『東京の坂、日本の坂』その117。3つの鼠坂の最後は文京区。東京メトロ有楽町線江戸川橋駅と護国寺駅の中間あたりに位置するため、江戸川橋駅で降りて音羽通りを歩く。
高速道路の下には神田川が流れていて、江戸川橋が架けられている。『江戸川』というとどうも東京東部を流れる利根川水系の江戸川をイメージするが、江戸時代から神田川の真ん中の部分は『江戸川』と呼ばれていた。その川に架かる最も古い橋のため、この名前が付けられていたのである。
通称巻石通りを越えて次の細い道を右に曲がると何とも風情のある細い坂道となるが、この坂が『鷺坂』。小日向台地から音羽通りにかけては段差があり、これを坂道が結んでいる。
そもそもこの台地は江戸時代に関宿藩主久世大和守の下屋敷があったため地元では「久世山」と呼ばれていた。明治になり、堀口大學が居住したが、ほかに三好達治、佐藤春夫ら文士たちが『山城国久世の鷺坂』に結びつけ『鷺坂』と呼び始めたのが定着したものである。鷺坂は直角に2回曲がる坂道で途中から見る眺めが都内の坂道の中でも1.2を争う坂道ではないかと勝手に思っている。
鷺坂を下り、右に曲がって崖下の道を行く。すると右手に神社を発見、今宮神社である。境内には天日鷲神社もある。
これに沿って登るのが『八幡坂』。今宮神社は明治以前は田中八幡宮であったため、この名前がついた。この坂も勾配が急で直角に曲がりながら登る坂道である。この坂の頂上をしばらく歩くと鳩山会館の裏に出ることができる。(以下、次回)