれど、この例えでゆけば「振り向けば継ぎ接ぎだらけの夫婦かな」と川柳にでも詠めるかもしれない(笑)

小説家庄野潤三(1921~2009)の『臙脂』(えんじ)は、そんな夫婦仲を書いた短編小説です。主人公の女性は、愛する夫と2人暮らし。悩みを持たない夫婦生活でしたが、ある占い師の言葉で一変。占い師から「夫には好きな人がいて、あなたと夫は来年で別れる」と言われたのです。心が揺り動かされた女性。そんなとき、夫がいつもの黒縁眼鏡を止めて、臙脂色の縁をした眼鏡をかけるのです。もしかしたら、浮気相手が勧めた眼鏡?と占いを信じる女性は疑心暗鬼に。そうして夫の何気ない行動も次々に疑わしくなってきて…。

『臙脂』は占いによってほころびが生じた夫婦をコミカルに書いた小説です。疑心暗鬼というものは厄介なもの。相手に対してこの気持ちが生ずると、なかなか掃きだすことができません。それは男女の仲に限らず、同性の友人でも起こりうることですね。現実の世界においてはなかなかに怖いものです。この小説の夫婦が最後にどうなったのか、かなり含みをもたせた終わり方なので、読者の想像力で楽しめる小説かもしれません。


●庄野潤三『愛撫・静物 庄野潤三初期作品集』講談社文芸文庫 2007年