河童アオミドロの断捨離世界図鑑

河童アオミドロの格安貧困魂救済ブログ。

昼間の八田八郎

2016年03月07日 | ZIZY STARDUST
存在感の薄い八田八郎は、月曜の昼間から辛口の日本酒を飲んで、思い出にふけっていた。

小学校の学級委員の選挙では「委員に選ばれたら辞退しよう」と決めていた。
しかし、八郎には一票の票も入らなかったのでその必要はなかった。

中学校の長距離走では1位になると目立つので10位くらいになろうと思ったが、
結局1週遅れの最下位になったので、最後に一人でトラックを一周することになった。
その時が八田八郎の人生で一番注目され一番目立った時だった。

高校のバレンタインデーでは、チョコレートをもらっても受け取らないと決めていた。
しかし、八郎にチョコレートを渡す女生徒は一人もいなかったのでその必要はなかった。

大学のコンパでは、たくさんの女の子とメールと電話番号を交換したが、
連絡が来ても、つきあうのは断ろうと決めていた。
しかし、一通のメールも電話も無かった。
それからの一年間でも誰からも電話がかかってくることは無かった。

会社の飲み会では、二次会に誘われたら断ろうと決めていた。
しかし、同僚たちは全員、八郎を誘う事無く、いつの間にか次の店へと消えていたので、
断る必要も無かった。

フェイスブックの「いいね」が100を越えたら、会社員を辞めて、
マンガ家として独立しようと思ったが、たいてい、0か1なのであきらめた。

職を転々と変え、何回も引越しを繰り返し、
もはや八田八郎という人間が居たことを家族を含め誰一人として覚えていなかった。
昔の写真を見ても、どれが八田八郎なのかがわかる人間は一人も居なかった。

最近では八田八郎の前では、店の自動ドアさえ開かなくなった。

今年70歳になる八田八郎は「自分は本当に存在していたのか」と自問自答するようになり、
昼間から冷酒を浴びるように飲んでいた。
酒屋の入り口の自動ドアが反応しないので、自動販売機で買うようになったが、
今では八田八郎の指では自動販売機のボタンも反応しなくなってきた。

「誰もいない場所で樹が倒れたら、音はするのか」という話を思い出した。








かかとを3回打ち鳴らせ

2016年03月07日 | ZIZY STARDUST
チラシの舞い散る空には、なにやら、加齢臭の混ざったいやな風が吹いていた。

「かあさん、変な風が吹いてきたね、まるで二郎おじいちゃんの臭いみたいだよ。
ひょっとしたら、この上空に二郎おじいちゃんがいるんじゃないのか」

「ばかな事を言いなさんな、二郎おじいちゃんはカメなんですよ。
ガメラ以外のカメが空を飛べるはずがありません。
でも、あなたは本当は空を飛べるのですよ。
その、テスラシューズのかかとを3回打ち鳴らして
『お家に帰りたい』と言えばいいのです
南の魔女がそう言ってました」

八田七郎はテスラシューズのかかとを3回打ち鳴らした。

「お家に帰りたい」

「あっつ、だめです、そこは『お家』じゃなくて
『小豆島に渡りたい』にしないと!」

しかし、もう遅かった、とし子と七郎を乗せたノアの方舟は
竜巻に乗って、遥かアメリカのカンザス州のドロシーの家へと運ばれて行ったのだった。


もう、話の流れは作者の意図を無視して、カオスの彼方へと向かっていった。
もう心の旅に出るしかない。
生きるという事は、結局、ゆっくりと時間をかけて自分の心の中を旅する事なのだから。
窓の外の暗闇から流れ込む、かすかな沈丁花の香りは、
生まれる前の天国の記憶を蘇らせてくれた。