学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

梶井基次郎『Kの昇天』

2011-04-19 21:47:11 | 読書感想
冬に逆戻りしたような寒さ。桜が寂しそうに雨にうたれていました。そういえば桜もいつの間にか少しずつ散り始め、葉桜に変わりつつあります。これから新緑の季節がやってきますね。

この震災以来、様々な対応に追われていて、なかなか美術館の展覧会を見に行くことができません。私の場合、心持が忙しいと絵のなかに気持ちが入っていかず、美術館へ行ってもうわべだけ見て終わってしまいそうな気がするので、落ち着くまでもう少しといったところでしょうか。一連の震災では海外から作品を借用できなくなった美術館もあるそうで、影響が様々なところへ波及しているようです。

絵を見られない、その代わりに私は自宅に帰ってからは浴びるように本を読んでいます。かつてない読書欲求で、手当たり次第に読んでは、いつの間にか朝になっている、そんな日が続いています。

短編ですが、梶井基次郎の『Kの昇天』を読みました。Kという人物の溺死。彼はなぜ死ななければならなかったのか。非常にあらすじの書きにくい小説ですので、ぜひお読みいただければと思いますが、読み手をぐいぐいひっぱる力は相当なものです。一読した時、私は夏目漱石の『こころ』とよく似ているなと思いました。話の内容が、というのではなく、文章の書き方です。あの『こころ』に出てくる先生の独白文を連想させるのです。読み手は秘密の手紙をこっそり読んでいるような気分にさせられます。うまい。本人は夏目漱石に私淑していたようですから、文体の影響はかなりあるのかもしれません。

月、影、ドッペルゲンゲル。文章が流麗で、私はKが海岸で月明かりを頼りに影を探す姿が目に見えるようでした。梶井基次郎は明治から昭和初期に活躍した作家ですが、そうしたいわゆる「古さ」というものを感じさせないほど、未だに息遣いを感じさせる作品が数多くあります。代表作は『檸檬』。短編で読みやすいものが多いので、お勧めの作家です。

●梶井基次郎『檸檬』新潮文庫 1967年

コメント (2)
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