チャレンジ

楽しく、自然体で生活しながら、チャレンジし、感じ続ける記録です。

あるべき姿にもどるだけ

2008-10-23 23:00:03 | 身近な出来事
1ユーロが125円を切った。
急激な円高が進んでいる。
3ヶ月前の7月には1ユーロが170円に届く円安レベルだったので、当時に比べて現在は円の価値が36%も高くなっている。

日本からやってきた生活者の感覚としては、円高によりこちらでの買い物が4割近く値段がさがった状況で、とても嬉しい。
一方で日本で作ったものをヨーロッパに持ってきて販売する組織に勤める者の感覚としては、円高により利益が大幅に減る大変厳しい状況で、とても苦しい。
この影響は4割どころではない。

仮に1ユーロ120円が利益のブレークイーブンポイントとした場合、1ユーロ170円の時には50円の利益がでるが、1ユーロ125円の時には利益が5円になる。つまり利益が10分の1になる状況。

円高分を小売価格に転嫁し、円高の利益減少分を取り戻す方法もあるが、小売価格を上げると販売量に影響がでて販売量が下がるため、単位あたりの利益が増えても面積が減ることで利益は大きく増えない。このため円高の小売価格への反映はそう簡単には行えない。ヨーロッパの市場が縮小している中で小売価格をあげることは通常よりもさらに厳しい結果につながりかねない。

生活者の感覚に戻ると1ユーロ170円が異常で、現在の1ユーロ125円は適正なレベルだと思う。ガソリン価格を例にあげると、1ユーロが170円だったころはガソリンも原油価格の高騰で高かったこともあり、ドイツでは1リットルが270円だった。日本でも同様にガソリンが高いころだったがそれでもガソリン価格は190円だったと思う。
現在はドイツでガソリンが1リットル163円、日本で160円とほぼ均衡している。ガソリン以外のものでも、125円レベルだと日本と同じレベルの価格になる。

企業としては1ユーロが170円の時にはそれが当たり前のように考えて利益の見通しをたて、1ユーロが125円になると緊急事態が発生したとして大騒ぎをしている。

私は経済の専門家ではないから生活者感覚でいいきってしまう。
過去の170円が異常、現在の125円が適正。企業は125円でも適正な利益が出せる体質にしないといけないし、125円になったと大騒ぎするのはおかしい。

やっと適正なレベルに戻ったと落ち着きを取り戻すくらいな余裕を経営者には持って欲しい。そうでないと間違った判断による不適切な行動をおこしてしまいそうな気がする。
「あの経営者の発言は異常だ、現実認識が正しくない」といわれないために、経営者は「大変厳しい状況にある」ということを外に対しては言わないといけないけれど、内に対しては「正常な姿にもどっただけだから、慌てることはない。ただ、今やるべきこと迅速に実施して、この状況を乗り越え、今の為替や経済状況が続いても生き残れるように取り組もう。我々がより強くなるチャンスがやってきたんだ。」みたいに言って欲しい。

金融危機による不況で国家財政が破綻を迎えかけているアイスランドや、海外からの資金流入がとまり経済活動が停滞し消費が大幅に落ち込んでいるスペインもこれまでの姿がおかしかったんだと思う。
そこで生活している人にとっては当たり前だった姿もやっぱりおかしかったんだと思う。

おかしいことは必ず元に戻る。あるべき姿にもどる。ただそれだけのこと。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。